好死は悪活に如かず

□好死E
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「御用改めである!!!」



真夜中に客人の来訪、というだけでも驚きであるのに、その人物が物騒な獲物を手にしていれば、尚更仰天することは言うまでも無いだろう。

少年はだらしなくポカンと口を開けたまま、目の前の光景をみていた。
どういったわけか自分の部屋の玄関に、木刀を持った客が目を血走らせて立っている。

「夜分遅くにすまん!!!迷惑はかけん!!!すぐに済むので部屋の中を見せて貰いたい!!!」

「は、はい…」

「失礼する!!」



時刻は真夜中の1時。

1年普通科に在籍する少年が、GWを寮で過ごすと決めたのは、帰省するのが面倒くさいから、というごくごく単純な理由であった。
何しろやっと煩わしい親の束縛から逃れられたというのに、入学してからたかだか1ヶ月で帰省をするなど、少年には全く理解できない不可思議なことだった。
「帰らない」という旨を伝えた際、電話越しの母親や祖母が、寂しそうに「忙しいんだね」と呟いたのには少し申し訳ない気がしたが、どうせ夏には帰るのだ。

(それになぁ…今の生活にしたって1人きり、ってわけじゃねーし。)

赤の他人との共同生活に多少の息苦しさを感じるのに、1人でのびのびと過ごす自由な時間をみすみす逃す手はない。
そもそも自分を「普通科」という理由だけで家事を押し付けてくるような連中だ。
『鬼の居ぬ間に洗濯』。勿論本当の洗濯ではなく、命の洗濯である。
そんなわけで、同室者や友人が続々と帰省するなか、少年は断固として実家へ帰ろうとはせず、寮内へ残ることを決意したのである。

かくして、少年は人生初の自由を手に入れ、その喜びを噛みしめるに至った次第だ。



が…楽しかったのは2日目までだった。


3日目に一人で居ることにそわそわとし始め、4日目は想像以上の退屈さに時間を持て余し、5日目には様々用事を捜したが見つからず、6日目には暇と寂しさで途方に暮れてしまった。

そして迎えた7日目。
少年は両腕を組み、大きなボストンバックを睨みつけている。
そして、何種類かの着替えをバックに放りこんだかと思うと、うーん、と唸って入れた荷物を引きずり出し、しばらくするとまた入れる、という奇妙な作業を、もうかれこれ数時間繰り返していた。

気が付けば夜も更け、時刻は0時を過ぎて日付を超えた。
とうとう8日目を迎えてしまったのだ。

そんな折の珍客であった。

「御免!!」

そう言いながら招かれざる客人は、「迷惑はかけない」と言った傍から、騒がしく次々にプライベート云々を完全に無視し、個室の扉を開けてゆく。

(こ、こいつ…!!た、確か有名な剣道部の…)

剣道部に木刀は分かる。しかし何故部活でもないのに彼は手に獲物を持っているのか。
これは一体何のイベントなのだろう、と少年が半分放心状態で彼の動向を見守っていると、後ろからまた別の声がかかった。

「畑中大樹、普通科1年。ルームメイトは政経2人と、医学科1人か。」

「うわっ!!」

背後を振り返ると、整った顔が間近にあり、畑中と呼ばれた少年は驚いて思わず後ずさった。

(こ、こここいつも知ってる…!!確か有名な…ぼぼぼぼ暴力…!!)

その男は額にかかる赤い髪をかき上げながら、顔色ひとつ変えずに、何やら手に持っている用紙に目を通しながら話し続ける。

「普通科は補習もなけりゃあ、強化合宿もねぇはずだな。寮内に残っている理由はなんだ。」

「あああああの…」

「まぁ言いたくねぇんなら無理にとは言わねぇわ。そういう場合は身体に聞くのが一番早ぇ。」

「ひぃいいいい!!!??」

赤髪の男にガッ、と首に腕を巻き付けられた上、耳元にふう、と息を吹き込まれた畑中少年は、自分の身に迫る危機に情けない声をあげた。
畑中少年はノンケであった。

「何をやっとるか貴様―――!!」

「おっと」

「ぎゃあ!!」

拘束され畑中少年が涙目になっている所に、凄まじいスピードで木刀が振りおろされた。
バキ、と重い音がして、床に木刀の切っ先がめり込んでいるのを顔面蒼白で凝視した畑中少年を余所に、その木刀を難なくかわした赤髪の男が「あーぁ」とぼやきながらシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。

「こりゃあ、張り替えだな。」

「黙れ!!人が働いているというのに貴様はのうのうと!!」

「今からが仕事だったんじゃねぇか。身体に聞くのも相当な重労働なんだよ。てめぇみてぇな体力馬鹿メガネと違って、ただ走り回りゃ良いわけじゃねーんだ。」

テクが必要なんだよ、テクが、と煙草をふかせる赤髪の男を、軽蔑しきったような目で見ると、体力馬鹿メガネと呼ばれた少年は、完全に委縮している畑中少年の方に向きを変え、木刀を収めながら、彼の前に割り膝で座り、スッと頭を下げた。

「すまん、用事は済んだ。協力に感謝する。」

「は、はい…。」

「御免。」

言い終わるなり、綺麗な姿勢のまま、体力馬鹿メガネが立ち去ろうとすると、赤髪の少年が低く舌打ちを零しながら、手に持っていた用紙に赤ペンで何かを書きこんだ。

「ここもハズレか。」

「は?」

「なんでもねぇ。」

やれやれ、とダルそうに立ち上がった赤髪の男は、そのまま去ろうとしたが、玄関に貼ってあった1枚の紙に気が付くと、ジッとそれを眺めた。
それは畑中少年の部屋の家事割りの表であった。

「…お前1人で仕事全部やってんのか。」

「え?」

「当番。」

「え、あ、その…。」

「おい!!何をしている!!置いていくぞ暴力団!!!」

「うるせぇな!!クソ眼鏡!!その自慢の棒っきれテメェのケツに捩じ込むぞ!!!!」

「ひぃいいいいいいい!!」

畑中少年の返答に被って廊下から聞こえた怒号に、赤髪が牙をむいた。
勿論畑中少年が棒きれをケツに捩じ込まれるわけではないのだが、ドスの効いた赤髪の男の脅し文句に、怒号の主の代わりに思わず悲鳴をあげてしまったのだ。
そんな畑中少年を余所に、赤髪の男はブツブツと何かを呟くと、肺から白い煙を押し出すような息を吐いた。

「政経2人、同室だったか。」

「は?」

「邪魔したな。」

それだけ言うと、彼はそのまま振り返ることなく玄関へと向かっていった。

バタン、とドアが閉まると、途端に廊下から恐ろしい怒号の応酬が聞こえ、その声が聞こえなくなるまで、畑中少年は涙目で震えていた。

「おか、おか…おかあさん…!!!!」

まるで嵐のように過ぎ去っていった珍客をあとに、畑中少年は放って置かれたままのボストンバックに目を移すと、床に散らばった衣服を慌てて拾い集め、ボストンバックに詰め込んだのであった。

帰らない、と言っていた少年が休日を残りわずかにして実家へと戻って来た、というのはあまり不思議な話ではないかもしれない。

しかしそれから数日後。

実家から怖々と寮へ帰った畑中少年を待ち受けていた政経科の2人の同室者が、何故か家事をきちんと分担してやってくれるようになったというのは、実に不思議な話であった。









朝三暮四(ちょうさんぼし)


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