好死は悪活に如かず

□好死E
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時間は少し前に遡る。



「…こりゃあ問題だな。」

重大な事態に気が付いたのは和田小五郎であった。

・伊藤俊輔
・性別男
・1年普通科

以上。

それだけ書かれた白い紙を机の上に置いて、小五郎は呆れたように、胡坐をかいた通武と体育座りの東風の顔を順番に見た。

「マジで…これしか知らねぇのか。」

「それは貴様も同じことだろうが。」

「あり得ねぇ…もっと他にあんだろ。クソだな、てめぇら。」

「だから!それは貴様も同じだろうが!!」

バン、と拳で机を叩いて吠えた通武に、小五郎はまるで予期していなかったのか、目を片手で覆うと盛大な溜息を吐いた。

美しくなったリビングで、小五郎、通武、東風による話合いの場が設けられたが、三人の努力も空しく、会議は難航を極め、ほぼ5分と経たないうちに完全に行き詰った。
というのも、伊藤俊輔の知り得る情報を三人がかりで提供し合った結果がこれだ。
彼が寮内に居るのであれば、彼を匿っている協力者が居るはずと小五郎は踏んだ。
となれば、手っ取り早く俊輔の交友関係を洗い出して、直接乗り込むが吉、と算段を立てていたらしいのだが、交友関係はおろか、この3人の中には誰1人として彼の個人情報を把握している者が居なかったのである。

「現代っ子ってのは、仲が良くなくても、とりあえず挨拶がわりにケータイのアドレスと番号は交換するもんだろ。お前らアレか。昭和1桁か。」

「いちいち勘に障る物言いしかできんようだな…。」

通武が苦虫を噛み潰したような顔で小五郎を見ると、彼は煙草の灰を灰皿に落としている所だった。かく言う彼もまた、俊輔のアドレスは知らないのだ。
通武は苛立ちを隠せぬ様子で、腕を組みながら人差し指でせわしげに己の腕を叩いた。

「全く…舵取りは貴様がするのでは無かったのか…。舟が出せずに漁ができるか甚だ疑問だ。」

「うるせぇな。体力馬鹿は黙ってろ。しかし…こうも情報が少ねぇと発見の可能性は低い。地道に周りから固めていくしかねぇな。」

「地道にだと?一から情報収集でもするつもりか?時間が無いと言ったのは貴様ではないか。」

管理人の認可が下りる前にふんじばって、洗い浚い吐かせる、と明言したのは他でもない小五郎だ。正式な認可がいつ下るかは定かではないが、少なくともゴールデンウィークが終るまでには、なんらかの解決法を探る必要がある。

「…あと二日。」

部屋から持参したトトロのカレンダーを見て呟いた東風の言葉に、「二日…。」と小五郎は繰り返しながら、卓上の用紙の文字を指でなぞった。

「暗闇の出港は些かリスクが高いか…。」

「どうするんだ。」

「漁に出れねぇならやる事は一つ…。」

「?」

言って、小五郎は【普通科】という文字をトン、と指で叩いた。

「撒き餌だ。」













「…面目ない。」

顔に「無念」という文字を張り付けた通武は太股の上で拳を握った。

時間は過ぎて、畑中少年の部屋へ至った数時間後。
一階玄関前ホールの談話スペースの椅子に疲労の色濃く、ぐったりと座り込んでいる通武を前にして、小五郎は手にしていた用紙の最後の行に赤ペンで斜線を引いた。

「朝までに間に合ったんだ、上出来だ。」

「何を言っている…結局見当を付けた部屋に奴を見つけるには至らなかったではないか…。」

通武ががっくりと肩を落とす姿を見て、小五郎は「本当に疲れるほど真面目な奴」と呆れたように呟いた。
「撒き餌」という言葉に首を傾げた通武と東風に、小五郎が提案した作戦は実に単純明快なものであった。

『現在寮内に残っている1年普通科の部屋を調べる。』

伊藤俊輔の個人情報が不明だとしても、必然的に交友関係は同じ学科の普通科に焦点が当たる。
休暇中、寮に留まる必要の無い普通科であればこそ、現在もあえて寮内に残っている生徒は怪しい。
複数の協力者が居るという可能性から、彼らの部屋が伊藤俊輔の隠れ家として提供されている可能性が極めて高い…

という小五郎のいかにもな口車に乗せられた通武は、この推理に大変な関心を寄せ、真夜中の迷惑な家宅捜索の役を自ら買って出た。

斬り込み隊長が通武なら、その後ろで事情聴取を小五郎が担当し、そして…。

「良いか高杉、てめぇはオレ等に逐一ケータイで情報を提供しろ。」

「(こっくり)」

「貴様!!高杉!!起きているのなら降りろ!!1人で歩け!!」

すでにまどろんでいた東風を玄関ホールまで通武におんぶして運ばせた小五郎は、彼に在室している普通科の生徒と、部屋番号を伝える情報員の役割を任命した。

これには管理人室の横に取り付けられたポストに差し込まれた在室確認の学科別の色分けネームカードが大変役立った。


しかし…
やはりというべきか、目的の人物は見当たらなかった。
その結果を、何故か己の落ち度であるかのように、ひどく落ち込んでいる通武とは反対に、小五郎は冷静そのものである。

「大体、初めっからそんな簡単に見つかるなんて思ってねぇ。っつーか、見つかったら苦労しねぇ。」

「何?」

「餌は撒いた。後は魚が食いついて来るをの待つ。」

「…貴様の言うことはさっぱり分からん…。」

通武の言葉に、「だろうな」と呟いた小五郎はタブレット型の小さな機械を操る手を止めて、腕時計を確認した。

「もうすぐ夜明けだな。もうしばらくは時間がかかるはずだ。そいつみてぇにクソして寝てろ。」

そいつ、とあごで示した先には、椅子に腰かけたまま部屋から持参していた毛布にくるまって、なんとも気持ちよさそうに寝ている東風の姿があった。

「…こいつは緊張感が足りんのではないか。」

「見てるとこっちまで肩凝りして来るクソ真面目な硬物よりは幾分かマシだ。」

「…笑えんな。」

苦い顔をした通武は「そういう性質だ」と不満げに言うと腕組みをして椅子に深く腰掛ける。玄関から見える外は、小五郎の言った通り、東の空がにわかに色付き始めていた。

ガコン、と不意に聞こえた機械音に、通武がそちらへ目を移すと、小五郎がすぐ傍の自動販売機で缶コーヒーを買っている姿が見て取れた。

「…貴様は寝ないのか。」

「…ご心配痛み入るぜ。」

通武の言葉に、小五郎は静かに呟いた。

「生憎と、2度寝したらもう起きれねぇ性質でな。」

「…。」

缶のタブを開けた小五郎が、コーヒーに口を付ける姿から目を逸らした通武は、居住まいを直すと再び外を眺めて「笑えん」と零した。





魚がかかったのは、それからまもなくであった。
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