好死は悪活に如かず

□好死E
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ホールに響き渡たったのは、なにやら懐かしいメロディ。


硬直したのは、山縣、カオル、通武、そして小五郎。
唯一状況が飲み込めていないのは東風だ。

何故、山縣のケータイ電話に登録されている伊藤俊輔の番号に電話をかけて、東風が手にしている白いケータイ電話が鳴るのだろうか。




3分程前に溯ってみる。



同室者に売られ、いつの間にか虎次郎の手伝いをすることになった東風は、寝起きの頭で説明を聞いていた。
目の前には段ボールが一つ。
中にはハンカチだのシャーペンだのウォークマンだの、ケータイ電話だのが綺麗に並んで入っている。

「休暇中に寮内で見付かった落し物、忘れ物達です。これらを整理して記録につけ、寮生達が帰って来る頃に合わせて、そこのガラスケースに展示しておきます」

それではよろしくお願いします、と虎次郎に頭を下げられた東風は、つられて頭を下げた。
そして任されたのがケータイ電話等の電子機器類あった。
電子機器は高価なものが多いため、直接ガラスケースには展示せず、写真と機種名などを書いたメモを貼っておくらしい。
管理人室へ忘れ物を取りに戻る虎次郎の背中を見送った東風は、メモを取るため、一台のケータイ電話を取り上げた…

そいつがタイミングを見計らったように鳴り始めたのであった…。



ここで冒頭に戻る。



「…」

しばらくそのケータイ電話をジッと眺めたままメロディを聞いていた東風が、どうしよう、と顔を上げると、そこにはいつの間にか隣のテーブルで談議していた筈の連中が、東風を取り囲んでいた。

「???」

四人は何やら怖い顔をして、彼の手の中にあるケータイ電話を凝視していたが、やがてカオルが通武の方を向いて手を差し出した。

「…久坂君…そのケータイちょっと貸してくれ。」

「は?何故だ…」

「いいから。」

通武が手に持っているのは、山縣のケータイ電話である。
先程彼から奪って手に持ったままだった。
通武がケータイ電話を渡すと、カオルは東風の手の中のケータイ電話を抜き取り、山縣の持っていたケータイ電話を代わりに東風に持たせた。

「おい」

山縣が突っ込むやいなや、小五郎が通武の首根っこを掴み、カオルは山縣の腕を掴んで一斉に走り出した。

「ええええええちょ、オレのケータイ電話ああああああぁぁぁ…」

という山縣の無残な叫び声を残して、四人は大食堂の方へあっという間に姿を消した。

「…」

残された東風は、手に持たされた山縣のケータイをジッと見つめ、通話終了のボタンを押すと、何事も無かったように、その特徴をメモにカリカリと書き始めたのであった。






「こっちだ。」

カオルに促されて彼らが向かったのは大食堂からほど近い、カオルと山縣の部屋である。
会話もそこそこに、彼らは狭いリビングにそれぞれ腰掛けると、件のケータイをリビング中央のテーブルに置いた。
それを凝視したまま、通武が呟く。

「…それで、どうなんだ。」

「どうって…間違いなく俊輔のケータイだよ…どうりで連絡が付かないわけだ…落し物箱に入ってたんじゃ…」

「やはりか…」

溜息を付く通武の横で、ほとんど引きずられるようにして連れて来られた山縣がようやく夢から醒めたように我に返ると、「てめぇえええええ!!!!!!」と勢いよくカオルの胸倉を掴んだ。

「オレのケータイはどうすんだぁあああああ」

「いやー辰也…お前が俊輔と同じ色のケータイで助かったよ…」

「あの中には毎晩のオカズもとい、厳選の伊藤メモリーが入ってんだぞぉおおおおお‼ナース伊藤‼Tバック伊藤‼学ラン伊藤‼乱れ髪伊藤‼‼」

「うるせぇな、ほとんどコラじゃねえか。」

この世の終わりのような悲痛な声で絶叫する山縣を放って、三人はケータイを前にして腕を組む。

「でもなあ…ケータイがここにあるんじゃ連絡の付けようがねぇよな…」

「…やはり地道に探すしかないのだな…。」

険しい顔をした通武の言葉に「…いや」と小五郎が呟く。

「着信その他ケータイの中身を見りゃ大体見当が付くだろ。」

そう言いながら小五郎が俊輔のケータイに手を伸ばそうとすると、すかさずカオルが「ちょっと待てくれ」と制止した。

「…これだけ聞きたいんだけど、いいかな…」

真剣な声色に、小五郎と通武がカオルの方を向く。

「…つい勢いでここまで連れてきたけど、俺はお前等をまだ信用してない。普段の話から聞いていればお前らが…その、本人はどう思ってたかは分からないけど…俊輔側の俺達から見れば、ひどい奴等だっていう認識だから。」

「…まあ、そうだろうな…」

「だから確認したい。…今回の俊輔の行方が知れない件について…お前等は本当に何も関わっていないのか?あいつに危害を加えたりしていないか?」

「…」

彼の質問に、通武は少し考えた。
彼の失踪の要因に自分達が関係有るのか無いのか、と問われれば、全く無いとも言い切れない。
逆に、彼が自分の意思で出て行ったのであれば、原因は自分達以外にはあり得ないとすら感じていた。

通武が言い淀んでいると、小五郎が横で溜息を吐く。

「遊んでやりてぇのは山々だが…見つからねぇんじゃ危害の加えようもねぇ…」

その顔にどこか疲労の色を見てとったカオルは、複雑そうな表情をして見せたが、小さく「成る程」と呟いた。

「…分かった。じゃあそれを踏まえて、もう一つだけ聞くわ。…なんで、俊輔を探している?」

「…」

「もし、俊輔が見つかったとしたら、どうする?…多分わかってる筈だけど…あいつが居なくなったのはお前等にも全く原因がないわけじゃないと思う…探してどうするんだ?また前みたいに働かせるのか?」

カオルの言葉に、小五郎と通武は不意を付かれたような顔をした。
伊藤俊輔を探して、そして見付かったら…自分達はどうするのだろう?



「…分からん…」

馬鹿正直に答えたのは通武だった。


分からなかった。
彼を見付けたら後、その先のことなど、どうするのかなど全く考えていなかった。それは小五郎も一緒だったようだ。

このまま全てがうやむやに終わって、彼がもう自分達の部屋に戻って来ない可能性だってある。
それはそれで仕方のないことだ…

だから本来はきちんと彼に言わなければならないことや、やらなければならない事が沢山あり、自分達はそれを真摯に考えなければならないのだろう。



「だが、俺は…」





きちんと考えなければならない、という思いとは裏腹に、頭に思い浮かぶことはひたすらに単純なことで。

今思い付くことは、ただ…






「……ただ…声が聞きたい。」






「………」




通武の独り言のような言葉に、そこに居た通武以外の三人が「え」という顔をした。




勿論当の本人は自分の言った言葉にどれほどの意味が含まれているのか全くと言っていい程気が付いていない。

その言葉が、馬鹿正直な久坂通武という人間の今の素直な気持ちで、他意はないのだ。
その言葉を聞いた小五郎が悪どい顔でニヤぁと笑ったのと同時に、カオルがどこか遠い目をして「成る程…」と呟き、唖然としている山縣の肩を慰めるようにそっと抱いた。


「…辰也…ライバル登場か…」

「はぁあああああ!?冗談じゃねぇよおおおおお!!!」

「あー…うん。分かった。だよな、ちょっと前から久坂君は実はそうなんじゃないかな、って思ってたんだよな…。」

「…?何が…」

「いや、なんでもない。お互いを信じて協力しよう。そして一緒に俊輔の声を聞こう。」

「待てよカオル!!!オレは反対だ!!!こんっな変態をまた伊藤と同室にさせる気か!?オレの伊藤の貞操が散らされる!!!オレの夢の花園が!!!!あいつの木刀で‼‼‼」

ぎゃあぎゃあと言い争う2人を(厳密には1人だが)他所に、事態を飲み込めない通武は、何やら怪訝な顔をして小五郎に問い掛けた。

「おい…何がどうなっている…」

なぜ唐突に協力体制になったのか不思議らしく、通武は首を傾げたが、小五郎はニヤニヤとしながら「さあな」と答えた。

「こっちの誠意が伝わったんだろ。」

「…そうか?」

覚えの無い通武はますます首を傾げるほか無いのだった。






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