好死は悪活に如かず

□好死E
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通話ボタンと同時に外部マイクをオンにし、小五郎はその場に居る全員が会話を聞いて取れるように、ケータイを机の上に置いた。
ついでに、他の三人へ向かって、人差し指を口の前に添えることも忘れない。




『もしもし』

部屋の中に響く無機質な声。
それは機械で声質を調整しているようで、ひどく耳障りなものだ。

「よう」

小五郎が話しかけると、相手側は落ち着き払った様子で「こんにちは」と応えた。

「言われた通り電話に出たぜ…何の用だ。」

『お忙しいところ、どうもありがとう。電話を見つけてくれたんですね。返してください。』

「これがお前のもの?」

『探していたケータイです。ありがとうございます。』

「てめぇのものかって聞いてんだよ。」

『どうもありがとう。ケータイを、返してください。ありがとう、返してください。』

ごく、とカオルが息を飲む。
電話の向こうの音声は機械的な響きもあいまって確かに無機質なのだが、その奥に異様な狂気が含まれているように感じられる。
一枚の薄い板を隔てて恐ろしい「モノ」がすぐ近くに張り付いている感覚だった。

『どうもありがとう、どうもありがとう。』

繰り返される感謝の言葉は「返してもらう」事以外の選択肢を一切受け入れようとはしない証拠だ。

(…このケータイの事しか眼中に無ぇのか…気味が悪い奴だ…)

小五郎の素直な感想はそれに尽きた。しかし、それだけの情報でこのケータイを渡すわけにはいかない。


「…悪いが、何かの間違いじゃねえか?こいつは知り合いの馬鹿が落としたケータイだ。…てめぇのもんじゃねえ…。」

『…』

「そいつは馬鹿だがキチガイじゃねぇんだよ…。てめぇ…誰だ。」

『…』

「どうしてこのケータイを探している。」

小五郎が核心に問い掛ける。
電話の向こうは途端にシン、と静まり返った。

「…おい。」

小五郎の呼びかけにも応えない。
これは何か裏があるのでは、とカオルが小五郎に視線を向け、提案をしようと口を開きかけようとした瞬間だった。



『 かえさないと、ころす 』



静かに、しかしそれには明らかな敵意が含まれていた。
隠そうとしない悪意が言葉に乗って部屋の中に木霊する。

それでも小五郎は、眉一つ動かさない。
彼は少し考えていたが、やがて落ち着いた声でこう応えた。


「じゃあよ…渡してやっても良いが、条件がある。」


気圧されたカオルは、条件?と目を丸くした。
不気味な正体不明の相手に…しかも敵意を剥き出しにされ、淡々と交渉を持ち掛けることを厭わない、小五郎の神経を疑った。

しかし、驚くのはまだ早かった。



「お前、このケータイの持ち主の行方を知ってるな?」

「え」

思わず声をあげたカオルはハッ、となって口元を押さえた。
外部マイクは小五郎以外の他の音も簡単に拾ってしまう。しかし両者は全く気にした様子はなく、小五郎は事務的と言って良いほど冷静だった。



「そいつの身柄をこちらに渡すか、さもなきゃ、そいつの居場所を教えるか。どっちかだ。選べ。」

『…』

相手側の沈黙が続く。
小五郎は急かすこともせず、ただ静かに、そしてひたすらに返答を待った。
返事は無いのに、ケータイの向こう側には確かにその存在が感じられる。

不気味だった。

(静かだ、静かすぎる…)

恐ろしいほどの静寂に、カオルはふと疑問に思う。

(怖いほど静かだ…なんだ、この違和感は…)

拭いきれない衝動に思わず振り返ると、その違和感の正体が分かったのと、ケータイのスピーカーが静寂を破ったのはほぼ同時だった。



『かれは、もどりません。』



その言葉に、小五郎が僅かだが顔を歪ませた…その時だった。


ぷつん、と何かが切れる音を、小五郎は聞いた。



ぷつん?と小五郎が振り返ると…

「卑怯者がぁああ!!!!」

「ぶっ!」

「ふざけんじゃねぇぞてめぇえええ!!!戻らねーっどうゆう意味だ!!!!」

「黙って聞いていれば気持ち悪い声を出しおって、まともに喋ることは出来んのか貴様ーーーー!!!!」

「オレの伊藤をどこに隠した!!!!白状しねぇと心音聞くフリしてチェストピースで乳首嬲るぞコラぁあ!!!」

「刀の錆にしてくれる!!!!そこから出て来い!!!!」

「てめぇの正体はわかってんだよ!!!!!名を名乗れ!!!!!!!!」

「辰也、そら矛盾だ。」

カオルが思わずツッコミを入れたが、山縣と通武は聞く耳も持たず、小五郎を押し退けて白いケータイを奪い合いながらぎゃあぎゃあと怒鳴り続けている。
2人の強烈なエルボーを喰らい、弾き飛ばされた小五郎は、引き攣った顔でカオルを見た。
その表情には、なんで止めなかった、という非難の色がありありと込められていた。

しかしカオルは黙って頭を横に振った。
気が付いたときは、2人とも目が据わり、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた状態で止めるどころではなかった。

そして案の定…

「あ、切れた…」

「!?」

山縣の言葉に小五郎が山縣に渾身のラリアットを喰らわせてケータイを奪い取る。
そして画面を見てみると、通話終了の文字と共に、ツー、ツーという音が虚しく響いていた。
慌てて掛け直してみたが、スピーカーから聞こえるのは無機質な女性の声のアナウンスが繰り返されるばかりだ。

「…」

「…おい、それで誰だったんだ。」

「…」

心底不思議そうな顔をして問いかけてきた通武を、小五郎はゆっくりと振り返る。

その顔を見た通武が慌てて「言っておくが、俺はなんのボタンも押していないぞ!」と言って後ずさったがもう遅い。
小五郎は静かにケータイをテーブルの上に置き、黙ってゆらり、と立ち上がると、懐へ手を入れた。










「おや…」

不意に顔を上げた虎次郎を不思議に思い、東風が首を傾げる。

「高杉くん、いま銃声が聞こえませんでしたか?」

「…」

東風はきょろきょろと辺りを見渡すと、何かに気がついてぽん、と手を叩いた。

「あぶない刑事…」

「ああ」

東風の言葉を聞いた虎次郎も、ぽん、と手を叩く。

「再放送中でしたねえ。そういえば管理人室のテレビをつけたままでした。」

やっぱり、と頷いた東風に、虎次郎は時計を見るとにっこり笑って「そろそろおやつにしましょうか」と席を立った。
わーい、と両手をあげて、東風は珍しく嬉しそうな顔で虎次郎の後を追う。



大変のどかな午前10時であった。
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