好死は悪活に如かず

□好死@
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伊藤俊輔の朝は早い。


朝五時に起きて掃除に行き、その後六時から食堂で朝食の準備に追われる。

朝食を食べ、学校へ登校し、勉強、勉強、勉強。
そして帰って来ると夕食の準備をして、食べ終わると病院へ行って診察。
その後寮に戻り四人分の洗濯物に取り掛かる。
洗濯物を片付けて、学校の予習復習をすれば、大抵もう日付けは変わっている。

忙しい最中合間を見つけ、親への手紙も書いた。
ただ、病気のことは書かず、書いたり消したりして黒く擦り切れた部分を切り取って、ポストへ投函した。


忙しい毎日である。
睡眠時間も少ない。


だが空いた僅かな時間で、俊輔は一貫してある事を考えていたのである。










好死を望まんと欲す










「目の下が黒いぞ、俊輔。」

「は」

真顔で言われた俊輔は、思わず自分の目の下を触る。
鏡が無いので確認こそ出来ないが、怪訝な顔をして覗き込んでくる友人がそう言うのだから、本当に黒いのだろう。
先ほど終わった授業の教科書を仕舞いながら、俊輔は覗き込んできた友人を眺める。
友人は俊輔の後ろの席の男だった。

「目の下に何匹クマさんを飼っているんだ、お前。」

首を傾げた少年を空ろな目で見た俊輔は「さぁ」と、彼と同じ様に首を傾げた。



昼時が近い教室内はどこかそわそわと浮き足立っている。

未だ教室内では仲良くなりかけた友人の間でお互いを探るような会話が目立っていたが、既に打ち解けて仲良くしている連中も見受けられた。
勿論その中からは、男子校という特殊な世界に当てられた犠牲者が続々と姿を現し、男同士で顔を見合わせては何やら頬を染める甘酸っぱい連中などもチラホラと見かけたが、一週間も経つと然程気にもならなくなっていた。
と、言うのも、至る所で野郎同士が仲良さげに手を繋ぐ姿を頻繁に目撃してしまうため、それがいつの間にか「日常」に取り組まれてしまったのである。


勿論依然としてノンケは多い。

俊輔を初め、今俊輔を覗き込んでいる少年も、その気はない完全なノンケである。


少年は黒い髪の毛を縦横無尽に遊ばせ、薄い眼鏡をかけている。
身長、平均よりやや高。
容姿、平均よりやや良。
頭脳、平均よりやや上。

何事も普通の俊輔よりもやや上を行く人物である。
普通科では中堅と言えよう。
たまたま俊輔の後ろの席だった事から仲良くなり、学園に入学してから俊輔に出来た最初の友人だった。


少年の名前を井上カオル。


だが、容貌がハリーポッターを演じるダニエル・ラドクリフに酷似していたため、「ダニエル」という、本人には酷く不本意なあだ名が付いたのである。

「うっせーな、ダニエル。おれ今考え事してんだけど。」

「ダニエルって言うなっつってんだろ。つか何だお前、クマを飼うほど深刻な悩みでも抱えてんの?」

「まぁね」

「そーなんだ。…あのさ、俺でよかったら何時でも相談乗ってやるけど?」

ニコ、と微笑んだダニエルの眩しい笑顔に、俊輔はこいつになら抱かれても良い、という考えがふと頭を過ぎったが、その考えをテッシュに包むと忘却の彼方に丁寧に葬った。
ダニエルはとても優しい友達想いの男である。

「お前の優しさが胸に染みるよ…ダニエルってほんと良い奴…。」

「いや、だってさ」

そう、ダニエルは良い奴なのだ。だが。



「お前、顔に死相が出てんだもん」


少し空気の読めない男なのだ。





因みに俊輔は誰かに病気の事を明かすつもりは無かった。

彼は会って間もないクラスの連中に、いきなり余命を発表してテンションを下げるような、空気の読めない男では無かったのである。
勿論、それを知って然るべき人物には病院側から通達が下ったが、俊輔はそれが広まるのを本意とせず、その事は誰にも言わないでほしいと懇願した。
同情されたくない、という変なプライドみたいなものもあるのだろうが、一番の理由は他にある。

とにかく、普通で居たかったのだ。

そして。


「んで、そのお悩み事ってのは、なんなんだよ。」

ダニエルが前の席に座ったのを見ながら、俊輔は明後日の方角をボンヤリと眺めながら「うーん」と洩らした。


「ヒーローってさ、どうすればなれると思う?」


その言葉に、ダニエルの眼鏡が少しずれたが、俊輔は気にもしなかった。


私生活は、普通が良い。
だが、最後はカッコよく決めたい。

本当は童貞を捨てる事を前提に考えていたのだが、どう考えても女の子とムフフな展開になるのは無理だという事に二日で気が付いた。
そして、ここは妥協して野郎相手にネコかタチに回ることも考えたが、それは20分で考えるのを止めた。(想像して吐き気を催したため。)

そこで残ったのが、英雄になって、カッコいい最後を遂げる、という考えだった。

普通の奴が、どうしたら皆の憧れる英雄になって、華々しいフィナーレを飾れるか。



そのことを、俊輔はここ最近ずっと考えていたのである。
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