好死は悪活に如かず

□好死C
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前略。

父ちゃん、母ちゃん。

料理ってむずかしいぜ。

給食のおばちゃんが作るみそ汁と何が違うんだろう。
友達は「愛情」が足りねぇっていうんだけどさ、「愛情」ってどう足すわけ。なにそれおいしいのー!!?

鍋に向かって「愛情」って叫べば良いのかな。

とにかくまだまだ前途多難です。





あ、同室者とは仲良く…





「おいゴラァカス野郎!!しわが取れてねぇじゃねぇか!!ふざけてんじゃねぇぞテメェ!!」

「はひぃいい!!申し訳ありませんん!!今すぐ洗い直しますぅうう!!!」

リビングで洗濯物をたたんでいたところへ個室のドアが開き、小五郎の怒声とともに投げつけられたシャツを受け取った俊輔は顔面を蒼白にさながら洗濯かごを引き寄せた。

「てめぇ、明日の朝までに終わらせねぇとその空っぽな頭ぶち抜くぞ。」

「心から肝に銘じます。」

ゴリゴリと床に額を擦りつけながら「すみません」と付け加えると、小五郎は俊輔を見もせずに怒り心頭で乱暴に個室のドアを閉めた。

「かー…こわっ」

思わず呟いた次の瞬間。

「貴様!!俺の手ぬぐいを何処へやった!!」

次いで、小五郎の向かいのドアがバン、と開き、リビングに居た俊輔に抗議してきたのは通武である。
一難去ってまた一難だ。
俊輔は小五郎に対峙していたときとはコロリと変わって牙を剥いた。

「うるせぇな!!今立て込んでんだよ!!あれなら捨てた!!」

「ふざけるな!!あれは師範から頂いた大切なものなんだぞ!!今すぐ探して来い!!」

「ええええええ!!!」

「やかましい!!とっとと行け!!」

「ぎゃん!!」

木刀で尻を叩かれ、蝶番が外れんばかりに大きな音を立ててドアを閉めた通武を恨みがましい顔で見た俊輔は、「なんでー馬鹿やろう!!童貞!!ハゲ!!」と口汚く呪いの言葉を発した。
確かに本日、洗濯物に混じっていた汚い雑巾のようなものを捨てたが、あれがまさか大事なものだとは思っていなかった。
明日は燃えるごみだーと朝方収集所へ持って行ったのである。
今から行って探すのは、正にごみの山を捜すこととなるため、俊輔は重い溜息を吐いた。

「…まぁ勝手に捨てたのは良くなかったか…。」

ち、と軽い舌打ちをして俊輔が立ち上がろうとすると、ツンツン、と何かに服の裾を引っ張られた。

振り向くとそこには東風の姿。

「…どうなすったんで?」

自分よりも背の高い美形の男が、さして見栄えのしない男の、よれよれのシャツの端を後ろから可愛らしく引っ張るなんて、まず喜ぶ奴なんていねぇからな、という言葉をごくりと飲み込んで、俊輔は鼻から抜けるような溜息を吐いた。
それを一瞥した東風は、俊輔の服の裾を持ったまま、台所の方に目を向けた。

「あ?」

東風の視線を追った台所の流しには、先程作った味噌汁の残骸。
野菜のくずや道具をそのままにしていたのである。
そして、東風の手には絵の具で汚れた筆。

「ああ〜」

なるほどね、と納得した俊輔は東風が筆を洗いたいのだと理解して遠い目をした。
ちくしょう、どんどんと仕事が重なりやがる、と溜息を吐いたが、思い直して俊輔は頭を振った。

一流の料理人は料理が終るのと同時に、使った道具はすべて片づけていなければならない。
食事の後に出るのは、使用した食器だけ。

(服がしわしわだったのは、おれの手抜き。手ぬぐいを捨てちゃったのは、おれの不注意。そんで、台所が片付いてねーのは、おれの手際の悪さ。)

そう頭の中で呟いて、俊輔は洗濯かごを置いた。

(台所片づけて、洗濯スイッチ入れて…。洗濯機回してる間にごみ置場漁るか…。三十分で見つかるかな…。いや、でも大体置いた場所分かれば大丈夫か…。つかゴミ臭くなった体で洗いたての洗濯物干すってどーよ。だったらいっそ手ぬぐい見つけて軽く手洗いしてから一緒に洗濯…、むしろ今着てるおれの服も一緒に洗っちゃった方がいい気がするな。それで、洗濯機回してる間におれも風呂に入ればいいんだ。いいな、そうしよう。)

「…。」

東風が考え込んでいた俊輔を見て首をひねる。それに気がついた俊輔は「完璧なプランだ」と一人まんぞくげに頷くと、さっそく腕まくりをした。

「よぉし、ちょーっと待っててな。」

今片づけるから、と台所に向かった俊輔の背中を見て、東風は床に置かれた洗濯かごをふと覗いたが、すぐに興味を無くして、固まり始めた筆をいじり出した。


洗濯かごの中には小五郎のシャツと、通武の道着。

それから、味噌汁くさいタオル。

今日は月曜日。
寮の厨房は空いているのだが、俊輔は味噌汁を夜食にいかがと小五郎に差し出したのだ。
が、やはり「まずい」と床にぶちまけられそうになったところ、過去の例から学習した俊輔が、咄嗟に鍋を差し出して、あわやというところで、小五郎の味噌汁は鍋の中におさまったのである。
しかしそれが気に入らなかったらしい小五郎が、空になったお椀に鍋から直接味噌汁をすくって、今度は俊輔の顔面にぶちまけた。

それを拭いたタオルだった。

俊輔の執念は納豆なみの粘着力になりつつあった。
彼は平日でも夜食と称して味噌汁を作り続けている。

台所からは鼻歌。

寮生活、二週目が幕を開けた。









…あー、このように、同室者とは仲良く…なる予定だ、これから!

そんなわけで、父よ母よ。




今日も息子はたくましく生きております。

どうか心配しねぇでくれ。




それじゃあ、また。

















朋友に処するに、相上ぐること勿れ。
(ほうゆうにしょするに、あいしのぐることなかれ。)
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