好死は悪活に如かず

□好死D
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◆   ◆   ◆









「家政婦がいないっていうのは何かと不便なんだね。」

「…あ?」

栄太の言葉に、小五郎は顔を上げて眉を潜めた。

政経科の補習授業が終わり、帰る準備をするために鞄を机の上に置いたのと、栄太が声をかけてきたのはほとんど同時だった。
栄太は窓際に背中を預けながら小五郎の前の席で無表情のまま口を開いた。

「その証拠に、今日のお前はすこぶる機嫌が悪い。」

ふわ、と白いカーテンが外気を受け小五郎と栄太の間で膨らむ。
相手の顔が見えなくなり、小五郎は人を射殺すような眼で視界を奪った白に向けた。

心地よい風が教室内に入り、白いカーテンが日光に反射してまぶしく輝いている。
その眩しささえ、今の小五郎には煩わしかった。


入室者募集事件から5日。
和田小五郎、久坂通武、高杉東風の住む1077号室がルームメイトを募集しているという噂はあっという間に広がっていった。
その情報の浸透率に小五郎は当初、新しいルームメイトはすぐに決まると踏んでいた。
だが、実際は思うように上手くいかないものだ。

(そう甘くはねぇってか。)

GW2日目でルームメイト希望者のほとんどが帰省してしまったのだ。
彼らにしてみれば不測の事態。
「射中の彼とルームメイトに☆」という甘いふれこみに、実家に連絡を入れ、帰省中止を訴え出る生徒が続出したが、交通費用のキャンセル代を自分で支払うならお好きにどうぞ、という親の言葉に泣く泣く帰る者がほとんどであった。
いつの世も学生は金がないのだ。

こうして強制送還を余儀なくされた連中は、もちろんルームメイト候補者から外れることになり、10日間のGW中に帰らないごくわずかの生徒に的は絞られた。
学校に残っているのは補習授業があるトップクラスの政経科の一部と、強化合宿のあるスポーツ科若干名、それに受験を控えた特進コースの3年生が数十名。
それ以外は特別な事情がある者をのぞいて、こういった長期休暇の際はほとんどの生徒が帰省する。
寮には娯楽と称するものがあまり無いうえ、学生食堂が閉鎖されるからだ。

GWも6日目を迎えると、寮はますます閑散として人の影はまばらになる。
そのうえ休暇中の補習カリキュラムが終了した政経科のほとんどの生徒が、残りの休暇を実家で過ごすべく今日中に寮を後にするため、寮に残る生徒は全校生徒の10%にも満たなくなる。

その中から新しいルームメイトを見つけるのは至難の技と言っても過言ではない。

(…感触は悪くなかったはずだ…。)

小五郎は鞄の中に筆記用具を入れた。

そう、残った連中の感触は悪くはなかった。
事件の翌日も積極的に部屋へ通ってくる連中がすくなからず居たし、中には熱心に猛烈なアピールをしてくる者も若干名いたのだ。
もちろん性的な意味で。

「うまくいくはずがない。」

小五郎が視線をあげると、視界を塞いでいたカーテンが外へ空気を吐き出すようにしぼんでいくところだった。
同時に栄太の絹のような髪がさらさらと揺れる。

「基本を間違えるから、そういうことになるのさ。どうしてお前の新しいルームメイト達が2日もしないうちに逃げ出すか教えてやろうか。能無し。」

「…残念だな。日本の法律に『ムカつく人間は射殺してもいい』っていう法律があったら、今すぐにでもてめぇの額をぶっ放してやるのによ。」

小五郎が濁ったような双眸で栄太を見据える。
そう。
この5日間で数人が候補として1077号室でプレ生活を体験した。
だが、誰1人として候補として残る者は居なかったのだ。
小五郎にはその理由がさっぱり分からなかった。

(…最悪だ…。)

目の前の天使のような容貌をした少年が愉快そうに美しく笑う。
その唇が動くのを目で追いながら、小五郎は頭の中でピストルの引き金をひいた。








ギィ、と重い音を立てて戸を開けた小五郎は狭い玄関へと入り、靴の数を確認すると乱暴にドアを閉めた。
玄関からすぐの右の部屋は、扉は半開きになっていて真っ暗だが、かろうじて積み上がった段ボールが見える。
リビングも暗い。
あの事件以来何も変わっていない証拠だ。左の部屋から微かに物音が聞こえるので東風は在室しているようだが、それ自体にはなんの感概も生まれない。
小五郎は舌打ちをこぼしながら靴を脱いでリビングへと向かった。
日は沈み不気味な静けさが室内に漂っている。ふ、と何かが足にさわり、小五郎は薄暗いなか、目を凝らして足元を見た。
足に絡みついていたのは白いシャツ。小さく舌打ちをこぼした小五郎は、ふ、と視線を洗面所の方へ向けた。

2畳ほどの狭い洗面所に山のような衣類が積み上がっている。

汚れたものを入れる洗濯籠はもはや衣類に埋もれてその姿を確認できない。
それが廊下にまで溢れてきていたのだ。
小五郎は無言のまま足元のシャツを洗面所の方に蹴りながらリビングへと進み、ふと鼻をかすめた匂いに僅かに顔を顰めてみせた。
ミニキッチンから異臭がするようになったのは2日ほど前からだ。
だが使える食器がなくなり、冷蔵庫のビールを飲みほしてからは、もはや台所に入ることすらしなくなった。
ゴミ箱も溢れているが、どうやって捨てるのかが分からないので、たまったゴミをリビングに置いている。

その光景を見てイライラとしながら、小五郎は自室へと入った。それからベッドへ乱暴に鞄を放ると制服の上着を脱ぎ始める。ラフな格好になるべくクローゼットを開けて、小五郎はその手を止めた。

寝巻に使えるTシャツがもう無かったことに気が付いたのだ。

「…くそ…」

苛立たしげに小五郎は頭をかいた。
昼過ぎに聞いた栄太の言葉が脳内で反芻する。



『"ルームメイト”を募集するからいけないんだ。』


栄太の長い睫毛に光が振って、彼の目に影を落とす。

『お前らの"同室者”になりたかった連中は朝から晩まで家事をさせられて腹が立ったのさ。「こんなのを望んでいたんじゃない」ってね。』

『…。』

『連中はお前らと仲良く楽しく暮らすのが理想だった。それなのに仕事ばかりを押し付けられる。だから出ていく。お前らの利害は一生一致することはない。』

そう言って栄太は机の横に掛けられていた鞄を取りながら小五郎に顔を向けた。

『簡単なことさ。要項を変えればいい。“ルームメイト”を“募集”するんじゃなくて“ハウスキーパー”を“雇え”ばいいんだ。給料を払ってさ。朝から晩まで見返りを求めず奴隷のように働いてくれる優秀なハウスキーパーを雇用します、ってね。』

的確だろ、と笑って立ち上がり、廊下へ向かって歩き出した栄太に、小五郎は返す言葉が見当たらなかった。

そして教室を出る際、ふいに栄太は小五郎をみた。

『でも、意外だね。』

『…。』

『お前はそんなこと、とっくに気が付いていると思っていたよ。…ま、僕には関係ないか。』

「よい休暇を」と言って教室から消えた栄太に、小五郎は返事のかわりに目の前の机を思い切り蹴飛ばした。


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