short

□さくら
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真冬の季節に春の唄

黄昏の街に君の声










さくら











夕暮れの帰り道。学校から見慣れた住宅街に入るまで、その唄声は止む事を知らない。


「嘉国、うるせぇ」

隣で唄う少年に向って、浩一は眉根寄せると、さも迷惑そうに呟いた。

その大袈裟な態度に嘉国はぴたりと唄うのを止めた。そして苦虫を噛み潰した様な顔をして、浩一を一瞥すると、唄っていた時とは正反対の低い声で呟いた。

「てめぇ…人が気持ち良く唄ってんのに水差すたぁ良い度胸してんじゃねーか」

嘉国は顔を歪めて不機嫌そのもの。気持ち良く熱唱していた所を中断されれば怒らない理由は無い。気を悪くするのは至極当然の事であった。

そんな嘉国を横目で見た浩一は、思わず溜め息をついた。

嘉国の唄が特別不快だったわけではないのだが、この二人きりでの帰り道に、嘉国が歌ばかり唄って自分を全く相手にしない事に些か不満だったのである。

唄を唄うより、何でも良いから話していたかったのだ。
それなのに憎まれ口しか叩けないのは、我ながら呆れ返る。
しかし、楽しいのもまた事実。

「ほー。あれで歌っていたつもりか。俺には何やら呻いて居る様にしか聞こえなかったが。」

「け、どうせてめぇみたいな猿には人間様の崇高な音楽感性が理解できねーんだろーが。」

「なら音を外すな」

「外してねーよ!!」

「音痴」

「んだとっ!!??」

「超音波」

「てめっ!!!」

行き交う言葉は、先程の流れる様な旋律を奏でる事は無かったが、ぽんぽんとリズム良く往復し、小気味良い調子を生み出す。
それが心地良くて浩一は思わずほくそ笑んだ。

―ほら見ろ。一人で唄うよりずっと良いじゃねぇか。

「大体卒業シーズンにはまだ早過ぎます。まぁ…お前にゃ季節を敏感に感知する人間様の繊細な情緒という感性が無いから仕方無いか。猿はお前だ、一生温泉入ってハミングしてろ」

そうなのだ。そもそも真冬の淋しい時期に春の唄を唄う嘉国の感性を浩一は疑って居た。数年前から大ブレイクしたその春の唄は今や卒業式の定番となっている。
しかし今は十二月。
卒業式はまだまだ先だ。

しかしそう言われた嘉国は怯む事なく言い返す。

「るせーぞ、真の名曲というものはいつ何時も人々を魅了し離さず、ジ〜ンと心に響くものなんだよ!」

「知れた口を…」

名言だと自尊する嘉国を、浩一は鼻で笑ってやった。どんな名曲もお前が唄うと憂いに満ちて地に落ちる、と浩一は指摘した。

…だが正確には、嘉国に相手にされない浩一自身が憂いに満ちる原因となる事を本人は気が付いていない。

それを聞いた嘉国はぎゃんぎゃんと喚き散らした。

「うっさい!!大体卒業式限定ソング的な事を言うな!そう言う固定観念だけでみるとその唄の価値がグンと下がんだよ!」

「ほー、なら他にどんな場で唄うのが好ましいのか幾つか例を挙げて見ろ。」

「だから場所なんて関係ねーんだよ!!決められた場所でしか唄われーねー様な気取ったもんじゃねーだろ!頭にふと過ぎったメロディを口ずさむ!!唄いたい時唄う!!これが音楽というものなんですよ浩一君!!」

くい、とかけても居ない眼鏡を押し上げる動作をする嘉国の目はぎらぎらと怪しい光を放って居た。


たかだか唄一つでよくも此所まで熱く語れるもんだ、と浩一は熱弁を繰り広げる嘉国を見て溜め息をついた。
唄に秘められたパワーを侮るなだとか、唄は世界を救うだとか、唄が持つ可能性とやらを嘉国は延々と語り続けた。

しかしあんまり嘉国が熱心に語るもんだから、だんだん面倒臭くなってきた浩一は話半分にで適当に相槌を打ち始めた。

ようは嘉国が自分と対話していれば、浩一はそれで満足だった。
よくよく考えれば嘉国がなんのために熱弁を繰り広げて居るのかは一目瞭然なのだが、興奮気味に話し込んで若干の身長差で上目遣いになる嘉国にすっかり気を良くしてしまったのだ。
そんな彼の心情も察しないまま、嘉国は頷く浩一を見て満足気に笑った。
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