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□バレンタイン小説
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◆     ◆     ◆









いつの間に眠っていたのだろう。
紗希は真っ暗な部屋に鳴り響くケータイの着信音に気が付いて目を覚ました。

枕元のケータイ電話を寝ぼけ眼で手に取ると、ディスプレイも確認せずに通話のボタンを押す。

「…はい。」

『もしもし、紗希!?』

その声を聞いた紗希は一瞬聞き間違いかと思った。

「隆…ちゃん?」

一旦ケータイから耳を離して画面をみると、確かにディスプレイには「千葉隆平」の文字が。
ちなみに時刻は23時を少し過ぎた辺りだった。

「どうしたの、隆ちゃん?なんで電話…」

『紗希、風邪大丈夫か!?声掠れてんな!』

「あ、うん…」

言われて紗希は顔が熱くなるのを感じた。これは風邪のせいではなく、寝起きだからだ、と困惑していると、電話の向こうで何やら雑音と共にサイレンの音が。

「…隆ちゃん?」

『何⁈』

「外に居るの?」

『うん‼そう‼』

隆平の答えにぎょっ、とした紗希は完全に目を覚ました。
外に居る?こんな夜中に?
しかもどうやら走りながら電話を掛けて居るらしい。
一体何が起こったのだろう。
紗希が覚め切らない頭でぐるぐると考えていると、隆平が「紗希、」と呼び掛けてきた。

『今日さ、誰にチョコ渡したかったんだ!?』

「え、」

『言えよ、怒んねーから‼』

突然のことに紗希は言葉も無い。
一体外で何をしているというのだろう。
しかも、今日誰にチョコを渡したかったか言え、と?
何がなんだか分からない。

「…どうして…」

自分でも気付かず、震えた声が出てしまった。

『東洋堂のチョコレートケーキ!渡したかったんだろ!?』

「…え」

『ギリギリセーフで買えたから‼今から、そいつに届けてやるからさ‼』

だから教えろよ、と隆平は言った。

「隆ちゃん…なんで…」

『説明は後だ!早く!あともうちょっとで明日になっちゃうぞ‼こういうのってさ、今日じゃなきゃ意味ねーんだろ!?康高か!?渋谷か!?…まさか安田じゃねぇだろーな!?』

安田はやめとけ!と言う隆平の声を聞きながら、紗希はポカンと口を開けたまま、ベッドの上に座り込んでいた。
頭の中を整理するにはあまりに突然過ぎて、追いつかない。
しかし、卓上の置き時計の秒針がどんどん進んでいることだけは確かだった。

23時20分。

あと40分で2月14日が終わる。


「…隆ちゃん…」

『何だ⁉』

「神代駅の南側方面に向かって…大通りの交差点から一丁目の方に行ける…?」

『任しとけ‼』

電話越しの隆平が、真面目な顔をして頷いたのが、紗希には見えたような気がした。









「…紗希…良いのか、ここで…」

『うん』

「うん、ってお前…ここ」

紗希の言うままに道を進んできた隆平は、到着した場所に呆れたような顔をしてしまった。
汗だくでゼエゼエ、と息を弾ませていると、隆平が立っていた一軒屋の玄関のドアが遠慮がちに開き、中から出てきたのは…。

「おかえり、隆ちゃん。」

着いたのは自宅で、玄関から出てきたのは紗希本人だった。
隆平はずっと繋いでいたケータイ電話を切ると、画面を確認した。

0時5分。

2月14日を過ぎてしまった時刻表示に、隆平は呆れたような顔でケーキの箱を持ったままへたり込むように座り込んでしまった。

「間に合ったのに、なんで…」

康高の家も、渋谷の家も…それこそ安田の家だって、帰る途中にあったのに。
寄ろうと思えば絶対に間に合った筈だったのに…。




なんとかしてやりたかった。


可愛い妹が楽しみにしていた行事。

母親に聞いた妹の行動。

我儘らしい我儘をあまり言わない、物分りの良い妹が、熱を出しても誰かにチョコを渡したかったのであれば、それをどうしても叶えてやりたかった。

紗希はパジャマに厚手のカーディガンを羽織ったままの格好で、フラフラと隆平に近づくと、同じように地面に座り込んだ。そして彼が手に持っていた東洋堂とロゴの入ったケーキの箱を静かに受け取った。
隆平が呆然としてそれを眺めていると、紗希はおもむろにその箱のフタを開け、備え付けてあったフォークで、ケーキを一口大に切り分け…そして…隆平の口の前に運んだ。

「はい。」

考える間もなく、隆平は反射的に口を開け、そのケーキを口内に収めた。
甘い香りと味がふわ、と広がり溶けてゆく。

「…うめぇ」

「うん」

「うん……………………じゃねーーーー!!!馬鹿!!食っちゃったよ!!」

「紗希から。過ぎちゃったけど隆ちゃんへチョコあげる。今年もお母さんと由利恵さんと、義理チョコ以外貰って無いでしょ」

「なんだと、失礼な!!!」

「ちがうの?」

「的確だよ!!あーーーもーーーー!!!」

ぐあっ、と顔を歪ませた隆平を見た紗希は、可笑しそうにクスクスと笑う。

「祐美子ちゃんに聞いたの?東洋堂の話。」

「…うん、中原、残念だって言ってたから。あと中原達から預かってきたよ…お前に、友チョコとかってやつ。」

「そっか…。」

「…なあ」

「うん?」

「…おれ…お前が…その、どうしてもチョコ渡したい奴が居るのかと思って…。」


「…うん。」


そうして、笑顔だった紗希がうつむき加減になり、その細い肩がやがて小刻みに震えだした。

すん、すん、という音とともに上下し出したのを見た隆平は、その小さな頭を片手で包み込むように抱き寄せた。

「ごめん…余計なことしたな…おれ…。」

隆平の胸に頭を付けた紗希は、彼の言葉に違う、違うと頭を振る。

「違うの…うれしいの……、うれしいの…ありがとう、隆ちゃん…ありがとう…。」

ありがとう、と繰り返す紗希に、隆平は、彼女が泣きやむまで、ずっと小さな頭を撫でていた。














2月15日。
時計は0時10分を差していた。



















ねえ、やっちゃん。




例えばの話。

12月25日に店頭で売っているクリスマスケーキは、12月26日になると、賞味期限なんて関係なく安くなる。


バレンタインチョコだって同じ。
2月14日に店頭で売っているバレンタインチョコは、2月15日になると、賞味期限なんて関係なく安くなる。


安くなってしまうけれど。








特別になることだって、あるよね?

















返信。

『………………ノロケか?』






おしまい。












ちなみにその年のチョコカウント

・隆平…4
・紗希…7
・康高…いっぱい

隆平さんはほぼ身内から…。
紗希さんは友チョコ等。
康高さんはもう数え切れないほど。
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