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□090909
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「ゲッコー。ゲッコーとは、月の光と書くのだな」

部屋の窓から空を眺めながら、ロジャーは言った。それに対して、ああ、とおざなりな返答をする月光。
話を打ち切られてしまったことを意に介さず、ロジャーは空から照らす光に沿うように、月光へと視線を移動させた。

「何を読んでるんだ?」

月光の部屋を訪ねた時から、部屋の主は一心に何かを見ていた。中断させたりはせず静かに寛いでいたロジャーだったが、一向に顔を上げない月光に同じ部屋に居ながら寂しさを感じ、つい声をかけてしまったのだ。内心、しまったと思う。
そんな気持ちを一つも知らない月光は特に気にした風もなく、見ていた物をロジャーに差し出した。

「シンデレラ?」

渡された物は絵本で、それだけでも意外だと言うのに、さらには内容がシンデレラときた。ロジャーはどう反応して良いか分からず、絵本を無意味にぱらぱらとめくってみる。義理の母や姉たちに蔑まれてきたシンデレラが、魔法によって王子様と結ばれる話だ。

「最近、色んな奴に会って色んな話を聞くんだが、好きってーやつがよく分かんねーんだよな」
「意外だな。ゲッコーがそんなコトに興味があるとは」
「あー?まあ、そうだな」
「よく分かんねーというのは、ゲッコーは誰かを好きになったコトがないということか?」

言外に「オレのコトは好きじゃないのか?」という想いを込めて聞いた。月光は気付かない。

「ロジャーの言う好きっつーのはよ、例えば、オレはラーメンが好きだってのとは違うんだろ?」
「違うな」

例えにすら人間を用いないことが月光らしい。だが言いたい事は分かる。
好きは好きでも、様々な要因によって重さだったり意味だったりがまるで異なるのだ。それが分からないと言うのなら、月光にとっての「好き」は一つしかないのかもしれない。

「愛の形を探してるのか」
「愛に形なんかあるのか」
「そうだな……例えば、オレはゲッコーが好きだ。その好きっていう気持ちは、楽しく甘かったり、切なく苦かったりする。ゲッコーを国まで持ち帰りたいし、今すぐ抱き締めたい」

かなりストレートに告白しているのだけど、「例えば」と前置きしているが故に、あくまでも例えとしか月光は受け取っていない。ロジャーもそれは承知でいるから、月光という人間を理解し始めているようだ。

「でも、この気持ちが、ゲッコーには迷惑かもしれない、悲しませるものかもしれない。それは嫌だから、俺はどういう風に好きでいれば良いか考えるんだ」

いつの間にか、月光はロジャーの隣に座らされていた。両手をしっかり握られ、視線を絡め捕られる。端から見れば、愛を語られているようにしか映らないのに、それでも月光は例え話だと信じ切っているのだ。

「うーん…」

月光の様子から、告白が失敗したことを知るロジャー。またか、と肩を落とすことはしない。慣れてしまっていた。

「ゲッコー、これを見てくれ」
「腕時計」
「そう腕時計。これは最新式のデジタル時計で、ゲッコーの時計より早く進むんだぜ」
「へえ……ん?早く進む?それって壊れてるだけじゃねーのか」

早く進む時計なんて、時計としての職務を放棄しているではないか。ロジャー騙されてるぞ、と言いかけて、その当のロジャーがにこにこしてこちらを見ていることに気付いた。

「アメリカンジョーク?」

そう聞くと、ハハハ!と軽い笑い声を立てるロジャー。音が文字で視認できるとしたら、ローマ字で表記されていたに違いない。

「悩むコトなんてないぞ、ゲッコー。お前はお前のビジョンが確立しているみたいだからな。そこらの情報に振り回されたところで意味はない」
「ビジョン?」
「例えば、だ」

また例えか、とロジャーは自分の回りくどさに苦笑しながら、握っていた月光の手を引いて窓際へと導く。空には左側の少し欠けた月が浮かんでいる。

「オレたちが生まれてくるもっと前に、アポロ計画はスタートして月に行こうと考えた。果てしない挑戦だと思わないか?今ここから見えるあの月に行こうだなんて」
「でも、オレたちが生まれてくるずっと前に、アポロ十一号は月に行ったんだろ?」
「しかし、再び行けなくなった」

掴んだと思えば遠のいて。まるで今のオレのようだと月光を見つめた。

「もし、アポロ計画が続いて、変わりなく世界が回っていたとしたら、百号はどこまで行ったんだろうな」

ロジャーは、アポロ計画と自分を重ね合わせてみる。百回の告白をしたならば、月光との関係がどうなっているのか。もう飛ばないアポロからの答えはない。

「百号ねえ……オレは月に住んでたかもな」

アポロの代わりに、月光が答えた。科学技術なんて念頭には全く置かれていない。例え話だ。

「そうか。それなら、オレは金星に住んでたかもしれないな」
「そりゃ遠いな。…遠いのか?」
「少なくとも、今のように飛行機じゃ会いに来れないだろうな」

同じ地球にいても会うことに苦労するというのに、違う星に住んでいたら尚更だろう。あくまで例え話だが。

「それなら、百号なんて飛ばなくてもいいぜ」

しかし、例え話は思わぬ言葉を月光から引き出した。ロジャーは目を見開く。その様子を不思議そうな面持ちで見る辺り、やはり月光には意図があって言った言葉ではないのだろう。けれど正直な思いだという事は伝わり、それだけでロジャーには十分だった。

「ゲッコー…」
「ロジャー?」

両手を握り直す。
月明かり照らす窓辺。

「お前が好きだ」

十一回目の告白は、着陸できただろうか。







(アポロ)








後書
ゲッコージョーレー!
やりたかった、ロジャー×月光が書けて満足。

内容なんて二の次さ。


20090915

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