WJ

□テニスの王子様
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拾って下さい。



初めて会ったのはテニスの試合会場。
その次に会ったのは雨の降りしきる公園。



ジャングルジムなんかがある小さな公園で傘もささずにウロウロしているのが そいつ、越前リョーマだということに、黒羽はすぐに気が付いた。

「こんな所で何してるんだ?」

「………」

声をかけられてリョーマが振り返ると、男が立っていた。
親しげに話しかけてきて、さしている傘に入れてくれた目の前の男を、リョーマは知らなかった。

正確に言えば、忘れていたのだが。

「なんだよ、無視か?」

顔をチラッと見ただけで、答えを返すことをしないリョーマに、黒羽は顔を顰める。

「あんた誰?」

再び向けられた瞳と共に言われた言葉。
それは黒羽のプライドを傷つけたようだった。

「覚えてないのか!?」

負けたとは言え、一応 相方の天根と青学の河村・桃城ペアに良い勝負をしたのだ。
同じ青学の、それもレギュラーに顔を覚えられていないことは、黒羽にとって考えられないことだった。

「試合をしただろう?六角だ!」

「……………あぁ、六角…」

「そうだ、思い出したか?」

リョーマの口調で、黒羽に僅かな希望が見えた。

「ダジャレの人なら、何となく」

(…駄目だ…ダビデすら覚えてないのに、俺を覚えてるわけがない…)

「…それなら、今 覚えてくれ」

僅かな希望の光は、いとも簡単に消え去ったが、黒羽はすぐに切りかえる。

「六角の黒羽春風だ。よろしくな、越前リョーマ」

「…っス」

「で、何してるんだ?」

自己紹介が済み、ようやく始めの質問に答えてもらえそうだ。

「捨て犬がいたんスよ」

気付けばリョーマの手には青学レギュラージャージが握られていて、その中には黒い子犬が2匹、包まっていた。

「拾ってやるのか?」

「いや、うちは猫いるし…」

「なら、どうする?」

「とりあえず、雨のかからない所に移動させてやろうと思って…」

そう言うリョーマの顔は、試合会場で見ていた時の挑戦的なものとは違って、とても優しかった。

「イイ奴だな」

「これを拾ってやるのが、イイ奴っスよ」

黒羽の言葉に、困ったような顔をしながらリョーマが言う。


黒羽は言葉に詰まった。
雨ですっかり濡れているリョーマが艶めいて見え、何も言えなくなってしまったのだ。

(なんつー、綺麗な顔してんだ…)

思わず、手が動いていた。
指でリョーマの髪に触れる。
濡れた髪が黒羽の指に張りついてくる。

「お前も…その犬も、びしょびしょだな…」

先程までと黒羽の雰囲気が変わったのをリョーマは感じ取ったが、とくに黒羽の指を払ったりする様子も見せない。


「俺んち……来るか?」

言いながら黒羽は自分の口から出た言葉に驚いていた。
何だって他校の、それも出会ったばかりの少年を家に招いているのか、わけが分からなかった。

「飼ってくれんの?」

「え?」

だが、リョーマから返ってきた答えに、黒羽は更に動転させられた。

(越前を飼う!?)

そんな言葉が瞬時に頭をよぎる。

「こいつら飼ってくれるんスか?」

期待を込めた瞳で迫ってくるリョーマに、黒羽はようやく犬の事だと気付く。

「あっ……あぁ、俺が飼ってやるよ」

「本当にっ!?」

予想外の展開に焦りつつ、黒羽はニッコリと笑顔を見せる。

「ありがとうございます」

黒羽につられるようにして、笑いながらリョーマは礼を述べた。

(その顔はヤバイだろ…)

黒羽はすっかり魅了されてしまったようで、ジッとリョーマの顔に魅入る。

「あー…俺んち、こっから近いんだ、お前も寄ってけ」

「え?いやっ、いいっスよ!」

「いいって、お前びしょびしょだろ。風邪引くぞ?」

「でも迷惑に…」

「迷惑ってより、その2匹を連れて来てくれたら嬉しいんだけど」

黒羽は子犬を指し示してから、持っている傘を指さす。

「片手じゃあ、上手く支えてやれないしな」

「…分かりました」

「よし、じゃあ行くか」

二人は公園を出て、薄暗くなってきた道を歩く。

「越前は家、こっち方面なのか?」

「いや、友達と夕飯食べに来てたんで」

「へぇ。俺もさっきまではダビデたちと一緒だったんだ」





黒羽の家にはすぐに着いて、事情を説明すると、黒羽の母は心良く犬を飼うことを承諾し、子犬とリョーマにお風呂に入るよう言った。







「ありがとうございました」

お風呂から上がって、リョーマは黒羽家の居間に入った。
ソファに座って雑誌を読んでいた黒羽の母が顔を上げる。

「名前は付けたの?」

「いえ、まだ…」

他人の家なので、そわそわと落ち着かないリョーマを黒羽が座らせる。

「付けてあげて下さい」

リョーマは抱えていた子犬を黒羽に差し出す。

「お前が付けろよ。見つけたのはお前だし」

「でも、飼うのは俺じゃ…」

「いいから、なんか付けてやれ」

前に会った時からは想像もつかない程、大人しいリョーマの態度に多少の戸惑いを覚えつつも、黒羽はリョーマを気に入っていた。
頭をくしゃくしゃと撫でると、乾いた髪はサラサラと指から流れる。

「んと……じゃあ、ヴェトラとロバート」

リョーマの髪を指でとかしながら軽い悦に入っていた黒羽は、聞こえてきた名前にいきなり意識を引き戻される。

「…………随分、異国的な名前ね」

誉めてるのか、よく分からない母の言葉に、黒羽もハッとする。

「…あぁ、いいじゃないか、それで。決まりだ」

黒羽はリョーマから子犬を1匹受け取ってかかげる。

「えーと…お前がロバートだな」

頭を撫でてやると、ロバートは黒羽の指を舐めた。

「ねぇ、こっちの子の名前は?」

黒羽の母が聞く。

「だから、ヴェトラだろ?」

「違う違う、その可愛い子」

「「え?」」

一見、母の指はヴェトラのことを指しているように見えたが、そうではなくリョーマの方を指していたようだ。

「越前リョーマっス」

『可愛い』と言われたことを不服に思いながらも、リョーマは名前を教える。

「ふう〜ん…リョーマ君は飼わないの?」

「っな!!何言ってんだよっ!?」

分かり易いくらいに、ガタガタッと音を立てて黒羽は激しく動揺した。
リョーマも目を見開いて母のことを見る。

「お母さん、リョーマ君も欲しいなぁ」

「あっ、僕も兄ちゃん もう一人欲しいっ!」

いつから居たのか、いつの間にか黒羽の弟も会話に加わっている。

「春風は欲しくないの〜?」

ニヤッと嫌な笑みを浮かべる母に、黒羽は自分の気持ちを察している上で母が言ってるのが分かった。

(欲しいかって言われたら、そりゃ欲しい!!って、何考えてんだ俺〜〜〜っ!!)

という心の葛藤をしながら黒羽はチラリとリョーマの顔を見る。
すると、リョーマも黒羽の方を見ていたようで、バッチリと目が合ってしまった。
真隣で目が合ってしまい、どちらも中々逸らすことが出来ない。

(あーもーっ、どうすんだよ、この空気!居た堪れねぇーっ)

急に黒羽は立ち上がり、

「今日、こいつ泊まらせる。明日の朝、頼む」

と言って、リョーマの腕を掴んで自室へと走り去っていってしまったのだった。


「やっぱり春風も欲しいのね」

「ねぇねぇ、兄ちゃん増えるの?」

「きっと増えるわよ〜」

「やった!楽しみー」


居間で、そんな会話が繰り広げられているのも知らず、黒羽の部屋では引き続き気まずい空気が流れていた。

「悪かったな、うちの家族がふざけた事言って…」

リョーマが黙っているのが不安になり、黒羽はリョーマの顔を覗き込む。

「怒ってるのか?」

「いや…ビックリしただけっス」

「ごめんな」

黒羽はリョーマの頭を撫でる。

「…黒羽さんて、頭撫でるの好きだね」

「嫌だったか!?」

黒羽は慌ててリョーマの頭から手を放す。

「別に。いつもは嫌なんだけど、なんか黒羽さんだと平気みたい」

思いがけないリョーマの言葉に、黒羽は心臓を鷲掴みにされたような気になった。
自分の鼓動が聞こえ、体が熱くなってきているのを感じて、益々焦っていく。

「おっ…俺も…普段は人の頭なんか撫でたりなんかしてない…お前だけだ…」

黒羽は言いながら、自分がリョーマに惚れてしまったことを見とめて腹をくくった。

「こんなに綺麗な髪と顔してんだ…触りたくもなる」

頭を撫でて顔に触れる。
リョーマはくすぐったそうに顔を顰めた。

「黒羽さんて、イイ奴だよね」

「え?」

唐突に話題を変えられて、黒羽は呆気に取られる。

「ほら、猫拾ってくれたし」

言われて、先程 公園でのことを思い出す。

『これを拾ってやるのがイイ奴っスよ』

リョーマはそう言っていた。

「それに、俺まで拾ってくれちゃってるし」

リョーマには冗談であったのであろうが、それは黒羽にとって興奮剤以外の何ものにもならなかった。

「本当に俺、泊まっていいんスか?」

「あ…あぁ。うちから学校行けばいい」

「やっぱイイ奴だよね」

リョーマは腕に抱えた子犬のヴェトラに話かけるようにして言う。

そこまでで黒羽の限界は突破された。
本能的に、黒羽はリョーマを抱き締めていた。

「何で、そんなに可愛いんだよっ」

「!?!?」

黒羽の腕の中には突然の出来事に驚愕するリョーマと、潰されかけているヴェトラ。

「何だよ、その顔…反則だろ…」

気付けばジリジリと移動して壁際へ…。

「本気で、お前のこと拾いたい…」

「んなっ、なっ…」

「俺『イイ奴』じゃないから、下心ありまくりだぞ?」

息がかかる程、近くに顔を寄せると、リョーマの顔は真っ赤になって目がうろたえる。

「っ…」

黒羽の顔が間近に迫ってきたと思うと、リョーマは おでこにキスされた。

黒羽は触れさせた唇を放してリョーマを解放する。

「それじゃ、俺は風呂入ってくるから、先に寝とけ」

「……!?」

急に黒羽が離れていったことに、リョーマは戸惑いを隠せない。

「朝は ちゃんと起こしてやるからな」

「あ…すみません」

軽く笑いながらリョーマの頭を撫でて、黒羽は部屋を出て行った。

「変な人…」

黒羽を呆然と見送っていたリョーマがボソッと呟きながら、先程まで黒羽の手が置かれていた頭に触る。

黒羽と同じように、リョーマも心臓がドキドキ音を立て、体が熱くなっていた。

ヴェトラを抱き締めながら、リョーマはその場に座り込む。
足元にロバートが寄って来て、リョーマの足を舐めた。

「いいな、お前ら…黒羽さんに拾ってもらえて…」

ロバートを羨ましそうに眺めながら、リョーマはそのまま眠りについてしまった。





黒羽が上がってきて部屋に入ると、床に座ったまま眠るリョーマと子犬が目に入った。
抱き上げてベッドに寝かせると、リョーマが少し唸る。

「無防備な奴…下心あるっつったのに…」

リョーマの警戒心の無さに呆れつつ、他の部屋から持ってきた客用布団を床に敷く。

「こんなチャンスに手ぇ出さないんだもんな…」

自分の意気地の無さを呪いながらも、黒羽は電気を消して眠りについた。








「朝だよ、兄ちゃんたち起きて!」

時刻は6時。
窓から明るい光が差し込んで、リョーマの顔を照らす。

「んー……ん?」

朝を苦手とするリョーマが、違和感を感じて起き上がる。
暫くボ―ッとしてから横に視線をズラすと、床に敷いた布団で黒羽が寝ていた。

「あ…」

昨日の出来事を思い出して、リョーマは のそのそと布団から出る。

そして黒羽の方へ歩み寄って…

「黒羽さん、朝だって。起きてー」

…と、耳打ちした。


ガバッ


耳元でリョーマに囁かれた為か、黒羽は勢い良く起きた。

「おはようございます」

「……おぉ…」

「俺が人を起こすなんて珍しいんスよ」

「………」

朝からリョーマの顔を間近で見たのが黒羽にはキツかったようで、返す言葉がすぐには出てこない。

「やっぱり黒羽さんは『イイ奴』だよね」

「……何が?」

「下心、俺には見えなかったっスよ」

にっこり笑って言いながら、リョーマは立ち上がって部屋を出た。

「…そんな事言われたら、余計見せらんねぇな」

苦笑いしながら、ベッドに置いてかれた子犬2匹を抱え、黒羽も部屋を出る。

階段を降りていくリョーマに追いついて、黒羽は声をかけた。

「子犬見に、いつでも来いよ。いつか お前も飼ってやるし」

「っ!?」

黒羽の言葉にリョーマは驚いて階段を踏み外しそうになり、慌てて手摺りを掴む。

黒羽を見れば、笑顔でこちらを見ていたので、リョーマも負けじと不敵な笑みで返しておいた。




END







後書
何気に好きなんです、黒羽リョ!!
バネさんが良いお兄さんっポイ。

20,5巻にバネさんの家族構成に『犬・犬』って書かれていたので、犬2匹。
2匹の名前は、ある本の登場人物のを貰いました。

それにしても『春風』って爽やかな名前だ…。

050223

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