小説2

□はじまりの日
2ページ/4ページ


「ハイ、お父さん。抱いてあげて下さい」
「はい」

看護師と父のやり取りを聞いて、それまで固まっていた鷹士はハッとした様に頭を上げた。

「ぼ、僕が先に抱っこする!!」

「え?」

今まさに赤ん坊を受け取ろうとしていた父は、目を丸くして息子を見やる。

「いや、お父さんが先だよ。その後で鷹士にも抱かせてあげるから」
「ダメ! お父さんは僕が生まれた時最初に抱っこしたでしょ!? だから、妹は僕が先!!」
「いや、でもな……」

いつも従順な鷹士の、思いがけない言葉に父は困惑した。
だが鷹士は引かない。真剣な気持ちを伝える為、真っ直ぐに父の目を見つめる。

しばし見つめ合って―― 

やがて、折れたのは父の方だった。

「……わかったよ」

今まで鷹士がこんな我儘を言った事なんて無い。
『いつもいい子にしてくれているけど、普段仕事が忙しくて本当は寂しい思いをさせているんじゃないか?』 
という負い目を感じている父は、ここで譲らない訳に行かなかったのだろう。

看護師さんは、そんな親子を微笑ましそうに見比べてから、そっと鷹士に向かって赤ん坊を差し出した。

「ハイ、どうぞお兄ちゃん」

優しい声に頷いて、鷹士はそっと手を伸ばす。胸がドキドキした。

「ち、ちゃんと抱くんだぞ? 落とすなよ?」
「大丈夫だよ」

不安そうな父の声に半ば上の空で返事をしながら、鷹士は赤ん坊を受け取った。

軽い。

第一印象はそれだった。

もっと重いのかと思っていたが、腕の中の女の子は羽の様に軽かった。
小さな顔。小さな鼻。桜の花弁のような唇。
鷹士の腕の中で安心しきった様に眠る、生れたばかりの”妹”。

―― 可愛い。

赤ん坊がサルなんて言ったのは誰だよ? こんなに可愛いじゃないか。
小さくて、温かくて、乱暴に抱きしめたら壊れてしまいそうなくらい柔らかい。

鷹士の胸に、今まで感じた事の無い温かな感情が満ち溢れた。


大切な、大切な”妹”。 僕が守ってあげなきゃ……


「もうお名前とか決めてらっしゃるんですか?」
「ええ、”ヒトミ”と」
「まあ、ピッタリですね。お嬢さん目が大きくて、色も白いし。絶対美人になりますよ」

看護師さんと父の会話が耳に入った。

「……ヒトミ。お兄ちゃんだよ」

起こさない様に小さな声で呟く。

「えっと……これから、仲良くしようね。いっぱい遊んであげるからね? えーと……ヒトミは女の子だから守ってあげるね! それから……それから」

何か――伝えたい事があるのに上手く言葉が浮かばない。いつもなら言うべき言葉が見つからない事なんて無いのに。

「それから……し、幸せに、ヒトミが幸せになれる様にお兄ちゃん頑張るから!!」

言った途端、父がプッと吹き出した。

「鷹士、それじゃまるでプロポーズだぞ?」
「……ぷろ……ポーズ?」

言葉の意味が分からずにキョトンとする鷹士を見て、父も看護師さんも楽しそうに笑った。

「さあ、そろそろ父さんにも抱っこさせてくれ」
「……うん」

名残り惜しさを感じながら、鷹士は赤ん坊を父に渡した。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ