小説
□jealousy
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11月。
図書館の窓から見える、セピア色に染まる風景に、私は軽く溜息を漏らした。
もう季節は秋から冬に変わろうとしている。
受験勉強もいよいよ本格化して、こうして学校帰りに図書館に寄るのが、私の毎日の日課になっていた。
* jealousy *
でも、今日は早めに帰らなくちゃいけない。
お兄ちゃんが、お父さんの仕事の手伝いで会社に行ってるから、私が夕食の支度をしなきゃならないのだ。
ちらりと時計を見ると、16時半を少し回ったところ。
さっき貰ったメールに「帰りは19時前後」とあったので、もう少しは大丈夫だろう。
……まったくお兄ちゃんてば、仕事中だっていうのに、1時間置きにメールを送ってくるのはどうなんだろ?
そんなに暇なのかな?
……会社の方に借り出されるくらいなんだから、暇な訳無いよね。
多分、少しでも時間が空くとメールを打ってるんだろう。本当にマメというか、兄馬鹿というか……。
でも、マナーモードにしてある携帯が震える度に、ウキウキして、一々返事を返してしまう私も相当なんだと思うけどね。
自嘲しながら、やっと見つけたお目当ての本を手にとって席に戻った私は、そこでふとある事に気づいた。
「……っあ、っちゃー……CD返しに行かなきゃならないんだった……」
バッグの中に入っているCDは、確か今日が返却期限だ。
レンタルショップは駅の近くなので、ここからだと少し遠回りになってしまう。
私は仕方なく、見つけた本を借り出して、あわてて図書館を後にした。
CDを返してレンタルショップを出ると、既に日が落ちて辺りは暗くなり始めていた。
この時期は日が落ちると急に気温も下がる。ほんの一ヶ月前まで夏服を着ていたなんて、信じられないくらいだ。
ちょうど世間も帰宅時間とあって、街の中は人で溢れていた。
人波に紛れながら早足で歩いていると、ふと20メートルくらい先のオフィスビルから出てくる、見慣れた長躯が目に入って、私の胸がトクンと鳴った。
「あ……」
見間違える訳も無い。お兄ちゃんだ!
思わぬ偶然に、私は逸る気持ちを抑えて、お兄ちゃんに駆け寄ろうとした。
その時。
お兄ちゃんの後から出て来た人が、お兄ちゃんの隣に並び立つのを見て、私の足が止まった。
綺麗に髪を巻いて、グレイの細身のスーツを着た女の人……。
彼女は、笑顔でお兄ちゃんに話しかけた。
ここからだと、お兄ちゃんの表情も話の内容も分からないけど、何かお兄ちゃんが言葉を返して、それに女の人が笑ったのが見える。
胸がチクリと痛んだ。
やがて2人は、私が居る場所と反対方向へ、並んで歩き出した。
凍り付いていたはずの私の足は勝手に動き出し、二人の後を付いていく。
……なにしてるんだろう?私……
声を掛ければいいのに。「お兄ちゃん!」って。
そうすればきっとお兄ちゃんは驚いて、でも直ぐにいつもの笑顔になって、偶然の出会いを喜んでくれる。
そうだよ、あの女の人はお父さんの会社の人だ。一緒に外回りをしているだけなんだ。
きっとそれが正解。
……なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう……?
……どうして声を掛けることも出来ないんだろう?
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