小説
□precious
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油断をしていたのだと思う。
部屋着に着替えようと、着ていたハイネックのニットを脱ぐ時に、右の耳に軽い抵抗を感じた。
「……あ」
耳朶にチクリとした痛みが走り、脱いだニットからキラリとした物が零れ落ちるのが見える。
「きゃあああああああああ!!」
某マンション501号室に、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
* precious *
それは間違いなく、今しがた帰宅して、着替える為に部屋に戻った妹のものだ。
鷹士は慌ててヒトミの部屋に走った。
「どうしたっ!!ヒトミッ!!!!」
勢いよくドアを開けたところで、彼はそのまま固まる。
目の前には、下着姿で四つんばいになっている妹の姿があった。
たっぷり5秒ほどフリーズしてから、漸くハッと我に返った鷹士は慌てて目を逸らす。
「どどどどどどどど、どうしたんだ?ヒトミ!」
もしかしたら、新手の誘惑なのか!?押し倒してもいいのか!?……なんて不埒な考えを頭に過らせながら、鷹士が部屋に足を踏み入れると、
「動かないでっ!!」
ヒトミの鋭い叫びが飛んだ。
まるで『だるまさんが転んだ』の如くピタリと足を止めた鷹士を、口調と同様の鋭い目で見上げたヒトミだったが、その表情が急にクシャッと、今にも泣きそうな物に変化する。
「ふ、服を脱ぐ時に引っ掛けて……ピアスを落としちゃったの……」
ハッとしてヒトミの耳を見ると、確かに、いつもヒトミの両耳を飾っている緑の宝石が右耳だけ消えている。
鷹士は慌てて自分の周囲の床を見渡した。それらしいものは見当たらない。
足元を確認しながら、慎重に床に座り込み、ヒトミと同じように四つんばいになってあたりを探り始めた。
「どの辺りに落としたか判るか?」
「……わからない。キラッと光るモノが落ちたのは判ったんだけど……転がっちゃったのかな……」
不安そうな声でヒトミが呟く。
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