小説

□immoral
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「なによっ!!私との約束よりも妹の方が大事だって言うの!?」

「……そうだけど?」

平然と言い放った鷹士を見て、女は綺麗な顔を歪めた。
唇を噛んで俯くと、やがて震える声で呟く。

「……わかったわよ……じゃあ別れましょう。もう貴方とは付き合ってられない!」
「そうか。じゃあ」
顔色一つ変えずにあっさり踵を返した鷹士の背中に、

「……バカッ!!!!」

女の、涙交じりの怒号が飛んだ。

それでも鷹士は振り返らなかった。

肩の荷が下りたような気さえした。


*immoral*


「よう。隣いいか?」

大学のカフェテリアで昼食を摂っていると、不意に後ろから声を掛けられる。
振り返ると、シノブがニヤニヤと意味深な笑いを浮かべて立っていた。

「……別に聞かないで座ればいいだろ?」

鷹士はそっけなく答えて食事に戻る。シノブの意図は大体想像がついていた。

「じゃ遠慮なく」

ランチプレートをテーブルに置くと、シノブは隣の椅子に座り、ニヤついたまま鷹士の顔を覗きこむ。

「今日は1人なのか?いつもくっついて歩いてる彼女はどうした?」

やっぱり……と思ったが、顔には出さない。

「別れた」
「へぇ!?」

何でも無い事のように言うと、シノブは大袈裟に驚いて見せた。

「どうせ知ってたんだろ?ワザとらしいんだよ。」
鷹士は溜息を吐くと、漸くシノブの方へと視線を向ける。それを正面から受け止めて、シノブはニヤリと笑った。

「……それにしても流石だな。今年のミスキャンパスかって言われる美女を、こうもあっさりと振っちゃうなんてね」
「別に俺が振ったんじゃないよ。あっちから別れるって言い出したんだ」
「ははは、そりゃあ楽しみにしてた週末のデートの約束を、『妹が遊園地に行きたいって言うから』で断られたら、別れるって言いたくもなるよな」

茶化すような口調に、鷹士は眉を顰めた。

「なんでそこまで知ってるんだ?」

その不快そうな表情を、シノブは楽しげに眺める。

「なんか、お前の『親友』である俺に相談すれば、『仲直り』の仲介して貰えると思ったらしいよ。売り言葉に買い言葉で別れるなんて言っちゃったけど、後悔してるんだってさ」
「……いつからお前と俺が『親友』になったんだ?」
「知らないけど、世間ではそう云う認識らしいね」

とぼけた顔で溜息を吐くと、シノブはスプーンを手にして冷め始めたカレーを一口、口に運んだ。

しばし、二人は無言で食事を続ける。

「で?仲介はしないのか?」
先に食事を終えた鷹士は、ぬるいお茶を啜ってから口を開いた。

「どうせそんな事したって無駄だろ。戻るつもりなんてあるのか?」
「ない」
「ほらね」

シノブはククッと喉の奥で篭ったような含み笑いをすると、空になった皿にスプーンを置く。

「まあ、俺にはどうでもいい事だし。」

それから急に愛想のいい笑顔になって、再び鷹士の方に向き直った。

「それより、フリーになったんなら、今夜合コンがあるんだけど出てくれない?」
「断る」
「たまにはいいじゃないか。イマイチ女の子の集まりが悪くてさ。お前が来るとなったら、参加してくれる子が増えて助かるんだけど」
食い下がるシノブを、鷹士は迷惑そうに一瞥した。

「今日は、この後、教授のところに顔をだして、すぐ帰るんだ。だからダメだ」
「なに?また妹の世話?」

そのからかうような口調も気にせずに、鷹士は真顔で頷いた。

「今日は、両親が得意先の招待で旅行に出掛けてるんでね。俺が早く帰ってやらなきゃ」

そう言いながら妹に気を馳せたのか、鷹士の表情が少し柔らかいものになる。それを見て、シノブは心底呆れたように溜息を吐いた。

「お前、本当に病気」
「なんとでも言え」

シノブの厭味もまったく気にしない様子で、お茶を飲み干すと、鷹士はチラリと腕時計を見た。

後10分くらいしたら教授のところに行って……それから急いで帰れば、なんとかヒトミの下校時間には間に合うだろう。オヤツはプリンを作って冷蔵庫に入れてあるし、宿題を見てやって、夕飯は何を食べたいかな……

ヒトミの事を考えて心を和ませた鷹士だったが、

「……どんなに可愛い妹なんだか知らないけどさ。一生懸命可愛がって面倒見たって、どうせすぐ他の男に持っていかれちゃうのにな」


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