小説2

□満員電車
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世間は大型連休中。

その真っ只中、鷹士とヒトミは映画を観にいく事にした。
以前は近くの映画館を利用していたが、恋愛関係になってからは知り合いの目を避ける為、少し離れた街まで行くようにしている。
それゆえ出掛ける時は車を出す事が多いのだが、連休中の道路の混雑状況や、目的の映画館が最寄り駅からさほど遠くない事も加味して今回は電車を使う事にした。

目論見通り、さして混雑もしていない電車に揺られて目的地に着き、予め購入しておいた指定席チケットでのんびり映画を観て、ウインドーショッピングをして、食事をして……。

充実した休日を過ごした二人は帰宅の途につく為、駅へと足を踏み入れたのだが――



* 満員電車 *



ホームは思い掛けないほど人で溢れていた。

「ど、どうしたの? これ……」

人混みに流されて逸れない様、鷹士の腕に縋りつきながらヒトミは唖然と呟いた。

「うん、何かあったのかな?」

さり気なくヒトミを庇いながら鷹士が辺りを見回した時、ちょうど構内放送が流れた。

『 ただ今、駅構内大変混雑いたしまして、誠に申し訳ございません。本日、十七時頃××駅で発生しました車両故障の関係で、現在列車のダイヤが大幅に乱れております。ご利用の客様には、お急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしますが―― 』

二人は顔を見合わせた。

「成る程、そういう訳か」
「最後の最後でついてないね」

話している傍から電車がホームに滑り込んできた。しかし、人が多すぎてとても乗れそうにない。

「どうする? タクシーで帰るか?」
「う〜ん」

ヒトミは首を傾げて少し考えた。
この様子だと、きっとタクシー乗り場も相当混雑しているだろう。それに、ここからマンションまでタクシーを使うと料金も結構かかるはず。一万円くらいだろうか?
電車なら二人で千円弱、タクシーだと二人で一万円……

「乗っちゃえば何とかなるから、電車にしようよ」

一応社長令嬢のヒトミだが、金銭感覚は結構庶民派である。
それは兄である鷹士も同じ事。二つ返事で同意すると、二人は一本電車を見送って、次の電車に乗る事にした。

約十分後にやって来た電車は、ホームに入って来た時点では、まだまだ空いていると言ってもいい乗車率だった。
しかし、現在ホームに溢れる人達が乗り込んだらどうなるのか。先の展開は容易に読める。
前の駅から乗って来た人達もホームを目にしてウンザリとした表情になっていたが、それはこちらも同じですよ……と心で呟いて二人は覚悟を決めた。

果たして、ドアが開くと同時に人波が車内へと雪崩れ込んだ。
鷹士の腕に守られながら、ヒトミもその波に乗り先へと進む。自分の足で歩くというよりは、本当に流されているという感じだ。
ヒトミの身体がなんとか車両の奥の壁にたどり着き、彼女を庇う様に鷹士が壁に両腕をついてその前に立った。

「いてっ!」「押さないでよ!」「きゃっ」等とあちこちから悲鳴があがる。車内はかなりの混沌状態だ。

『 申し訳ありませんが、この辺りでドアを閉めさせていただきます。次の列車をご利用ください 』

駅員の声と共にプシュッと空気の抜けるような音がして扉が閉まる。一度では上手く閉まらず、二度三度繰り返して漸く閉じた。

そしてゆっくりと電車が動き出す。

車内は身動きも満足に出来ない程のすし詰め状態だった。乗車率は200%を優に超えているだろう。
乗客は皆一様に、眉を顰めたり、苛立つような表情を浮かべている。



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