小説2
□candy
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「これ、あげる」
鷹士の目の前に小さな袋が2つ、差し出された。
* candy *
とある日曜日の午後、鷹士は夕飯の買い物のついでに『問屋日本一』へと寄った。
ヒトミはこの店で売ってるお菓子が大好きで、ダイエット中もたまにストレス解消で食べていたのを知っている。
最近はあまり頻繁にお菓子を食べる事はないが、夏の新作のお菓子とか、買って行ってあげたら喜ぶだろう。
そう思って店に足を踏み入れ、お菓子を物色していたら、店員が歩み寄ってきた。
相変わらず手には冷凍マグロを抱え、白いサマードレスを着ている。
女の子にしか見えないが自称『男』。まあ、鷹士はヒトミ以外の女の子に興味がないので、この店員の性別がどうであろうと知ったこっちゃないのだが。
店員はいつもの様にミステリアスな笑みを浮かべると、鷹士に向かって右手を差し出した。
「これ、あげる。お兄さんいつも買ってくれるからサービス」
「え?」
差し出された手には小さな透明のビニール袋が2つ。
片方の袋には直径1.5cmくらいの赤いビー玉の様なものが2個入っている。もうひと袋に入っているのも同じ形状で同じ個数だが、こちらは青い。
「これは……?」
「キャンディ。結構珍しくて、なかなか手に入らないモノだよ。妹さんと2人で食べて」
キャンディ。言われてみればなるほどだが……
「珍しいって、何か特別なフレーバーとか?」
「別に。甘いと思うよ」
「いや、キャンディは普通甘いだろ?」
「最近は激辛もあるよ」
「いや、そう言う事じゃなくて……」
見たところ、それほど変わったモノとは思えない。しかし、この問屋は偶におかしな品物を置く事もあるので、店員が「珍しい」というのなら珍しいものなんだろう。
「……身体に悪いモノじゃないよな?」
「悪くはないと思うよ。ちょっと面白いけど」
「面白い? って、どういう事だ?」
「内緒。先に言ったらつまらないから」
返答はのらりくらりとしていてどうにも埒が明かない。まあ、この店員はいつもこんな感じだが。
「じゃあ、頂く事にするよ。ありがとう」
「1回に食べるのは1つだけ。1人で同じ色を2つ食べないでね。妹さんと赤青1つずつだよ」
「わ、わかった」
多少の不安は感じたものの、今までこの店の品物で失敗した事は無いので、とりあえず厚意として受け取る事にした。
鷹士は夏の新作お菓子を幾つか購入して問屋を出た。
外は夏本番の陽気である。蝉の声が騒がしい。
そう言えば、今日は隣町の神社で夏祭りがあるはずだ。
ヒトミと出掛けようか……と思ったが、隣町だと知り合いに出くわす可能性があるので一緒に居ても手も繋げない。
許されない関係も2人の気持ちが同じなら幸せだ……と思っているが、正直、こういう時はほんの少しだけ切なさを感じた。
「ただいまー」
「おかえりなさーい!」
部屋に辿り着いて玄関から呼びかけると、すぐにヒトミがリビングから飛び出してきて出迎えてくれた。
「お買い物御苦労さま! 暑かったでしょ?」
「なんて事ないよ」
お帰りのキスをして微笑み合うと、並び立ってリビングへ入る。
鷹士はそのままダイニングへと向かい、問屋の袋をテーブルに置くと、買ってきた食物を冷蔵庫に移す作業を始めた。
「あー、問屋さん行ってきたの? 杏仁豆腐があるーー! やった!」
覗き込んだ袋の中に好物を見つけると、ヒトミは歓声を上げる。その声こそが鷹士にとっての喜びそのものだ。
「ヒトミ好きだろう? 今すぐ食べる?」
「んー……楽しみは後で。晩御飯のデザートにしよ! ……あれ? これは何?」
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