小説2

□please
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休日の昼下がり。
リビングのソファで大して面白くも無いテレビを見ている……というより眺めていたヒトミの元へ、自室の掃除をすると引っ込んでいた鷹士がやってきた。

「ヒトミ〜。この間、兄ちゃんがラグビーやってた頃の写真が見たいって言ってたよな? アルバムがあったんだけど見るか?」
「え〜! 見る見る!!」

ヒトミは二つ返事で頷くとテレビを消して、期待たっぷりの笑顔を兄に向けた。



* please *



「はい」

差し出されたのは小さなポケットアルバム。写真屋で現像するとおまけにくれるアレだ。

「え? これだけ?」
「実家に行けばもっとあるけどな、引越しの時置いてきちゃったし。これも間違えて持って来たヤツだから」
「間違えて?」
「うん。ヒトミのアルバムに紛れてた」

それを聞いてヒトミはなんとも複雑な表情を浮かべた。

「私のアルバムは持ってきたの?」
「あたりまえだろう!? まあ、母さんに阻止されたから全部は持ってきてないけど。一応全年齢でベストセレクションを持ってきてるぞ!! 見るか?」
「……いえ、結構です」

小さく溜息を吐いてからヒトミは受け取ったアルバムの最初のページを開いた。

「わっ! お兄ちゃん若いっ!」

いや、今でも若いのだが、やっぱり大学生だとちょっと雰囲気が違う気がする。顔立ちも若干幼い。

「今よりちょっとガッチリしてる?」
「うん、筋肉の使い方も違うしな。でも兄ちゃんはかなり細い方だったよ。鍛えてもあまり体格が良くならなくて」

確かに一緒に写っている他のメンバーと比べると、鷹士は随分華奢に見えた。

練習中なのか試合中なのか、真剣な顔。
その後の、泥だらけで無邪気な笑顔。

ヒトミはクスッと笑った。

「ん? なんか可笑しい?」
「ううん。なんかいいなーって。お兄ちゃんもちゃんと青春してたんだなって」
「そりゃあ、まあ、一応な」

ページを捲ると、数人の女性に囲まれている写真があった。

「あ、これはマネージャー達だからなっ! 言っとくけど」
「分かってるよ」

慌てる鷹士に向かってヒトミは余裕の笑みを見せる。

「でも、正直な所モテたでしょ?」
「なっ!? そ、そんな事ないぞ!」
「え〜。モテない訳ないよ〜」

からかう様に笑ってから、ヒトミは急に目を逸らし俯いて小さく呟いた。

「…………だって、やっぱりお兄ちゃんが一番格好いいもん」


『ヒトミ〜! 兄ちゃん嬉しいぞ!』

―― と、いつものハイテンションな返事が来ると思ったのに鷹士からは何の反応も返ってこない。

あれ? 外したかな?

不安になったヒトミが横目でチラッと鷹士の顔を窺うと……

彼は顔を真っ赤に染めていた。

「そ、そっか。ヒトミにそう言って貰えると嬉しいな」

そして心底照れくさそうに頬を掻く。

予想外の反応に自分までなんだか恥ずかしくなって、ヒトミ自身も頬を染め再び俯いた。
2人揃ってまるでうぶな中学生のカップルのように照れながら、やがて互いに顔を上げ微笑みあう。

「に、兄ちゃんお茶入れてくるな!! コーヒー? 紅茶?」
「あ、うん。紅茶かな」

照れながら、でも嬉しそうな笑顔で鷹士は立ち上がり、キッチンに向かっていった。
それを見送ってから、ヒトミは気を取り直しもう一度アルバムに目を落とす。

お世辞ではなく、本当に大学生時代の鷹士も格好いいと思った。

もちろん、この頃の鷹士の事もリアルタイムで見ていたはずだが、当時のヒトミにとって鷹士はまだ『兄』でしかなかった。今現在の恋心を加味すれば、当然見る目も変わってくる。



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