小説2

□Cat
1ページ/10ページ

定時近くのオフィスは独特の喧騒感が漂っていた。

パソコンに向かい日報を入力していた鷹士の、ポケットに入れてある携帯が短く震える。
急いでそれを取りだしながら、彼の頬に思わずといったような笑みが浮かんだ。

彼の携帯に来るメールの9割方は最愛の妹からのものだ。
たとえそれが『帰りに大根買ってきて』とか『ティッシュ買ってきて』とか、お使いを頼むだけの内容だったとしても、鷹士にとってはヒトミからのメールと言うだけで嬉しくてたまらない。

果たして、それは彼女からのメールだった。


* Cat *


*******************

忙しいところゴメンね?
仕事が終わったら、会社を出た時に
電話をください。
ヨロシク〜

ヒトミ

*******************


―― なんだろう?

お使いや頼みごとならメールで出来るはずだし、いつもそうしてる。
電話で話さなきゃいけないくらい込み入った相談事でもあるのだろうか? 鷹士が家に着くまで待てないくらいの。

考え始めたらとにかく気になって仕方がない。
他の事ならともかく、ヒトミに関わる事は鷹士にとって常に最重要事項なのだから。

彼は席を立つと、休憩コーナーへ足を運んだ。


『仕事終わったらって言ったのに……まだ定時前じゃないの?』
「だって、ヒトミが何か困ってるんじゃないかと思ったら、兄ちゃんジッとしてられなくて!」

ワンコールで電話に出たヒトミは、鷹士の声を聞くと呆れたように溜息を吐いた。

『じゃあ、経緯を離すと長くなるから取り合えず単刀直入に。お願いがあるの』
「なんだ? 兄ちゃん、ヒトミのお願いならなんでもきくぞ!」
『……猫飼ってもいい?』
「ああ、良いぞ〜! ヒトミが買いたいものならなんでも……って、はあ!?」

思わずノリ突っ込み。その大声に休憩コーナーの前を通りかかった人が吃驚して振り向いていたが、鷹士はそんな事に気付きもしなかった。


****


詳しくは仕事が終わったら、と言う事で切られてしまったので、鷹士は定時の鐘と共にオフィスを飛び出して再度電話を掛けた。

経緯はこうだった。


ヒトミが学校の帰りに公園を通りかかったら、ベンチで段ボール箱を抱えて泣いてる小学生くらいの女の子が居た。
見て見ぬ振りなど出来ようもなく声をかけると、少女は泣きながら理由を話してくれた。

昼間、この公園で段ボール箱に入った子猫を拾った。
飼いたいと思って家に連れて帰ったのだが、母親に反対されて「元に居たところへ戻してきなさい!」と叱られてしまったと。

「カラスに苛められちゃうかもしれないし、もう夜は寒いし、こんなところに置いておいたらこの子死んじゃうかもしれない……でも、どうしたらいいか分からなくて」

泣きじゃくる女の子の頭を優しく撫でながら、ヒトミは古典的に【拾ってください】と張り紙のしてある段ボール箱の蓋を開け、中を覗き込んだ。

中には子猫が一匹。ヒトミの顔を見て小さく「にゃあ……」と鳴いた。

産まれたばかりと言うほど小さくは無いが、確かに放置するには忍びない。

女の子と子猫を見比べて暫し思案したヒトミは、やがて心を決め小さく頷いた。

「じゃあ、お姉ちゃんのお家でこの子猫を飼うよ」


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ