小説2

□逆転現象
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ある朝。目覚めて制服を着込んだヒトミは、眠い目を擦りながらいつもの様にリビングのドアを開けた。

「おはよう〜、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう。ヒトミ」

ダイニングで朝食の準備を整えていた鷹士に声を掛けると、兄も優しく笑って挨拶を返してくれる。
いつもの朝の光景。
なんだか頭がぼんやりするなぁ……なんて思いながら椅子に腰かけた時、少しだけ不思議そうな兄の視線に気が付いた。

「なあに?」
「いや……珍しいなと思って」
「何が?」

キョトンと見上げるヒトミの視線に苦笑しながら、鷹士は軽く頬を掻いた。

「いつもお決まりの『お兄ちゃん、今日も格好いいね〜!』が無いからさ」
「……はぁ!?」

思いも寄らない言葉にヒトミは目を丸くする。

お決まり!? 朝っぱらからそんな台詞言った事ないよ!?

寧ろ逆じゃないか。いつも鷹士の方が 『ヒトミは今日も可愛いな〜』 と言うのに……
驚きに言葉も出ないヒトミをどう思ったのか、鷹士は首を傾げて小さく笑った。

「やっとヒトミも兄離れする気になったのかな?」
「はいっ!?」

益々呆気に取られるヒトミに鷹士は余裕の笑みを見せると、朝食の準備を続ける為にキッチンへと行ってしまった。

―― なに? おかしい……一体何が起きてるの!?

いつもの朝。いつものダイニング。キッチンに立つ後ろ姿もいつも通り。
なのに、いつもと違う鷹士。

「ほら、早く食べないと遅刻するぞ」
「あ……うん……」

味噌汁を持って来た鷹士に声を掛けられ、ヒトミは慌てて箸を取った。
御飯を口にするが、味なんてしない。

「あ、そうだ。兄ちゃん今日はちょっと出かける用事があるから、夕飯は実家の方で食べて来てくれるか? それとも梨恵ちゃん達と食べてくるって言うならお金を渡すけど……」
「用事? お仕事?」
「いや……まあ、色々と」

自分の席につきながら、鷹士は誤魔化す様に笑った。
その笑顔もなんだかいつもとは違う。それに鷹士はこんな風に誤魔化す様な言い方はしない。

「何? 言えない様な用事なの?」

咎める様な強い口調で問い掛けると、鷹士は少し眉を顰めて急に不機嫌そうな口調になった。

「何だっていいだろ? 兄ちゃんにだって兄ちゃんの都合があるんだから」

つき放す様な言葉にヒトミは大きなショックを受ける。

今まで鷹士にこんな言われ方をした事なんて無い。

目を瞠るヒトミを見て、鷹士はこれ見よがしに溜息を吐いた。

「まったく……お前もいい加減に兄離れして、彼氏でも作ってくれよ」


―― 心臓が止まるかと思った。


あり得ない言葉。鷹士が絶対に言わないであろう言葉。

箸を持つ手が震えた。一体何が起きているんだろう?

「子供の頃だったら兄妹仲良しもいいけどな、お前だって来年は大学生だろ。兄ちゃんだって25なんだから、そろそろ先の事も考えなきゃならないのに……女の子からの電話は切っちゃうし、出掛けようとすれば邪魔するし。さすがに兄ちゃんだって怒るぞ? ブラコンも程々にしてくれよ」


――ここに居るのは誰?


間違いなく、ヒトミの知っている鷹士ではない。

「聞いてるのか? ヒトミ」
「ご、ごめんなさい……ちょっと気分が悪いから」
「ヒトミ!?」

ヒトミは投げる様に箸を置くと立ち上がり、呼びかける鷹士の声に振り向きもせず部屋に駆け込んだ。


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