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□蝉時雨
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初夏。


そろそろ蝉が鳴き始める頃かな。


ふと窓の外に目をやれば、さわさわと涼しげに揺れる緑。


葉擦れの音。


僕は夏が好きだ。


夏生まれだから、っていうのも関係してるのかもしれないけれど、それが主か、って言われたらちょっと違う。


蝉が鳴く声が好きなんだよね。


いくら暑くてだるくても、蝉の声が聞こえてくると『頑張らなきゃ』って思える。


蝉は短い命をけずりながら精一杯鳴いてるんだ。


こんなとこでグダグダしてちゃいけない、って。


でも銀さんは蝉が鳴き始めると眉間にシワを寄せて


「ミンミンうるせぇなあ。有給とれコノヤロー」


なんてブツブツ文句ばっかり言うし、神楽ちゃんにいたっては


「うるせーんだヨ!こちとら暑さのせいでイライラしてんだ!さらにイライラの原因増やしてんじゃねーぞ!」


って、気でも狂ったんじゃないかってちょっと心配になるくらいぎゃーぎゃーわめく。


暑いからイライラするのは分かるけどさ。


いくらあがいたって夏は来るんだから、楽しんだ方が得じゃない?


江戸っ子なんだから、そういう粋な生き方したいよ、僕は。


…それにしても。


僕はふうっと息をはいて、ソファにごろんと寝転がった。


気持ちのいい日だな、今日は。


空は真っ青で、空気はからっとしていて。


時折窓から入ってくる風は、なんだか夏の匂いがするようでワクワクする。


ふいに眠気が襲ってきて、僕は大きなあくびをひとつ。


心地よい夏の昼下がり。


すうっと鼻をかすめる風。


緑の匂い。


かすかに耳に届くのは、ちりんちりんという風鈴の音。


それに、爆発音。









……爆発音?









不審に思って僕がむくっと起き上がるのと、玄関でものすごい音がしたのはほぼ同時だった。


な、何!?何が起きたの!?


僕はゆっくりとソファからおりた。


視界の端に、白いふわふわしたものがうつる。


怯えているのか、小刻みに震えているそれは定春だ。


もし何かあったら、定春が助けてくれる……といいな。


淡い期待を抱きつつ、僕は廊下に出た。


途端に視界が真っ白になる。


思わず大きく息を吸い込んでしまい、ゲホゲホと咳き込んだ。


すごい土煙りで何も見えない。


しばらく突っ立っていると、少しずつ視界が晴れてきた。


しだいに見えてくるのは瓦礫の山。


そして、人影。


「あーあ。こりゃヤバいな。どうしようかな。ズラかろうかな」


なんてブツブツ言う声が聞こえる。




あれ、この抑揚の無い声はもしかして…




「お…沖田さん?」


おそるおそる声をかけると、人影の動きがぴたりと止まった。


気まずい沈黙が数秒続いた後、何かがきらっと光って。


目の前に、沖田さんが……って




えぇぇぇぇ!!??




「ちょ、え、沖田さん!?刀!なんで抜いてるんですか!?」


僕の喉元に刀の切っ先を突き付ける沖田さんの口元には薄い笑み。


僕の背中を嫌な汗が流れる。


「なんでィメガネか。つっまんねー」


「いや、そのわりにはすごく楽しそうですよ…」


そうかィ?と沖田さんは小さく笑う。


いや、でも目は笑ってない、笑ってないよ……。


「あの、沖田さん?」


「ん?」


「刀…下げてもらえませんか?」


「いやでィ」


「なんで!?」


「面白ェから」


また、この人は…。


どんだけSなんだよ。


ほんとにサディスティック星の王子なんじゃないのか。


衝撃の事実を明かされても、きっと僕は驚かないぞ。


…正直言って、沖田さんはちょっと苦手だ。


何考えてんのか分からないところとか、たまに見せる冷たい表情とか。


「ああ、そうかィ。俺もお前苦手だぜ。いや、嫌いだぜ。大嫌いだぜ」


「人の心を読むな!ってか地味に傷つくからやめてくれません!?」


「まあ落ち着けよ、ぱっつぁん」


「あんたにぱっつぁんなんて呼ばれたくないですよ」


「なんだとコラ」

急に刀でつんっと喉を突かれて、僕は情けない悲鳴をあげる。


沖田さんは楽しそうにくっくっと喉を鳴らして笑うと、すっと刀をおろして鞘におさめた。


僕はすっかり腰がぬけてしまって、ずるずると床にへたり込む。


そんな僕を、沖田さんはにやにやしながら見下ろした。


「今、お前一人か?」


沖田さんの声は優しくて、僕は少しホッとする。


「へ…あ、はい。一人ですけど…」


すると沖田さんは、ふーん、と言ったきり黙りこんでしまった。


あれ、何これ。


なんなのこの感じ。


なんか僕間違ったこと言った?


いやいや、間違うもクソもないでしょ。


れっきとした事実だし。


「別にお前は間違ったこと言ってねーよ、メガネ」


「だから、人の心読まないでくださいって。つーかなんで心読めるの?沖田さんエスパー?」


沖田さんは聞いていない。


鼻歌を歌いながら瓦礫の山を眺める沖田さんはどこか上の空のようで、今は何を言っても無駄な気がした。


…から黙ってたのに、急に沖田さんは不満そうな顔で僕を見て


「おい、なんか喋れよ、暇じゃねーか。だからお前はモテねーんだよ、メガネ」


頭に血がのぼるのが分かった。


かぁっと顔が熱くなる。


僕は喉まで出かかった暴言をあわてて飲み込んだ。


っとに、なんなんだよこの人!?


無茶苦茶だよ!


いきなり人ん家の玄関破壊して、喉に刀突き付けて、しまいにはダメ出しか!?


傍若無人にも程があるぞ!


目の前で鼻歌を歌うこの男が、ひどく憎らしい。


「……おい、なんでィその目は」


沖田さんの不愉快そうな声で、僕ははっと我に返った。


え、僕そんなにきつい目してたかな…?


僕の視線は、自然と沖田さんの腰にある得物に吸い寄せられる。


このドS王子の機嫌を損ねるという大失態を犯した僕。


や…やばい。


僕はただ黙っていることしかできなくて、空気は一層重くなる。


あまりに絶望的な状況に、さっきまでの平穏な午後、カムバック!なんて心の底から願ってしまう。


と、ふいに沖田さんが笑い始めた。


きょとんとする僕に、沖田さんはにこりと笑みを向ける。


その笑みはドS王子というより、むしろ天使のような可愛らしい笑みで、僕はますますわけが分からなくなってしまった。


「おいメガネ。お前ってほんと面白ェな」


「は?」


「からかい甲斐があらァ」


「なんですかそれ!?」


沖田さんはへへっと笑うと、先刻まで引き戸があったところへ視線を向けて


「玄関の弁償してやるから、そのかわりちょっと付き合えや」


「いきなり何言ってんですかあんた!?壊したのは沖田さんなんだから、弁償するのは当然でしょーが!なんでちゃっかり交換条件出してるんですか!?」


すると沖田さんはひどく傷ついたような顔をした。


え、と僕が動揺すると、彼はぷいっとそっぽを向く。


「せっかくこの俺が、文無しの可哀そうなメガネにかき氷でも奢ってやろうかと思ったのに。その厚意を踏みにじるたぁ、ひでぇ奴だ。死ねよお前」


…マジでか。


沖田さんが、僕に、かき氷を…?


「いや、だって、そんなの言ってくれなきゃ分からないし…」


もごもごと弁解するけど、沖田さんは聞いているのかいないのか。


彼はしばらく無表情に瓦礫の山を見つめていたが、ふいに目だけ動かしてこちらを見た。


「言わなくったって分かるだろィ。つーか分かれよ」


またまた無茶なことを…。


でも、僕は沖田さんの拗ねたような口調でふっと思った。


沖田さんは、素直になれないだけなんじゃないのかな?


ひねくれた言い方をしちゃう。


だから誤解されがちだけど、ほんとは優しい人なんじゃ…?


今も、言いたいことは「かき氷奢ってやる」なのにやっぱりひねくれた言い方をしてしまって。


でもその真意に気付いてほしくて。


気付いてくれないから、拗ねてしまう。


…沖田さんって、結構可愛いところある。


「すいません」


僕が素直に謝ると、沖田さんは虚をつかれたように目を丸くして、僕を見つめた。


その様子があまりにもおかしくて、僕は堪え切れずに含み笑いをもらす。


とたんに沖田さんは不愉快そうに顔をしかめた。


「なんでィ、うぜェメガネだな」


「す、すいません」


あわてて謝ると、沖田さんの表情がほんの少しやわらかくなった。


彼は瓦礫の山を軽々と越えると、こちらを振り向いて


「おら、行くぜメガネ」


「は、はい!」


沖田さんの髪の毛が、夏の日差しに照らされて金色に輝く。


ふいに聞こえたのは、蝉の声。


「お、蝉が鳴いてらァ」


楽しそうな沖田さんの横顔。


つられて僕も笑顔になる。


「沖田さんも、蝉好きなんですか?」


「蝉っていうか、蝉が鳴く声が好き」


「僕もです」


「…ちっ。最悪でィ」


「感じ悪いですね…」


ジー…ジー…


心地よく耳を震わせる蝉時雨。


ああ、今年もまた







夏が来る。








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なんか夏っぽい話が書きたいな、と思って書いたお話です。

沖田登場によって、いっきに夏らしくなくなってしまいました(汗

でも、書くのは楽しかったです。

銀さんと神楽は、玄関が木端微塵になっていることに驚いたでしょう。

そして、新八がいないことにも驚いたでしょう。

万事屋に帰った新八は、銀さんと神楽からいろいろ言われたでしょう。

そして、沖田からはかき氷代をきっちり引いた玄関の修理代が送られてくるのです。

やっぱり沖田はこうでなくちゃ(笑


ではでは、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
 

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