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□たしかなもの
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「おいこンの腐れヅラ!そのヅラ引き剥がしてやらァァァ!!」


「ヅラじゃない桂だ!それに俺の毛髪は作り物ではないわ!自分が汚らしい天然パーマだからといってひがんでおるのか貴様!」


「ひ、ひひひがんでねーよ!んな気持ち悪ィくらいツヤツヤサラサラしてて天使の輪ができるような髪なんかちっとも羨ましくねェぞ!自惚れんなハゲ!」


そろそろ日も落ちようかという頃、ぎゃんぎゃんと喚く二人を高杉は呆れたような眼差しで眺めていた。


事の発端は些細なことだ。


銀時が川で捕まえたおたまじゃくしを桂が誤って逃がしてしまったのだ。


銀時もほんの暇つぶしでおたまじゃくしを捕まえていただけで、特にそのおたまじゃくしに執着があったわけではないのに何故か彼は怒りだしてしまい、なんやかんやで今に至る。


最早おたまじゃくしとは何の関係もないことで口論になっている銀時と桂を、高杉は少し離れた木陰で見物している。


二人のやり取りを聞きながら彼は思わず苦笑した。


仲がいいのか悪いのか。


よく分からないが、そういう関係が羨ましいと思う。


自分はそこまで慣れ合えない。


そんな自分にも彼らは気軽に接してくれるのだけれど。


「おい高杉!何ニヤニヤしてんだコノヤロー!一人だけ木陰で悠々とくつろぎやがって!」


完全に八つ当たりモードの銀時に意地悪な笑みを向けると、彼はいっそう顔を紅潮させて何やらまくしたてる。


そんな銀時が面白くてもっとからかってやりたい衝動に駆られたが、少し冷静さを取り戻した桂に目で制されて仕方なくその衝動を押し殺す。


「うむ、銀時、お前糖分が足りとらんのだろう。ほれ」


桂が懐から大きめの飴玉を取り出すと銀時は途端にぱっと顔を輝かせて桂の掌からそれを奪い取る。


そしてくんくんと匂いを嗅いで、うえっと顔をしかめた。


「おいヅラお前これハッカじゃん。いらねーよハッカ。ほかのくれ、ほかの」


「あとは黒飴しかないぞ。俺は飴玉はハッカか黒飴しか食わんのだ」


「…苺ミルクとかは」


「そんな腑抜けたものを俺が口にするわけなかろう」


「じゃあ、のど飴は?」


「ミントなら」


「ミントってお前ハッカだろ。ハッカって言えや。何ちょっとオシャレに言ってんだよ。なんか腹たつんだけど」


とりあえず黒飴よこせ、とハッカを突き返して言う銀時に桂はやれやれといった様子で応じる。


その様子を眺めながら、高杉は自分が蜜柑味の飴玉を持っていたことを思い出した。


あまり甘い物は好きではないが、この味だけは気に入っていた。


高杉が「おい」と声をかけて手招きすると黒飴を口に放り込んで口をもごもごさせながら銀時は素直に近寄ってきた。


その後ろから桂もやってくる。


銀時が目の前に立ってから、高杉は懐から飴玉を取り出した。


包み紙は不透明の白で中が見えないため、銀時は訝るように目を細める。


「なんだそれ。ハッカか?」


「いや、蜜柑だ」


「…マジ?」


いまだ疑るような態度の銀時に見せつけるように、高杉は包みを開いた。


白の中にコロンと転がる橙色。


銀時の目の色が変わったのを見て満足そうに微笑むと、高杉は再び飴玉を包み紙でくるんだ。


あ、と切なげな声をあげて眉尻を下げる銀時。


「高杉、お前飴玉なんか持ち歩いていたのか」


桂の意外そうな声に高杉は


「人のこと言えねえだろ、ヅラ」


と返す。


「ヅラじゃない桂だ。いや、なんだかお前に似つかわしくないというかな。お前はずいぶんと大人びているから」


「大人だって飴くらい食うだろ。つーか俺としてはお前が飴玉持ち歩いてることの方が意外だね」


「俺は疲れたときのために持ち歩いているだけだ」


「だろうな。ハッカと黒飴なんて甘い物好きなやつが持ち歩くもんじゃねェよ。チョイスがジジくせェ」


「…全く、お前の減らず口はおさまるどころかますます磨きがかかっていくな」


疲れたように溜息をついて桂が肩をすくめると、そりゃどうも、と高杉は面白がるような口調で返す。


と、ふいに何かをかみ砕くような音がして、次の瞬間、さっきまで黙っていた銀時が隙をついて高杉の掌の飴玉に手を伸ばした。


だがそれを見透かしていたかのように高杉はすっと手を引き、銀時の手は空しく虚空をつかむ。


「おい高杉、頼むからその飴玉くれよ!」


必死の形相で懇願してくる銀時を面白がって、高杉は焦らすようにふるふると飴玉を振ってみせる。


「こいつのために黒飴噛んだのか?勿体ねェことしやがるじゃねェか、銀時」


「いいからよこせ!」


糖分不足の銀時を怒らせるとロクなことがないので、高杉は仕方なく飴玉を放ってやった。


鼠を捕える猫のような素早さで飴玉をひっつかんだ銀時に高杉と桂は感嘆の声をあげる。


「銀時、お前の意地汚さに敬意を表しよう」


真面目な顔で憎まれ口を叩く桂をじろっと睨んでから、銀時は喜々とした表情で包み紙を開いた。


だが勢いあまって飴玉が包み紙から転がり落ちる。


あ、という三人の声が重なり、だが誰も動くことできず。


橙色の甘味は、青々とした草むらに吸い込まれるように消えた。


しばしの沈黙の後、それを破る銀時の悲痛な叫び声。


「お、俺の…俺の…」


ひたすら俺の、と繰り返しながら銀時はその場にへたり込み、うなだれてしまった。


心なしかふわふわの銀髪もくしゃっとしおれてみえる。


「お、おい、銀時…」


桂がおずおずと声をかけるも、銀時の耳には全く届いていないようで、彼はうつむいたまま微動だにしない。


見かねて高杉が草むらから飴玉を拾い上げると、ふっと銀時が様子をうかがうように視線を上げた。


だが飴玉には昨日の雨のせいもあってか泥がかなり付いており、さすがにもう食べられそうにない。


高杉がだめだ、というように首を振ると銀時は絶望したように目を伏せ…


なんとあろうことか、高杉の掌から飴玉をつまみ上げると泥を拭うこともせず口に放り込んでしまった。


「!?おいテメー何してんだボケ!吐け!」


高杉は焦って思いっきり銀時の背をはたくが、銀時は口に手を当てて絶対に吐き出さまいと耐える。


彼の眉間にシワが刻まれているのは背の痛みのせいか、それとも口に広がる泥の味のせいか。


もちろん高杉はそんなこと知ったこっちゃない。


「オラ、吐けって言ってんだろーが!」


銀時の口から手を引き剥がそうと腕を伸ばしかけるが、その腕を桂にがしっと掴まれた。


「もうよかろう」


「は?」


桂の言葉に、高杉は信じられない、というように目を見開く。


「土を食ったところで死にはしまい。世の中には土をふりかけと呼んで飯にかけて食う貧しい侍もいるんだぞ」


「いるかボケ。飯だけ食やァいいだろーが。なんでわざわざ自分で格下げるんだよ」


「格下げなどではない。土にはたくさんの栄養があることを知らんのか。土に栄養があるから草木は育…」


「あーもーうるせーな。分かってらァんなことは」


桂の声を遮って言うと、高杉は舌打ちして渋々手をおろした。


それを見て銀時も安心したように口元から手を離す。


口の中でコロコロと飴玉を転がしながら幸せそうな顔をしている銀時を一瞥してから、高杉はこめかみを押さえた。


ったく、貧乏くせェ真似しやがって。


テメーに人としての尊厳は無ェのか。


「せめて川で洗ってから食えばいいのによ」


皮肉まじりに言ってやると銀時は考えるように少し視線を上げ、「あー」と気の抜けた声をあげて


「だよなぁ。すぐそこにあるもんなぁ。忘れてたわ」


とほざきやがるので高杉はますます機嫌を悪くする。


何故こんなにむかっ腹がたつのか彼自身にもよく分からないが、とにかく腹がたつのだ。


理由なんていらねェ、と思う。


俺はたしかなものしか信じない。


理由なんて、不明瞭なもの。


必要なのははっきりとした事実だけだ。


「蜜柑は諦めておとなしくミントを食っておればよいものを」


桂はやれやれというように首を振る。


「何故ミントは嫌なのだ銀時。ミントの何が悪いのだ銀時。言ってみろ銀」


「時だろ。うぜェよもう。いちいち名前呼ぶな気色悪ィ」


「銀時」


「おい高杉、殺されてェのか」


腰の刀に手をかけて銀時がすごむと、高杉は何も言わずにピンと人差し指を立てた。


銀時はピクッと片眉を上げて空を見上げるが、高杉に「違う違う、耳澄ませてみろ」と言われて視線を下げ、耳を澄ませる。


するとかすかに耳に届く唐人笛の音。


銀時はかっと目を見開き、そして見る間にその顔に笑みが広がって。


「おいおい、こいつァ…」


「おう、来たぜ」


「飴売りか」


桂が言ったとき、もうすでに彼の前に銀時の姿は無く。


「おっちゃーん!飴、飴くれー!!」


笛の音がする方へ声を張り上げて駆けて行く銀時の後姿を見つけたとき、もうその姿はずいぶん小さく見えた。


「速ェな」


ククク、と喉で笑って高杉が言うと、桂は


「言っている場合か!追うぞ!」


と急かすように言う。


「あ?だりィよ。放っときゃいいだろ」


「そういうわけにはいかん。あいつのことだ、きっと有り金全部飴につぎ込むぞ」


「自業自得だろ」


「あいつは金の大切さを分かっておらんのだ。友である俺達が教えてやらねば」


…友。


友、という言葉に高杉はぴくりと反応する。


銀時と桂のことを自分がどのように見ているのか、あまりよく分からない。


そもそも友とはなんなのか、そこがいまいちよく分からないのだ。


「高杉?」


すでに駆け出す準備万端の桂がきょとんとした顔で高杉を見る。


高杉は曖昧な返事をして、たっと駆け出した。


慌てたような桂の声を後ろに聞きつつ、高杉はただただ足を動かす。


友なんてものはよく分からない。


だが銀時と桂、その二人と自分の進む道が同じであればいいと思う。


そうであってほしいと思う。


友というものは自分の中では不明瞭なものだが、彼らといたいという気持ちはたしかなもので。


その気持ちだけで十分だ。


自分には事実しか必要ない。


暮れかけた日を見上げながら、遠い未来に思いを馳せた。








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なんとか書き上げました!

高杉さんはぴば小説。

全く誕生日関係ない話になってしまったんですけどね(汗

でも誕生日だからシリアスは避けたいな、と思いまして。

やっぱほのぼのでいこうと、そんな感じで書きました。

過去話にしようというのは前々から決めていたんですが、なかなか話の構成がまとまらなくて苦労しました(汗

高杉さんの口調がいまいち分からず…。

それっぽく書いたつもりなんですが、どうでしょう…?


ともかく、高杉さん誕生日おめでとう!

その気持ちだけはたしかです。
 

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