(plain)
□赤
1ページ/1ページ
先刻から身体が重い。
ズキズキと痛むこめかみを押さえようにも、腕が上がらないのでは話にならない。
思うように動かせない身体が歯がゆくて、布団の中の銀時はしかめっ面で天井を睨みつけていた。
重度の二日酔い。
ダメな大人の典型的な例である。
(あーあ、俺のバカヤロー)
昨日の自分をいっそのこと呪い殺してしまいたい。
毎回毎回、大して強くも無いくせに酒豪のように酒を呷っては、翌日みの虫のように布団にくるまって天井と睨めっこ。
もう二度と酒は飲まないと誓っても、いざ酒瓶を前にすると手をつけずにはいられない。
人間という生き物は目先の誘惑に滅法弱いものだと、うんざりしながら銀時は息を吐いた。
そのとき、カラカラッと小さな音をたてて襖が開き、ひょこっと新八が顔を覗かせた。
銀時の顔をちらりと見るや否や、その顔を険しくさせて後ろ手に襖を閉める。
「…銀さん、大丈夫ですか?」
優しげな声とは裏腹に表情は厳しい。
大して大きな声では無かったにも関わらず、その一語一語に頭をガンと殴りつけられるような感覚にたまりかねた銀時は、布団にすっぽりと頭を引っ込めてしまった。
それを見て益々眉間の皺を深くして、新八は銀時の枕元にすとんと腰を下ろし、布団の端から覗く白髪をくいと引っ張る。
「銀さん、今日三人で紅葉狩りに行くって約束でしたよね?」
新八に言われて、銀時は布団の中でびくっと身を強張らせた。
(紅葉狩り…)
たしかに覚えがある。
が、しかし今の銀時の状態を見れば、紅葉狩りなど行けるはずも無いことは一目瞭然。
(無理を承知で言ってんのか?)
それとも暗に己を責めているのか。
はかりかねて、銀時は布団の端からそっと新八の表情をうかがった。
眼鏡の奥の黒い瞳は、己を責めるように細められている。
蛇に睨まれた蛙のような気分で、仕方なく銀時はぽそりと謝罪の言葉を口にした。
こんな状態の銀時を引っ張ってまで、紅葉狩りに行こうなんて新八も考えていないだろう。
長年の付き合いだ、二日酔いの銀時のたちの悪さは心得ているはず。
そう踏んで謝罪したのだが…。
今回は、そううまくは事が運ばなかった。
銀時に謝られて幾分表情はやわらかくなったが、お次は眉尻を下げてちょっと困ったような表情で、新八は重い口を開く。
「…実はですね」
新八の話を聞いて、銀時は思わず呻き声をもらし、途端に頭に走った激痛に顔を歪めた。
どうやら神楽が、今日の紅葉狩りを前々から大層楽しみにしていたらしいのだ。
ここ最近めずらしく仕事が多くて、三人でのんびり過ごすことがなかったからだ、と新八は推測している。
「いや、でもよ…」
「それに」
銀時の言葉を遮って、新八は続ける。
「昨日、きっちり300円分おやつ買ってきて、今朝もお弁当作り手伝ってくれたんですよ、神楽ちゃん」
うっ、と言葉に詰まる銀時に、新八はとどめの一言。
「そうだ。銀さん、もし紅葉狩りに行けなかったらなんでも美味しい物食べさせてくれるって、言いましたよね?」
にっこりと微笑む新八の頭から、悪魔の角がにょきりと生えているように銀時には見えた。
たしかに紅葉狩りに行くと約束したときに、言った。
『もし紅葉狩りに行けなかったら、なんでも好きなモン食わせてやるよ』
新八が、「どうせ銀さん、当日になってめんどくさいとか言うんでしょ」なんて言うから悔しくて悔しくて。
「じゃあ、神楽ちゃんに言ってきますね。今日はお腹いっぱいになるまで美味しい物食べれるよ、って」
よっこらせ、と立ち上がる新八の細っこい足首を、死に物狂いで掴んだ。
神楽の満腹。
まるでブラックホールのようになんでも飲み込んでいくあの腹の限界を、銀時は知らない。
「あれ、どうしたんですか銀さん」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべる新八に見下ろされて、この上ない屈辱に歯ぎしりしながらもしっかりと足首を掴んだまま。
ぼそりと、やっとこさ聞き取れるような声で。
「も…紅葉狩り、行こうか」
カンカンカンカンカン!!
銀時の脳内で、試合終了のゴングが響く。
勝者、志村新八!!
ガッツポーズの新八の足下で、銀時は寝っ転がったまま項垂れた。
負けた、まけた、マケタ…。
新八に負けるなんて悔しくて仕方がないが、自分が昨日酒など飲まなければこのような争いは起きなかったわけで。
「…ちくしょー」
ただただ唇を噛みしめることしかできなかった。
「きゃっほォォォォォ!!」
兎のようにぴょこぴょこと飛び跳ねる神楽は、空に浮かぶ太陽のように明るい顔。
神楽を見つめる新八は、穏やかな顔。
そしてその後ろを歩く銀時は…。
「ちょっと銀さん、なんですかその顔」
新八に思いっきり不快な目で睨まれた。
銀時の表情は、まるで墓から這いずり出てきたゾンビのよう。
道行く人々も、皆が皆ぎょっとするような青白い顔で銀時を見ては、その側から離れていく。
紅葉狩り行きの万事屋一行の半径3m以内は無人状態だ。
「二日酔いの辛さを知らない奴はやっぱダメだ。そういう奴と付き合っちゃダメなんだな」
ぼそぼそとお経のように愚痴をこぼしながら歩く銀時を見て溜息をつくと、新八は銀時の荷物から水筒を取り出した。
グデングデン状態の銀時に、さすがに荷物を持たせようとは思わなかったらしい。
「銀さん、いちご牛乳飲んだら少しは楽になりますか?」
「んー…どうだろうな。まあちょっとはマシになるんじゃね?」
低すぎるその声をものともせずきちんと聞き取ると、新八はひょいと水筒を渡す。
好物のいちご牛乳を渡されてもちっとも輝かないその顔を見て、新八はずんと気が重くなるのを感じて慌てて空を見上げた。
これから紅葉狩りに行くってのに、暗い気分じゃ紅葉に失礼ってもんだ。
空は青くて高い。
きっとこの青空に、紅葉の赤はそれはよく映えるだろう。
銀時も、美しい紅葉を見れば少しは気も晴れるはずだ。
いくら二日酔いとはいえ、今見頃の紅葉に風情を感じる余裕くらいはある…と思いたい。
そんなことを考え考え視線を元に戻すと、目の前を一筋の赤が通り抜けていった。
「あ、トンボ!」
神楽の声に辺りを見回せば、そこここを飛び回る秋茜。
その小さな赤も、澄み渡る空の青によく映えた。
「紅葉もいいけど、秋茜の赤もいいもんですね」
後ろを振り返って言えば、死人のような顔で歩いていた銀時の顔もほんの少し赤味を取り戻していて。
「秋はきれいアル!」
きゃいきゃいとはしゃぐ神楽の声に、
(同感だよ)
と思いながら新八はにっこりと微笑んだ。
紅葉の赤も
秋茜の赤も
大好きな人達の淡い頬の赤も
きれいだね
----------------------------------
凛ちゃんへの相互御礼。
秋っぽいお話ということだったので、思いっきり秋っぽく仕上げてみました。
終わり所がつかめなくて苦労しましたね、今回は。
銀さんが新八に敗北したとこで終わってもよかったんですけど、そしたらなんか中途半端だなぁ…と思いまして。
でも結局中途半端に終わっちゃいました。
紅葉狩りまで書こうかと思ったんですけど、長くなりそうだったのでこのへんで、ということであんなところで終わっちゃいましたが。
…きれいにまとまってますかね?
まとまってないですよね(沈
こんな駄文でもよければ、受け取ってください。
書き直し承ります!
ではでは凛ちゃん、これからもよろしく!