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□思い出に華をそえて
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江戸の町を吹き抜ける風も、すっかり熱気を抜かれてひたすらに冷たい。


道の脇にたっている、昼にはきっと足を止めて見惚れるであろう立派な紅葉の木が、物寂しく見える。


明日から11月という今日。


妙は、そんな冷たい夜気の中を万事屋に向かっていた。


『姉上、今年は万事屋で誕生日を祝いませんか?』


そう弟に提案されたのは、昨日の夕方。


仕事に行こうと玄関で草履に足をかけた妙の背中に、新八は声を投げたのだった。


銀時や神楽が、祝いたがっているから、と。


たぶん銀時の分は新八のでっちあげだろうが、神楽は楽しみに待っているだろうと、可愛い少女の笑顔を頭に思い浮かべた。


毎年、新八と二人でささやかに祝ってきた誕生日。


たまには万事屋で賑やかに過ごすのもいいだろうと、ひとつ頷いて肯定の意を示したのだった。


昨日のそんな出来事を思い出しつつ、妙は寒さに首をちぢこませて先を急ぐ。


だいぶ日の落ちるのも早くなっていて、まだ6時前だというのに辺りは薄暗い。


もう新八は先に万事屋に向かっている。


薄闇の中を一人歩きながら、なんとなく心細くて妙は周りにちらちらと視線を走らせた。


いつもは自分の後ろをこそこそと付いて回っているストーカーも、今日は見当たらない。


誕生日だからと、何かプレゼントでも持って参上してくるだろうと内心身構えていた妙は、正直拍子ぬけしていた。


現れない、ストーカー。


なんだか日常が崩れたような気がするが、まあ今日は誕生日という非日常なのだから、と釈然としないまま一人頷く。


でもちょっぴり残念なような、どこか悔しいような。


もやもやした気持ちを抱えたまま、ぽっかりと遠く淡い月明かりに浮かび上がる万事屋を見て、ほうっと息を吐いた。









「はっぴーばーすでー!!」


万事屋の玄関に入った途端、神楽の無邪気な第一声。


にこにこと笑顔の神楽にぎゅうっと抱きつかれて、自然に顔が綻んだ。


「姉上、お誕生日おめでとうございます」


ちょっとはにかみながらそう口にした新八に笑みを向けて、その隣でがしがしと頭を掻いている銀時に目をやった。


ちょっと銀さん、と己の袖を小さく引っ張りながらささやく新八に気だるげな視線を投げて、銀時はぼそりと。


「飯食ったらさっさと帰れよ」


「ちょ、何言ってんスか!!」


「そうアル!!銀ちゃんお前最低ネ!!」


「ほんとよ。ハーゲンダッツを食べるまでは帰らないわ」


「え、そこですか?」


新八の素っ頓狂な声に、みんなで笑った。








「ふぁ〜、もうお腹いっぱいアル」


ぽんぽん、とお腹を叩く神楽はソファに寝っ転がり。


「ちょっと銀さん、お皿についたクリーム舐めないでくださいよ、みっともない」


銀時に注意する新八は、後片付け。


「あ?うっせーなあ、もったいねーだろーが」


叱られて口を尖らせる銀時は、名残惜しそうに皿を新八に手渡す。


そして、今日の主役の妙は。


「やっぱりハーゲンダッツは最高ねえ…」


ハーゲンダッツの最後の一口をたった今食べ終わったところだ。


銀時特製の巨大ショートケーキを食べ、さらにハーゲンダッツを1カップぺろりと平らげた妙を、銀時はぱちぱちと目をしばたたかせながら見つめる。


「お前さあ…年頃の娘がそんなに甘いもんばっか食って大丈夫なのかよ」


「どういうこと?」


「太るぞ、豚みてえに」


「大丈夫。私、太りにくい体質だから」


しれっと言いきる妙。


それが事実か否かは定かではないが、本人が大丈夫だと言っているのなら大丈夫なのだろう。


そう考えて、銀時もそれ以上は何も言わなかった。


第一、自分だって馬鹿みたいに甘いものばかり食べているのだから、人の事は言えないのだ。


「まあ、誕生日なんですから」


皿を運び終わり、茶を持ってきた新八が口をはさむ。


「姉上の好きなもの、好きなだけ食べていいんじゃないですか?」


相変わらずのシスコンだな、と小さく嫌味を言う銀時を一睨みして、少年は茶を置くと妙の隣に腰を下ろした。


ふわあ、と神楽の平和な欠伸。


なんだかあまりにも居心地がよくて、むしろよすぎるほどで。


妙はふう、っと息を吐いた。


若干うすら寒い万事屋の中。


着物の襟を合わせ直して、彼女は腕を組む。


寒いんですか?と優しく尋ねる新八に、大丈夫、と返して微笑んだ。


「もうすっかり遅くなっちゃったわね」


時計を見やって妙がのんびりと言う。


時計の針は、10時をとうに回っていた。


「どうしますか、姉上。そろそろ帰りますか?」


「そうねえ。そろそろいい時間だしね」


外にはすっかり夜の帳がおりている。


長居しすぎた。


「じゃあ、あと皿洗いは任せていいですか?」


新八に問われて、銀時は渋い顔をしつつも頷いた。


ありがとうございます、と礼を言って、少ない荷物をまとめると新八は立ち上がった。


それに合わせて妙も立ち上がる。


玄関で草履をひっかけると、新八はくるりと二人を振り返った。


「じゃあ、おやすみなさい」


「おう、また明日な」


「サボるなよ、新八」


「大丈夫だよ、ちゃんと来るから」


にこやかにやり取りをする三人。


その様子が、とても微笑ましい。


「銀さん、神楽ちゃん、素敵なお祝いどうもありがとね」


礼を言えば、ちょっとはにかみながら二人は頷いた。


自分にも、弟と同じように優しさがむけられることが、なんだかむしょうに嬉しかった。










「楽しかったわね」


暗闇の中を、提灯の明かりを頼りに家路をたどる。


ぽつりと呟けば、新八はそうですね、と穏やかな声で返した。


しばらく、二人黙って歩く。


頭の中では、先程までのあたたかい時間が何度も何度も繰り返し流れていた。


「いい人達に巡り合えたわね、私達」


そうですね、と新八が頷く。


妙の歩調に、新八も合わせる。


ふと、新八がいてよかった、と思った。


やだ、私ったら今日おかしいわ。


やけに感傷的になっている気がする。


「ほんと、幸せね…」


そうですね、と新八。


ちらりと弟の横顔を見やって、とても穏やかな表情にどきりとした。


泣き虫で、いつでも妙にくっついていた新八。


今はその面影はなりを潜めて、なんだかその横顔がやけに大人びて見えた。


いつの間に、こんなにしっかりしたのだろう。


視線を感じて、新八がこちらを向く。


ぱちっと目が合って、ちょっと気まずい思いをした。


「姉上」


「なあに、新ちゃん」


「生まれてきてくれて、ありがとうございます」


言ってから照れくさくなったのか、新八は照れ笑い。


つられて妙も、笑う。


「新ちゃんこそ…ね」






帰り道



提灯のあかりに照らされて



ぼんやりと浮かんだ赤い紅葉



きっと今日のこの日を



忘れない、と思った









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完成しました、お妙さんはぴば小説。

途中で書きたいものを見失ってしまったりと、悩みながら書き進めてみましたが、どうでしょう。

あんまり目立ってませんが、10月31日の誕生花は紅葉です。

花言葉は、遠慮、自制・大切な思い出。

ほかにはコスモスとか、紫千振とか。

すいません、活かせませんでした(沈

なかなか難しいもんですね。

毎回毎回花を出すのはあれなので、主に花言葉を参考に書こうと思っています。

今回はためしに、ちょっと重要な感じで紅葉を出してみました。

万事屋に向かう前と、帰る時とは紅葉の見え方が違っている。

それは心境のせいもあるだろうし、隣を歩く新八のせいもあるだろうし。

そのへんは、皆様にご想像していただきたいと思います。

そして、前文あたりで近藤さん出ますよ的な雰囲気にしてましたが、結局出してません(汗

それはなぜかというと…。

まあ、近々明らかになるかと(笑




ではでは、お妙さん、お誕生日おめでとう!

これからもきれいでいてね!
 

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