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□夏色桃源郷
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稽古が終わり、汗まみれの顔を洗って縁側に戻ると、縁側に腰かけた近藤さんが立派な西瓜を叩きながら、ちょいちょいと手招きした。
「総悟、西瓜食うか?」
川で冷やしといたんだ、と笑って言うので、ひょこひょこと近寄って行って、西瓜の隣にすとんと腰を下ろす。
触ってみると、まだ西瓜はひんやりと冷たくて、稽古で火照った手に心地いい。
「な、冷たいだろ。飯までまだ時間あるし、おやつにはちょっと遅いけど、冷たいうちに食っちまおうぜ」
「へィ」
頷けば、ごつくて大きな手でくしゃりと頭を撫でられた。
近藤さんが包丁を取りに行っている間、縁側に腰かけて足をぶらぶらさせながら、西瓜の冷たさを楽しむ。
体温で温もってきたら、手の位置をちょっとずらして、存分に冷たさを堪能した。
西瓜がぬるくなってしまうんじゃないかという不安がちらっと頭をかすめたが、皮の厚さを信じて手は置いたまま。
ふっと、さっきまで近藤さんが座っていたところを見ると、古ぼけた団扇があったので取り上げてみる。
すると途端に和紙がぺろんと剥がれて、思わずぎょっとした。
糊が乾いてぱりぱりになっていところからして、もうずいぶん前から剥がれたままのようだ。
俺が壊したわけじゃないと分かって、少しだけほっとする。
ためしに仰いでみると、仰ぐたびに和紙が竹の骨に当たってぺちぺち音をたて、なんだかうざったい。
でも、頬を撫でる風はほんの少し冷たくて。
でも、やっぱり熱気を含んで、ちょっとぬるくて。
こうしてみると、このぺちぺちも結構涼やかでいいかもなぁ。
そんな風に思いながらぱたぱた仰いでいると、包丁を手にした近藤さんが戻ってきて、「暑いのか?」と尋ねてきた。
そのあどけない表情に、思わず苦笑。
「近藤さん、夏だから暑いのは当然でさァ」
「あ、ああ、まあ、そうなんだけどな」
何やらもごもご言いながら、すとんと腰を下ろし、包丁を脇に置く。
俺がじーっと見つめると、ささっと反対側に隠してしまった。
「だけど、お前が汗かくなんて、めずらしいからさ」
…なるほど。
「たしかに俺、あんま汗かきませんからねィ。暑くても、なんか知んねーけど汗出てこないんですよ」
「アレだぞ、多分新陳代謝がアレなんだろ」
「しんちんたいしゃ?」
「新陳代謝」
「何ですかィ、それ」
「…俺もよく分からん。なんか前トシが言ってた」
なんか頭いいみたいでかっこいいじゃん、新陳代謝、と近藤さんは笑う。
奴の名前が出たことにちょっと腹が立ったけど、近藤さんの無邪気な笑顔につられて俺も微笑む。
すると、近藤さんがふと団扇に目を止めて。
「団扇、総悟のも取ってきてやろうか。それ、壊れてるし」
「いえ、俺は別に、必要ないです」
そう言って団扇を突き出してから、ふと思いついて聞いてみる。
「近藤さん、なんできれいな団扇あるのに、わざわざ壊れたやつ使ってるんですかィ?」
「え?…んー…話せば長くなるんだけどなぁ」
俺の手からひょいと団扇を受け取って、汗の浮かぶ顔をぱたぱた仰ぐ。
ぺちぺちぺち、と軽い音。
「ぺちぺちうるさくないですか」
「うるさいよ?うるさいけどさぁ」
近藤さんはどう言えばいいのか分からないらしく、仰ぐ手を止めて団扇を見つめ、「んー」と唸ったっきり黙ってしまった。
日に焼けた逞しい手が、剥がれかけた和紙の端っこを竹枠に沿って撫でつける。
その手つきはいたわるように優しくて、思わず近藤さんの横顔を見上げた。
「うるさいけど、さ」
ぽつり、と。
穏やかな顔で近藤さんは。
「お前、覚えてるかな?前、俺と、総悟と、トシと、ミツバ殿で祭りに行っただろ?」
祭り?
残念ながら全く記憶になくて、小さく首を傾げると、近藤さんはからからと明るい声で笑った。
「まあ、総悟ずいぶん小さかったもんなぁ。帰る頃にはへとへとで、俺がおんぶして帰ってやったんだぞ」
「………あ、思いだしやした。たしか、土方さんが金魚すくいむちゃくちゃ上手くていっぱい取れすぎちゃって、次の日川に返したような…」
「そうそう。射的も上手くてなあ、ばんばん当てちまうもんだから、店の親父さん半泣きだったよな」
「俺もお菓子取りやしたよ」
「ああ、総悟も上手かった。俺は全然だめだったな、たしか」
「一発親父さんの頭に当たりませんでしたっけ」
「そうだったっけ?」
まあ、それもいい思いでだよ、なんて笑い飛ばしてから、近藤さんは話の筋を戻す。
「でさ、祭りに熱中しすぎて俺、団扇落としちゃってさ。まあそんな高い代物でも無いし、新しいの買おうと思ってたら、いつの間にか総悟がいなくなってて。みんなでわーわー言いながら探してたら、お面屋の親父さんがお前のこと預かってくれててなぁ」
懐かしむように目を細めて団扇を撫でながら、近藤さんは続ける。
「お前はさ、泣きべそかいてたけど、手にしっかり団扇握っててさ。俺が落とした団扇、探してくれてたみてぇでな」
「…それが、この団扇ですか」
改めて、使い古された団扇をまじまじと眺めてみる。
俺が幼いながらに護り抜いた団扇。
近藤さんがまだ大事に使ってくれていると思うと、なんだかお腹のあたりがむずむずした。
「だからさ、なーんか愛着わいちゃってな」
言ったあと、近藤さんはいきなり「あ」と思いだしたように声を上げて包丁を手に取った。
「西瓜、ぬるくなっちまうぞ。さっさと食おうぜ」
豪快に、西瓜をぱかっと真っ二つに切り分ける。
目の前に広がった鮮やかな赤に、思わず感嘆の声が漏れた。
大きさはまちまちだがなんとか西瓜を四等分にすると、近藤さんは「ほら」と一番大きいやつを俺に向かって差し出した。
たぶんあとは近藤さんと、土方さんと…。
「一個、ミツバ殿に持って帰ってくれ」
二番目に大きいやつを指差して、にかっと笑う。
「ありがとうごぜぇます」
笑みを向けて、ぱくりと西瓜にかぶりついた。
程よい甘さが口に広がり、俺は足をぶらぶらさせながら暮れゆく空を仰ぐ。
冷たくて、おいしい。
きっと姉上も喜んでくれるだろう。
「うまいなぁ」
近藤さんのしみじみとした声に、こくんと頷いて再び西瓜にかぶりついた。
口に広がる夏の味。
胸に広がる夏の色。
脳裏に蘇る、あの夏の思い出。
ちらりと目の端で団扇をとらえ、またお腹のあたりがむずがゆくなった。
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10000Hit御礼第一本目は真選組武州時代です。
ほとんど近藤さんと沖田しか出てません。
しかもこれ、武州じゃなくても書けそうじゃね?
でもやっぱり、のどかでゆるーい感じは武州じゃなきゃ出せないかな、と。
苦しい言い訳をしてみる(汗
タイトルは、ぱっと考えました。
数日たってから、「なんか吉原桃源郷みたいじゃね?」って思った。
そう思った人、ほかにもいるでしょうか…。
なんか記念すべき一本目にしてはかなり完成度低いですけど、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(2009.2.25 緋名子)