(plain)

□春風駘蕩桜日和
1ページ/1ページ

「今年もまた見事に咲いたなぁ」


縁側の桜の木を見上げて、近藤が溜息まじりに呟く。


今年は例年よりも早い開花。


枝いっぱいに咲き誇ったほんのり淡い桜の花に魅入っているのは、近藤だけではなかった。


「ですねィ。なんか桜餅が食いたくなってきやした」


どこかのチャイナ娘のようなことを言いながら、ずずっと茶をすするのは沖田。


「ほら、花より団子って言うじゃないですか」


抑揚のない声でそう口にする沖田を横目で見やって、近藤はにやりと笑う。


「総悟はまだまだ子供だなぁ」


「近藤さんだって子供でさァ。顔だけゴリラでオッサンですけど」


「顔だけじゃねーよ、体もだよ。あ、ゴリラじゃなくてね、オッサンだからね」


「オッサンは否定しねーのかよ」


「あ、トシ」


ようやくたまっていた書類を片付けて、土方も縁側に顔を出す。


それを見て沖田が一気に不機嫌になるが、土方は意にも介さず腰を下ろして煙草を咥えた。


顎をついと上げて桜を見上げるその端整な横顔を見て、近藤は口を尖らせる。


「いいなぁ、トシは。かっこよくて」


「……なんだよ、藪から棒に」


「何が藪からスティックだ!『なんだよ、いきなり』でいいじゃん!なんでそんないちいち言うことかっこいいんだよ!」


「藪からスティックは言ってねえから。つーか藪から棒のどこがかっこいいんだよ」


「なんか博識な感じがする。頭がよさそうな印象を受ける」


「じゃあ近藤さんも使やぁいいだろ」


「あ、そっか」


一度納得して、しかし近藤はぶんぶんと首を振る。


「違う違う!俺が言ってんのはね、顔立ちのことなの!俺にその顔があれば、きっとお妙さんも振り向いてくれるのに!なんで俺はゴリラなんだ!神様の馬鹿ぁぁ!!」


頭を抱えてわーわー言う近藤に呆れて、土方はこっそり溜息をついた。


いい加減あの女も折れてくれねえかな。


毎日毎日、恋の悩みや愚痴をぶつけられる己の身にもなってほしい。


「あ」


突然上がった沖田の声。


土方と近藤の視線が自然と沖田に集まる。


当の沖田は湯呑の中をじっと見つめて、


「桜の花びら入った」


「お、マジで?見せて」


「ほら、これ」


「うわぁ、ほんとだ。なんか春らしくていいなぁ。桜茶?」


「桜ティーでさ」


わいわい言い合う二人に完全に取り残された土方は、視線を戻して煙を吐いた。


ふわりと立ち昇る紫煙を透かして、ほのかに桜色が見える。


きれいだ、そう思いながら煙草をくゆらせていると、いきなり沖田が低い声で呟いた。


「桜は人を食って咲く」


土方は手に煙草を持ったまま、ぴきっと硬直する。


ゆっくりと、そのひきつった顔が沖田に向けられる。


沖田はにやりと意地の悪い顔で土方の視線を受け止めた。


「聞いたことありやせんか?桜は、人を、食って、咲く、らしいですぜ」


いちいち区切りながら、ゆっくりと。


土方を怖がらせようという魂胆が丸見えだが、そんな見え見えの作戦にも土方は簡単にかかってしまう。


お化け、幽霊、怪談、etc…


そういう類のものに滅法弱い土方は、この手の攻撃にはどう足掻いても太刀打ちできないのであった。


「き、聞いたことねーなぁ。な、近藤さんも聞いたことねーよな?な、な!」


冷静さを失いつつも、声を震わせつつも、土方は怖がっていないふりをする。


鬼の副長ともあろうものが、か、怪談なんかに屈してたまるか!


近藤は「んー」とひとしきり考え込んだのち、ポンと手を打った。


「ああ、俺も聞いたことあるぞ。前稲山さんが話してたなぁ、そういえば」


稲山ァァァァァ!!!!!!


土方はぎりりと歯ぎしりして、手の中の煙草を握りつぶした。


突如掌に襲いかかる熱さにぎょっとするが、そんなことおくびにも出さず、ゆっくりとした動作で煙草を灰皿に捨てる。


沖田がにやにや笑っているのを目の端で確認して、土方は小さく舌を打ち鳴らした。


ちくしょー、稲山の野郎、今度会ったらただじゃおかねえからな。


懐手をして、口を真一文字に引き結び土方は桜の木を見やる。


『桜は人を食って咲く』


頭の中で沖田の低い声がリピートされ、知らず知らずのうちに木の根元を見つめていた。


あの下に…死体が…


しかし土方はぶんぶんと首を振る。


いや、ありえねえ!


あの下に死体があったら、野良犬がやってきて掘り起こすはずだ。


俺そんなん見てねーし、誰からも聞いてねーし。


つーかそもそも、木は土の養分や水分、陽の光等を吸収して成長するんだ。


だから人なんか食うはずねえ!そうだ、絶対そうだ!


「トシ?大丈夫か?」


心配そうな顔の近藤にのぞきこまれて、土方ははっと我に返って頷いた。


「ぜ、全然大丈夫だけど。え、俺そんなに大丈夫じゃ無さそうに見えた?全然大丈夫なんだけどね、ほんと」


「桜は人を…」


「総悟ぉぉぉぉ!!あの、あれ、茶淹れようか?」


「別にいらねーです。つーか土方さんが淹れた茶はマヨ臭がして飲めたもんじゃありやせんよ」


「あ、俺も思ったことある!でもマヨの味はしねーんだよな、不思議と」


「近藤さんもありやすか。たぶん土方さんはマヨの摂取のしすぎで、マヨの神様に魅入られちまったんでしょうね」


「あー、それでなんかマヨの呪い的なものかけられちゃったのか」


「そうそう、だって俺、前…」


なんとか話をそらすことができて(沖田の発言のおかげなのだが)、土方はほっと胸を撫で下ろす。


ったく、何が桜は人を食って咲くだバカヤロー、そんなん俺は断固信じねえ!


「あ、でさあ、さっきの、桜は人を食って咲くっていう話だけどさあ」


近藤の言葉に、土方はびくっと肩を震わせる。


しかし近藤は沖田に向かって話しかけているため、土方の反応には気付かなかった。


「俺的にはさ、桜は人の身体食って咲くんじゃなくて、人の活気っつーかさ、なんかそういうのを食って咲くんじゃねーかと思うんだ」


「桜が人肉を食うってのはまずありえねー話なんですが…近藤さんの意見、詳しく聞きたいですねィ」


「じゃあ、話すよ」


近藤はゴホン、と咳払いすると、桜の木を見上げて口を開いた。


「桜が咲き始めるとさ、俺達は『あ、今年も桜が咲き始めたな』って思うじゃん。きれいだな、って思うじゃん。早く満開にならないかな、って思うじゃん。桜はさ、そういう気持ちを食って咲くんじゃないかと、俺は思うんだよ」


己を見上げて、満開になることを望む人々。


そんな人々の期待に応えるため、桜は精一杯たくさんの花を咲かす。


満開になり、己の足元で人間が楽しく歌い、踊り、騒ぐ時を想いながら、精一杯。


「はぁ、なんか近藤さんらしいというか…純粋すぎて鳥肌たちやした」


苦笑しつつ沖田が言うと、近藤は口を尖らせて「いい話だろー」とちょっと拗ねたような声を出す。


「桜は人々のために花を咲かす。俺達はそれを見て感動する。桜はその感動を糧にして、さらに美しく咲き誇る」


だから、桜はこんなにも美しい。


「言われてみりゃぁそうかもしれねーですね。桜ほど人の気持ちを惹き付ける花はありやせんから」


「だろ?」


「でも、そう考えると、桜ってのはずいぶんサービス精神旺盛な花なんですね」


「そうだよ、サービス精神旺盛なんだよ。大阪のおばちゃんの先駆け的存在なんだよ」


「いや、なんか違うと思いやす」


二人の会話を聞いて、胸の中でゆっくり消化して。


土方は再び煙草を咥えて火を点けた。


桜は人を食って咲く。


桜は人の希望を食って咲く。


桜は人の感動を食って咲く。


皆のために、できる限り、美しく。


吐き出した煙が、コバルトブルーの空に溶ける。


ひらりと散った桜の花びらが膝の上に落ち、その軌跡をなぞるように視線を上げた。


春風に吹かれてふわふわと揺れる桜の花は、それはそれは美しかった。


今年もそろそろ、花見をしようか。


来年、今年よりももっと華やかに、江戸が桜色に彩られることを祈りつつ。













----------------------------------
如月様へ、祝サイト一周年小説です。

一周年記念ということで、華やかに、おめでたい感じでいこうと思っていたのですが、見事玉砕しました(沈

桜は人を食って咲く。

どうしても使いたかったフレーズです。

初めて聞いた時、「うわ、不気味だなぁ」って思ってたんですけど、よくよく考えてみると、こういうふうにもとれるぞ、と。

私自身最近そんなふうに思うことがあったので、使ってみました。

真選組の屯所に桜ってあるの?という野暮な質問は心の中に閉まっておいてください(笑

そして、土方さんが淹れたお茶はマヨ臭がするというのも私の勝手な妄想ですから。

当たり前ですね(笑

タイトルが漢字ばっかで全然可愛くないのがちょっと気になってます…。


如月様、お気に召さなければ書き直しいたしますので、ご遠慮なく言ってください。


では最後になりましたが、如月様、サイト一周年本当におめでとうございます!

これからも如月様のきれいな水彩絵、楽しみにしてるので頑張ってくださいね!




(2009.3.13 緋名子)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ