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□透明
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「暑い!」


「夏だから、暑いのは当たり前です銀さん。ってか、せめて和室行って倒れてくださいよ」


フローリングの床に倒れている銀さんを、ぐいぐいと和室の方へ押しやる。


たしかに今日は、相当暑い。


フローリングがひんやり冷たいわけではないんだけど、ソファとかに倒れるよりは涼しいのかも。


僕がぐいぐい押すと、銀さんは「あー」と気だるい声を上げながら、ころころと和室の方へ転がっていく。


そのまま布団の上に辿り着くと、うつ伏せのまま動かなくなった。


畳の方が涼しくない?そう思いつつ、布団に顔を埋めたままの銀さんを見つめていると、いきなりがばっと身を起こすもんだからぎょっとする。


「暑い!」


「いや、当たり前です。倒れるなら畳の方が涼しいですよ」


仕方なく、銀さんを転がり落として布団をたたみ、広々としたスペースを作ってあげると、銀さんは今度は仰向けに寝転がった。


びしょりと汗をかき、ふわふわの白髪がぺしゃりと額にはりついている銀さんは、このままじゃあ死んでしまいそうだ。


でも、扇風機は銀さんと神楽ちゃんのとり合いの末、首がもげてしまって使い物にならないし。


団扇ならあったよな……あ、銀さんがいちご牛乳こぼして捨てちゃったんだった。


お、神楽ちゃんが姉上のお下がりでもらった扇子が、たしか神楽ちゃんの寝床の中にあったはず。


立ち上がろうとして、そういえば今朝出かけるとき、神楽ちゃんがにこにこしながら扇子を持ち出していたのを思い出して座り直す。


……なーんも無いなぁ。


「新八ぃ、暑ぃ」


銀さんの弱々しい声に、僕はすっかり途方に暮れてしまう。


「なんか無いんですか、銀さん。涼しくなるものとか」


無いのを承知で言ってみる。


案の定、銀さんはゆるゆると首を左右に振って、右手でくしゃりと前髪を掻き上げた。


あんなもしゃもしゃの髪の毛だと、尚更暑いだろう。


「お登勢さんのとこに、なんか無いですかね?団扇くらいならありそうですけど」


「あー、バアさんか…。そういやあ、なんか最近クーラー買ったって…」


いいなぁ…クーラー…と呟く銀さん。


「どうせあのバアさんのことだから、貸してって言っても貸してくれねェだろうし。めんどくせーけど、店まで行って、涼ませてもらうか」


「めんどくさいって、すぐ下じゃないですか」


「だって、俺今一歩も歩きたくねえもん。体力使いたくねえ」


しかし、涼しむためならやむを得ない。そういうことなのだろう。


銀さんはふらりと立ち上がって、のろのろと和室を出ていく。


その歩みがあまりにも危なっかしいので、僕は駆け寄って行って、銀さんの肩をかついだ。


途端にぐでっと身体の力を抜く銀さんを内心罵倒しつつ、とりあえず玄関まで引っ張っていって、一息つく。


「銀さん、ちょっとは自分の足で歩いてくださいよ」


「だってぇ」


「だってぇ、じゃないです。ってかくっつくと余計暑いんで、ほんと、自分の足で歩いてください」


「暑ィけど、自分の足で歩くよりマシ」


「いや、どんだけ歩くのだるいんですか」


とりあえず草履を引っかけ、座りこんだ銀さんの前にブーツを並べる。


のろのろとブーツに足を突っ込む銀さんにイライラしながら戸を開くと、蝉の声が大きくなって、やっぱり夏なんだなあ、と思った。


「新八ィ、肩」


「階段とか、危ないですから。自分の足でお願いします」


「おまっ、俺が階段踏み外して転げ落ちてもいいのかよ?頭割れて俺死んだら、銀魂終わるよ?」


「アンタは階段落ちたくらいじゃあ死にませんよ」


え〜、でもぉ〜、とぐずる銀さんは、子供みたいだ。


ほんっと、めんどくさい人だなぁ。


仕方なく銀さんに肩を貸して(当たり前のように銀さんは全体重を僕にかけてきた)、よろよろと下までおりる。


お登勢さんの店の扉を開く頃には、僕は汗びっしょりになっていた。


扉を開いた瞬間、ひんやりとした冷気が僕達の熱い体にまとわりついて、僕も銀さんもそろって感嘆の声を上げた。


全身の汗が瞬時に冷え、ちょっと寒いくらい。


「あら、いらっしゃい」


お登勢さんが、煙草片手に迎えてくれた。


「どうしたんだィ、そんな汗びっしょりで」


「ドウセコイツ等ノコトダカラ、ワタシ達ガクーラー買ッタッテ聞イテ涼ミニ来タンデショウ」


「うるせーキャサリン、片仮名で喋るな。イコールもう喋るな。読者様が大変だろうが」


「ちょっと銀さん、そういう発言は控えてくださいよ。まあ、もっともなんですけど…」


「オイコラ、ダメガネノクセニ調子ニノッテンジャネーゾ!」


「いや、もうほんと黙ってくださいキャサリンさん。ほんとすいまっせん」


いつものようにグダグダ言い合いながら、カウンター席に腰を下ろす。


あー、ほんとすごいな、クーラーって。


夏なのに、こんなに涼しいもん。


「バアさん、なんか冷たいモン奢って」


「あんた、家賃滞納してるくせによくそんなことが言えるね」


「俺が死んだら家賃払えねーよ」


「このくらいの暑さでアンタが死ぬかい」


ぶっきらぼうに言いながらも、お登勢さんは氷がたっぷり入ったグラスにソーダを注いでくれた。


銀さんにも、僕にも。


「ありがとうございます、お登勢さん」


礼を言ってからグラスに口をつける。


シュワシュワとした泡が喉に心地よくて、僕はオッサンのように「ぷはぁっ」と息を吐いた。


身体の隅々まで冷たい液体が流れ込み、ほんとに生き返るよう。


「こんなにおいしいソーダは初めてです」


にこりと笑ってそう言うと、お登勢さんは「そうかィ」と口元を綻ばせた。


銀さんもおいしそうに、ソーダをちびりちびりと飲んでいる。


「アンタ、そんなちびちび飲んでないで、ぐびっといったらどうだい?」


「いや、一気に飲んだらむせるじゃん。俺、前ソーダぐびぐび飲んでむせて、ヅラの顔に思いっきりぶち撒いたことあんだよ。だから、それから気をつけてんの」


「ああ、たしかに、ソーダぐびっと飲むのは危険ですよね。むせたら鼻に激痛はしりますし」


「そうそう。つーか、ぐびぐび飲んだらもったいなくね?たぶん俺達、これ一杯しか奢ってもらえねーよ?」


「そうですね。大事に飲みましょう」


ちらちらと意味深な視線をお登勢さんに向けながら、僕と銀さんはソーダを飲む。


お登勢さんはしばらく黙って煙草をくゆらせていたけれど、ふーっと煙とともに息を吐き出して、呆れたように微笑んだ。


「ほんっと、アンタ等はロクでもない人間だね。仕方ない。今日は好きなだけ飲んでいきな」


「お登勢さんんんん!!ありがとうございますゥゥゥ!!」


「ババア、今月はちゃんと家賃払うから!」


「バカヤロー、先月と先々月の分もちゃんと払いなよ」


「分かってるって」


喜々とした表情で、グラスに口をつける銀さん。


さっきまであんなにだらけてたのにね。


やっぱり銀さんは、こうでなくちゃ。


透明なソーダの中で、小さな泡が浮かんできてはぱちっとはじける。


シュワシュワと、涼やかな音をたてながら。


「やっぱ、夏っていいですねぇ」


のんびり言うと、銀さんは鼻で笑って。


「夏は暑ィから嫌いだね」


でも、その横顔はまんざらでも無さそうだと。






暑い暑い夏の中


ソーダの清涼感のように、心地よく過ぎる


そんな、透きとおった透明の時







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10000Hit御礼4本目です。

夢の取扱いやめちゃったので、甘くできなかった(沈

新神とかにすればよかったかなー…。

なんか、全然リクエスト通りになりませんでした(汗

クーラーは頑張って出してみましたけどね、銀さんが想像以上にだれちゃって。

また、争奪戦的なものが書けたらいいなぁ…と思います。

万事屋VS真選組!みたいな。

あ、でも真選組も、あんまりクーラー無さそうだな…。



(2009.3.29 緋名子)

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