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□野良犬は幸せを知った
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煙草がきれた。


しばらく空っぽの箱の中をじーっと見つめていたが、さり気なくもう一本入ってた!という奇跡が起きるわけも無く、馬鹿馬鹿しくなって机の上に放り投げた。


机の上に広げた書類の上に軽い音をたてて転がる白い箱に、なんだか虚しくなる。確実に俺の身体を蝕んでいるであろう煙草。分かっているのにやめられない。


まあ、煙草の吸いすぎで死ぬ前に、斬られて死ぬだろう。これも分かっているっつーか、確信している。


そう簡単にやられてたまるかとは思っているけれど。


煙草がきれた絶望感と苛立ちはいつの間にか消え失せていた。心と頭を占めるのは、俺の行く末。ろくなもんじゃないだろうが、ちっとは夢見させてくれてもいいだろう。


でも……幸せな未来、か。


想像つかねーな。


ふと思い立って襖を引くと、部屋いっぱいに暖かな橙色の光が射しこんできて、いつの間にか日が暮れかけていたことを知る。言われてみればたしかに部屋の中が薄暗かったように思う。


そのじわりと胸に沁みるような優しい色に誘われるように縁側に出ると、庭で蹲っている広い背中が見えて思わず動きを止めた。


隊服が汚れるのもかまわず地面に腰をおろし、猫撫で声で何か言っているようだが、何を言っているのか聞き取れない。


夜の帳にように真っ黒な隊服の背中にもおなじに陽は射し、暖かな色に染め上げている。一瞬先程までの虚しさを忘れてその大きな背中に見入った。


「近藤さん」


勝手に口から声が零れ落ちた。くるりと振り返った近藤さんは、人懐っこい笑顔でトシ、と俺の名を呼んだ。


「どうした?」


のそりと立ち上がってこちらに歩いてくる近藤さんの腕の中には、一匹の白い猫が丸い目をきょろきょろさせながら抱かれていた。俺の視線に気づいて、近藤さんはひょいと猫を俺の目の高さに持ち上げて自慢げに笑った。


「可愛いだろ?迷い込んでたから一緒に遊んでたんだ」


近藤さんには悪いが、俺を至近距離から睨みつけてくるその猫はお世辞にも可愛いとは言えない。毛は汚れているし、目はぎょろりとしているし、なんだか面構えが凶悪そうだ。


俺が何も言えずにいると、近藤さんは腕が疲れたと言って再び猫を腕の中に抱きこんでから、不思議そうな顔で俺を見上げた。


「可愛くね?こいつ」


「あー…うん」


歯切れの悪い返事に、ますます訳が分からないというように眉を顰めて、近藤さんはすとんと縁側に腰を下ろすと猫を膝の上に乗せてやった。俺もその隣に腰を下ろす。


よしよしと猫の小さな額を撫でる近藤さんの手つきはこの上なく優しくて、同じこの手で刀を握り、人をぶった斬っているだなんて信じられないほど、きれいだった。


見た目こそ剣ダコだらけの無骨な手だが、それでもやっぱりきれいだと思った。何十人もの血を浴びていること等失念するくらい、眩しかった。


ごろごろと喉を鳴らしている猫の汚れた背中にそっと手を伸ばすと、とたんに牙を剥かれて思わず手を引っ込めた。隣で楽しそうに近藤さんが笑う。なだめるようにその大きな手が背中を撫でると、すぐに猫は頬を緩めてとろんと目を蕩けさせた。


「あんたはなんでもかんでも手懐けるのが巧いな」


「それって嫌味?」


「いや、褒め言葉だ」


「そっか。…んー、まあ、動物は好きだからな。俺の愛が動物にも伝わってるんだよ、きっと」


「仲間だと思ってんじゃね?」


「何それー!やっぱ嫌味じゃん!俺の脳が動物レベルだって言いたいんだろ!やっぱ嫌味だよ!うっわー、トシひど!」


「褒め言葉だって」


笑いながら言ってやると、近藤さんは嫌味だ嫌味だとねちねち呟きながらも表情を和らげた。


俺だって、近藤さんに拾われるまでは野良犬みてぇなもんだった。


毎日毎日強そうな奴を見つけてはかたっぱしから喧嘩ふっかけて暴れ回って、自分の流儀もルールも持ち合わせずに好き勝手生きていた。


我が主と崇める者も無く、友と呼べる者も無く、本当に独りだった。それを嘆いたことなんか無かった。むしろ好都合だと思っていた。背負うもんは少ない方がいいから。


でも近藤さんに、死にかけてぶっ倒れていたところを拾われた。最初はお節介な奴だと思っていたが、いつの間にかその人柄に惚れこんでいた。一生この人について行こうと思った。


そのとき初めて、俺に居場所ができた。仲間と呼べるものができた。護るものができた。


近藤さんは、たくさんの物を俺にくれた。


その分、俺の背中は重くなった。


色んな物を背負わにゃならねえのは苦しくて面倒だが、それ以上に嬉しかった。俺もようやく人間になれたと思った。ずっと空っぽだった心が満たされる気がした。


しかしその分恐ろしかった。それを失ったときのことを考えるといてもたってもいられなくなった。だから必死に剣の稽古に打ち込んだ。


護るために。


背中に背負ったもん全部、護るために。


だが、それでも足りなかったらしい。大事なもんも失った。しかしそれを嘆き悲しむ暇なんて無かった。そんな暇があったら、もう二度と失うことのないように剣の稽古をするべきだと、ますます稽古に打ち込んだ。


振り返るな、前だけ見て歩いて行け。


誰だったっけ、これ言ったの。


「なんかこの猫、お前に似てるなぁ」


ふいに呟いた近藤さんののんびりした声に、俺は物思いから覚めて「あ?」と声を上げた。


「どこが」


「なんか、雰囲気?悪そうな顔して根は優しい、みたいな」


「気色悪ぃこと言ってんな」


「いやいやだってさ、ほんとそうじゃん。こいつ、ぱっと見はチンピラみてえな顔してるけどさ、こうやって撫でてやるとすっげー優しそうな顔になるんだ。なんかお前っぽい」


「俺は撫でられても優しそうな顔になんねーよ。逆にその手に噛みつくね」


「ほんとは嬉しいくせにな、照れ屋だから素直になれねーんだよな」


「ちげーよ、もうほんと黙ってくれ」


「聞いた?猫さん。トシは素直じゃないなぁ。うん、そうだね近藤さん」


「キモッ!近藤さんの裏声って初めて聞いたけどキモッ!」


「トシ、近藤さんをいじめるな!」


「だからキモいって言ってんだろーが!やめろ!」


「はいはい」


日がだいぶ傾いた。


鼻をくすぐる味噌汁の匂い。人のざわめき。


「そろそろ飯かぁ」


近藤さんが伸びをして腹から絞り出すように言った。その膝の上で猫がぴくぴくと鼻を動かしている。


「腹減ってるかな、こいつ」


猫を抱きあげてその顔をのぞきこみながらそう言うと、近藤さんはよっこらせ、と立ち上がって俺を見下ろした。首を反らして見上げると、白い歯を見せて、それはそれは優しく微笑んで。


「トシ、飯食いに行こうぜ」


ああ、なんて幸せなんだろうと思った。


これが家族ってもんなのか、と。


もちろん近藤さんや隊士達は実の家族じゃねえが、きっと家族ってなぁこんなもんなんだろう。当たり前に側にいる奴等。でもそんな当たり前が、昔俺の欲しかったものだと思うと、今俺は本当に幸せなんだと感じた。


近藤さんがいるなら、近藤さんが微笑みかけてくれるなら。


どんな未来でも、俺はきっと幸せだ。


「ああ」


微笑んで、立ち上がった。












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書いてみたかった、近藤さんと土方さんほのぼのです。

猫と戯れる近藤さんを一回書いてみたかった(笑

そして私はやけに縁側が好きなようです。

縁側でべらべらくっちゃべってるの書くのが好きです。

近藤さんを慕う土方さんが書けてすっきりしました。

土方さんは、容姿見ると猫っぽいなあと思うんですけど、性格は犬っぽいと思う。

近藤さんは…熊?

なんかそんな感じです(笑



(2009.5.9 緋名子)

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