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□記憶の底で光る
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ごうんごうんと鈍い音をたてて船が揺れる。


窓の外に広がるのは深い闇。そのせいで室内は薄暗く、頭上で揺れるランプの青白い光はなんだか頼りない。


机に頬杖をついて、何を考えるでもなくぼんやりと、窓枠に切り取られた黒を見つめていると、ふいにその四角の中に小さな星が現れた。室内を照らしているランプのように青白い光を身にまとっている。その光はとても小さなものだが、やる気が無さそうにぶらぶら揺れるランプの光よりははるかに力強い。


塗り潰したように、ひたすらに黒い闇の中でぽつんと輝くその光を見て、ふと昔のくだらない思い出が蘇った。


「兄ちゃん、これあげる」


まだまだ小さくて、いつも俺の後ろにくっついていた神楽が、俺の誕生日に小さな花をくれた。この荒れ果てた土地に花なんか生えるのかと、驚いたのをよく覚えている。


「すっごく探したんだヨ」と自慢げに胸を張る神楽の頬についた泥を拭ってやると、あいつは嬉しそうに笑ったっけ。きっと俺は「ありがとう」って言ったんだろう。よく、覚えていない。


今となってはどうでもいいことだ。地球で、たくさんのきれいな花を見た。花の美しさを知った今、あのとき神楽がくれた花は、枯れかけた、栄養の足りていない弱った花なのだと分かる。


そんな花をあいつは自慢げに俺に渡し、俺はそれをもらってありがとうと笑った。


全く、馬鹿みたいだ。


「団長」


「ん」


首を捻って振り返ると、阿伏兎がドアにもたれてこっちを見ていた。清楚に光る星と違って、もっさい奴だ。


「団長、全部声に出てるぞ」


「あれ、ほんと?あはは、ごめんごめん」


「あははじゃねーよ。結構傷ついたぞ、今の」


「だからごめんってば」


にこりと笑いかけてやると、阿伏兎はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


阿伏兎のおかげで少し薄れた、脳裏に焼きつくしおれた花。どうしてかな、思いだすたび、とてつもなく虚しくなる。


あいつも、まだあの花のことを覚えているだろうか。地球できれいな花を見て、あんなみすぼらしい花を誕生日プレゼントにしたことを恥じただろうか。


いや、やっぱり覚えてないかな。


「なあ団長、たしかあんた、明日誕生日だろ」


「明日じゃないよ、今日」


「あれ、今日だったか」


ぶつぶつ言いながら、阿伏兎は俺の向かいにある椅子を引いて腰を下ろした。置きっぱなしのグラスを引き寄せ、酒瓶を取り上げる。


「あれ、こんだけしか無ェ。……団長、あんた、もしかして飲んだか?」


「飲んだよ?何か問題ある?」


「未成年は飲酒禁止だろーが。ほら見ろここ、お酒は20歳からって書いてるだろ?」


「俺は天人だから、人間の決まりは通用しないよ」


「……たしかにそうだな」


「んじゃ、阿伏兎、俺にも注いで」


グラスをずいっと突き出すと、黙って酒を注いでくれた。アルコール臭を放つ無色透明の液体を、少しだけ口に含む。


「誕生日、か」


「何、なんか買ってくれるの?」


「生憎、そんな金持ってないんでね。無理だ」


「じゃあ、お金かからなかったらいい?」


「……物によるな。もう片方の腕もよこせとか、そういうのは無しだぞ」


「そんなこと言わないよ…今年は」


にやりと笑って、グラスに口をつける。阿伏兎は苦笑しつつも、俺の言葉の続きを待っているようだ。


誕生日プレゼント。


何が欲しいか?欲しい物なんて無い。物なんかいらない。物なんかいらないから、強い奴と戦わせてほしい。


でも、きっと阿伏兎は首を縦には振らないだろう。阿伏兎は生贄とか、そういうのは好きじゃないから。


ふと視線を逸らした先は、窓。黒い四角の中に、もうあの小さな光は無い。それを確認した途端、口から声が零れ落ちた。


「花」


「花ぁ?」


「うん。豪華な花束が欲しい」


「おいおい、あんたそれ買わなきゃだろーが。金無ぇって言ってるだろ」


「そのへんに咲いてるやつで作ればいいでしょ?薔薇とか、百合とか」


「そんな花はそのへんにぽこぽこ咲いてるもんじゃねーよ」


「だったら盗めば?」


「……あんたなぁ」


阿伏兎は呆れたようにゆるゆると首を振って、グラスの中身を一気に空けると、「誕生日おめでとさん」と言い残してさっさと部屋を出て行った。その背中に「花束ね!」と声をかけたが、反応は無かった。まあいいや。


豪華な花束をもらったら、あんなちっぽけな花なんかきれいさっぱり忘れてしまえるだろう。ううん、忘れてしまわなければならない。


横目でみやった四角の中に、小さく輝く星は無く。


ほうっと安堵の息が漏れたのは何故だろう。









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学校で思い出しました。

今日が神威の誕生日だと…!

帰って急いで書き上げました。

所要時間約一時間半。

手抜きでごめんなさい、神威!

昔の思い出に無意識のうちに縛られている神威だったらいいな、と。

やっぱり、血のままに生きる神威だと、なんか寂しい感じがして。

たまーに昔を思い出して、物思いにふけってるといいよ。

ってか阿伏兎の口調分からん!

そして神威って何歳だ!?

いろいろ迷いながら書きました。きっと神威は未成年だよ←


神威、誕生日おめでとう!



(2009.6.1 緋名子)

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