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□一足早く訪れた
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最近やけに近藤さんに懐いている万事屋んとこのチャイナ娘は、今日も屯所内をうろちょろしていた。


もちろんそれを快く思っていない俺は、奴の姿を見かけるたびに「帰れ」それ一念のみを込めた殺人的視線を送っているのだが、奴は一向に帰る素振りを見せることなくふらふらしている。


そしてその殺人的な目をしている俺を見た隊士共が、「今日の副長マジ機嫌悪ィぞ」と囁き合っているのを聞いてますます機嫌を悪くした俺は、隊士共の頭を拳骨で殴った後、力を入れ過ぎて痛む目を擦りながら自室に戻ったのであった。


煙がこもらぬよう襖を開け放して煙草に火をつける。苛立ちを鎮めるようにゆっくりと煙を吸い込み、吐き出す。ふわんと溶ける紫煙。もう一度煙草を咥えたそのとき、たんたんという軽快な足音が近づいてきて、咄嗟に眉間に皺を寄せた。


この軽くて小気味好いリズムは隊士のものではない。


………奴だ。


ひょこっと顔を出したチャイナは、俺が溜息とともに吐き出した煙をまともに顔に浴び、しかめっ面で煙をはらうように手を振った。


「お前わざとアルか」


涙目ですごまれたって迫力無い。さあな、と軽く返してやると、チャイナは仏頂面のまま部屋の外に腰を下ろした。


おいおい、何腰落ち着けてんだこいつ。俺はガキの相手なんざまっぴら御免だぞ。


しかし俺の焦りを知ってか知らずか、チャイナは俺に背を向けたまま膝を抱えて、肺に入り込んだ煙を吐き出すようにけほっと小さく咳き込んだ。


「苦い」


そんな呟きが聞こえたような気がしたが、黙って煙を吸い込む。吐き出そうとして思い止まり、眼前にあるチャイナの背を避けるように顔を背けて煙を吐いた。


再びチャイナが咳き込む。丸まった背中にちょっと罪悪感。


謝ろうかとも思ったが、きっと放っておけば飽きてここを離れるだろうからやめておいた。ガキの相手すんのはめんどくさい。


「お前、なんでこんなもん好き好んで吸ってるネ?馬鹿アルか?」


くるっと振り向いて、純粋な質問をぶつけてくる。たしかこれ、総悟にも聞かれたことあるな。


口を開きかけ、さっきの決心を思い出して一瞬迷う。しかし俺を見るチャイナの顔はまさに興味津津といった感じで、無視するのはためらわれた。仕方なく、喉元でつっかえていた言葉を吐き出す。


「大人の味だ。ガキにゃ分かんねーよ」


こう返したら、総悟は「死ね土方」と暴言を吐いたけれど。チャイナはふーん、と納得したように頷いて、すすすっと膝をずらして傍に寄って来た。


「銀ちゃんは煙草なんか不味いから吸っちゃだめって言ってるアル」


「あいつは中二病だからこの味が分かんねーんだよ。でも、煙草は吸うなってのは同感だな。害の塊みてえなもんだから、これ」


目の前で吸いかけの煙草を振ってみせると、煙が顔の前で揺れるのを嫌って、チャイナは顔を背ける。再び煙草のフィルターを噛みしめる俺の様子を、どこか胡散臭そうな顔で眺めながら、チャイナはとうとう足を伸ばして完全にくつろぎモードに入ってしまった。


「害の塊って分かってても吸うんだネ。なんで?早く死にたいアルか?なんなら協力してやってもいいヨ」


ただし、と瞳に力を込めたチャイナの右手の指が三本立つ。三千円か、と聞いたら、当然のように三万アル、と返された。その指へし折ってやろーか。


「これはな、すっげー依存性があってな、一回はまったら抜け出せなくなんだよ。だからお前は吸うなよ?」


ちなみに死にてえわけじゃねえよ、と付け足すと、チャイナは舌打ちして、立てていた指を引っ込めた。


「なんで吸おうと思ったネ?煙草」


「あ?なんでだったかな…かっこつけたかったからだった気がする」


「かっこつけるために寿命縮めるアルか?やっぱり馬鹿アル」


「うるせーよ」


実際、煙草を吸うようになってからますますモテるようになったわけじゃない。煙たがられることも多い。だが、一度覚えてしまった味は、とことん俺を支配した。依存ってのは恐ろしい。


「私は煙草吸ってる人見てもかっこいいなんて思わないヨ。臭いし。まだ甘ったるい糖分の匂いの方がはるかにマシアル」


「出た、ファザコン発言」


「誰がファーザーアルか。私のファーザーはくるくる天パじゃなくてつるっぱげネ」


禿げさせたのはお前だろ、あれは不慮の事故アル


何故かぽんぽんとテンポ良くやりとりされる言葉達。ここまできたら、もう諦めた。適当にあしらっとけばどうとでもなることだが、ちょっと、ほんのちょっとだけ、こいつとの会話を楽しんでいる自分がいるのも事実だ。


それに、ここで邪魔だと追っ払ってしまうのは、なんだか可哀そうな気がしないでもない。いつものようにクソ生意気な態度をとっているなら話は別だが、こいつは今のところ、わりと素直に俺の話を聞いている。だからなんなんだと言われればそれまでだが、あともうちょっとだけ、相手をしてやろうと思った。


そのうち近藤さんが、チャイナが来ていると聞いて探しに来るだろう。チャイナが屯所へ顔を出すようになってから、食糧庫には常に酢昆布が完備されている。もちろん近藤さんが買ったものだ。ほかにも菓子やジュースがたんまりと買い込まれていて、いつチャイナが来てもいいようにと準備万端だ。


「万事屋んとこは貧乏だから、あんまり菓子とか食えねえだろ?」と笑う近藤さんは、病的なまでのお人好しだと思う。万事屋と新八君にも、と土産まで持たせる始末。あいつらも一応仕事してんだから、そこまで面倒見てやらなくてもいいんじゃないだろうか。


思っているだけで、口に出したことはないが。


かりっ、とうなじを掻いたとき、耳がかすかな声を拾った。


「チャイナさーん」


「あ、ゴリの声」


途端に、兎のように跳ね上がり、チャイナは襖に駆け寄って行く。開け放したままの襖から射しこむ真昼の日差しがチャイナの髪を照らし、そこだけ一足先に夏が来たよう。眩しくて、思わず目を細める。


「出てってやれよ。探してんだろ」


そう声をかけてやると、チャイナは振り向いて、笑顔で頷いた。チャイナを笑顔にしているのは、近藤さんに会えることへの喜びか、それとも好物をもらえることへの喜びか。おそらく後者だろうが、前者もなかなか負けていないと思う。


「じゃあな、煙草吸い過ぎんなヨ!」


それだけ言い残し、だっと部屋を駆け出して行くその背中からは、幸せオーラがこれでもかという程滲みでていて、その単純な子供らしさに思わず頬が緩む。


普段可愛げの無いクソガキの相手ばかりしている分、こういう純粋な子供らしさには癒される。別に子供好きなわけじゃないが、子供の無邪気さってのはいいもんだ。


遠くでチャイナの高い声があがる。近藤さんの馬鹿笑いも。


なんとなくいい気分で灰皿に煙草の灰を落とす。そしてふと何気なく視線を上げた先には、年季の入った茶色い文机の上にでんと鎮座する書類達。その多さに、一気に気が重くなる。


再び耳に届く、楽しげな声。


なんだよ、楽しそうだなオイ。俺はこれから仕事だってのによ、そんな楽しげにけらけら笑われちゃあ仕事するこっちが馬鹿みてえじゃねえか。つーか近藤さんも書類たまってただろ、何してんだあの人は。


書類達は依然どっしりと構えたまま、静かに俺を待っている。喧嘩売ってんのかコラ。なんだかむしょうに腹が立つ。書類相手に腹立てたってしょうがないのだが、腹立つもんは腹立つ。


しかし近藤さんがためこんでいる分に比べればまだまだ少ない方だ。書類を片付けるスピードだって、俺の方がはるかに速い。


……そんな近藤さんが遊び呆けてんだから、俺だってちょっとぐらい休んだっていいだろ。


さすがにあの二人に混ざる気は無いが、ラムネ一本かっぱらってこよう。さっきのチャイナの髪の色のせいで、やけに夏が恋しい。一足先に夏の味を堪能するとしよう。


口の中に、どこか懐かしいラムネの甘さを思い出しながら、真夏のそれを思わせる日差しの下へ踏み出した。














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ヒナタ様リクエストの土方さんと神楽でした。

お待たせしたわりには出来がひどいですね(汗

途中近藤さんを登場させたら、終わりどころが分からなくなっちゃったので丸々カットしました。

土方さんと神楽の二人は、柳生編あたりから「いいコンビだな」とか思ってたりします。


うわー、なんかほんっと、こんなんでいいのか!?

すいませんヒナタ様、書き直し受け付けますので、もしご不満でしたらお気軽にお申し付けください!


ヒナタ様、このたびはこんな未熟サイトと相互してくださって本当にありがとうございます!

これからもよろしくお願い致します。



(2009.6.8 緋名子)

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