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□家族会議
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「近藤さんは、お父さんですかねィ」
「へ?お父さん?」
おやつ時の、午後三時ちょっと過ぎ。
煎餅の袋片手に、近藤の部屋に顔を出した沖田の第一声が、それだった。
近藤はぽかんと口を開けた呆け顔で、立ったままの沖田を見上げる。部屋で書類に目を通していた土方も、こめかみを押さえながら顔を上げた。
「へぃ。いやね、もし真選組が家族だったら、近藤さんはどのポジションかなあ?と思いやして」
考えるまでも無かったです、と言いながら、沖田はすとんと近藤の側に腰を下ろした。ばりっと煎餅の袋を開けた途端、部屋に醤油の芳ばしい香りが満ちる。
「なるほど。それは分かったけど。なんでいきなりそんなこと考えたの?」
「さあ、なんとなくでさァ」
「んな暇あったら刀の手入れでもしとけや」
「土方さんは犬ですかねィ」
「誰が犬だコラァ!」
「ほーら、すぐそうやってきゃんきゃん吠えるとことか、まさに犬っころでさァ」
「きゃんきゃんじゃねぇ!せめてわんわんに…って何言わせんだテメー!」
「あんたが勝手に言ったんでしょう」
飄々と言い放つ沖田の胸倉を、土方が掴む。
ほんっとこの二人って、顔合わせるたびに喧嘩してるよなあ、と近藤の口から溜息が漏れる。慣れきったことだから慌てることはないが、この暴れん坊二人が引き起こす被害は、喧嘩を黙って見逃すことなどできないほど甚大で。先日も隊士が一人巻き込まれて、全治二か月の大けがを負ったばかりだ。
「ちょっとー、お二人さーん。喧嘩はだめだよー。仲良くしましょーねー」
二人の襟首を掴んで引き離すが、二人とも「おらっ」「このやろっ」と長い足でお互いを蹴り合っている。まさに子供。普段は飄々とした一番隊隊長の沖田総悟と、クールな鬼副長土方十四郎のそんな一面を見ることが、近藤の密かな楽しみでもあった。
そりゃあ周りを巻き込んでさらにヒートアップする、先日のような喧嘩は見ていてひやひやするけれど。自分の手の中で、こうしてじゃれあうような(きっと二人に言ったらすごい勢いで全否定されるだろうが)喧嘩なら、結構和む。
昔と変わらない、と。実感できるのだ。
「お父さんも楽じゃないねえ。息子二人がこう喧嘩ばっかりだと」
やれやれ、というように首を振りながら近藤が言うと、沖田が「土方さんは息子じゃないでさァ」と口を尖らせた。
「土方さんは近藤家を守る番犬、トッシーだって決まってるんです。ちなみに俺は近藤総悟じゃなくて沖田総悟なんで。近藤家の一員ですけど」
「え、それは一体どういうこと?総悟は近藤家に居候してるってこと?」
「違いまさァ。ほんとは近藤総悟って名乗るべきなんでしょうけど、気に入らないから沖田総悟って名乗ってる、マイロードを突っ走るどら息子でィ」
「えぇぇぇっ!?近藤の何が気に食わないの!?かっこいいじゃん、むちゃくちゃかっこいいじゃん!なんか『漢』って感じじゃん!」
「俺そういうキャラじゃないんで。もうちょっとさばさばしてて、涼しい感じの男なんで。なんか沖田って感じじゃないですか」
「でも近藤家の一員なら近藤って名乗るのが筋ってもんでしょ!お父さんはそんなの絶対許しませんからねっ!」
「うるせえ!俺はもう親父の言いなりになんかならねえ!俺は…俺は…沖田総悟として、不良界に名を馳せるでけえ男になるんだ!」
「総悟ぉぉぉぉぉ!!!!」
二人がベタな茶番劇を繰り広げているのを白い目で見つめながら、土方は先程沖田が持ってきた煎餅の袋に手を伸ばした。
運よく近藤と沖田のどたばたをかわし、いまだ形を保っている煎餅を見て安堵の息をつく。巷で話題になっている、煎餅専門店の最高級煎餅だと山崎が言っていたのを思い出したのだ。
そんなにいいもんかね、最高級ってのは、と土方は思う。所詮自分達は素人だ。最高級と言われれば、なんとなく美味しい気がする。それくらいのもんだろう、と。
ためしにかじってみるが、前食べた一袋15枚入りで298円の煎餅の方が美味しい気がした。馬鹿馬鹿しくなって、袋ごと机の上に投げ上げる。
たしかこの煎餅は山崎が買ってきたものだったのだが、どうやら沖田に強奪されたようである。そういえば今朝山崎の右目周辺が青く変色していたな、と土方はぼんやりと思った。
目立たないくせに、苦労人。これほど報われない立ち位置があるだろうか。いや、ないだろう。心の中で静かに土方が手を合わせていると、今まさに合掌を捧げた相手がひょっこりと顔を出した。
「なんかわいわいやってると思ったら…二人とも何やってるんですか?」
呆れたような声とは裏腹に、山崎の表情は楽しげだ。山崎に気づいた近藤と沖田は、声をそろえて「お母さん!」とどこか芝居じみた口調で言った。
「へ?お母さん?」
「お母さん聞いてくれよぉ!総悟がな、近藤という苗字を捨てて、俺は沖田総悟だなんて言うんだよぉ!」
「は、え、これは一体…」
「お母さん、俺は沖田総悟として生きていきまさァ。でも、俺はいつまでもお母さんの息子だから…お母さんは嫌だって言うかもしれないけど、でも、俺はあんたを一生お母さんと思って生きて行くから!」
どうやら沖田はお母さん好き…いわゆるマザコンキャラでいくようだ。
当然山崎はぽかんとする。
「いや、そもそも俺お母さんじゃないですから。なんですかこれ、何の遊びですか?」
困惑した様子でそう問いかけられて、土方はめんどくさそうに唸った。説明するのもアホらしい、とでも言いたげな表情で灰皿を引き寄せる。
その間にも馬鹿二人は山崎に向かって「お母さん」と連呼して、山崎を困らせている。おろおろしつつ助けを求めるような視線を投げて寄こす山崎が少々哀れに思えて、仕方なく土方は沖田と近藤の頭をすぱんっと引っぱたいてやった。
「いってえなあトシ!何すんだよぅ!」
「こら、トッシー、めっ!犬の分際でご主人に手を出すたァ一体どういう了見でィ!」
「いい加減にしねえかテメーら」
腹の底から絞り出すような声で土方が凄むと、二人とも口をつぐんで口を尖らせた。無駄にそっくりな二人の表情に、土方はすっかり毒気を抜かれてしまう。
満更でもないのかもしれない、と。
「…何が近藤ファミリーだ馬鹿野郎。気に入らねえんだよ」
唸るように土方が言うと、近藤が泣きそうな顔で見上げてくる。
「トシも近藤嫌なの?」
そんなに傷ついたような顔をしなくてもいいんじゃないだろうか、と土方は少し後ろめたさを感じてうなじを掻いた。
「ちげーよ。そういう意味で言ったんじゃなくて」
「じゃあ何?」
「だからさ、なんで俺が犬なんだよってことだよ。山崎がおふくろ役で俺が犬とか納得いかねーんだけど」
「えぇぇ!副長それはひどいんじゃないですか!?俺がお母さんで何がいけないんですか!」
「あ?うるせーよ山崎のくせによォ。でしゃばんじゃねえジミーが」
さっき山崎の境遇の悪さに同情していたのが嘘のような土方の横暴っぷりに、山崎はひどい…と目に涙を浮かべる。
そんな山崎をよしよしとなだめながら、しかし近藤はどこか嬉しそうだ。それは山崎がひどい扱いをされたからではもちろん無く。
「近藤ファミリーかぁ…」
どこか上の空のような近藤の呟きが、全てを物語っている。
そんな近藤を見て土方は溜息をつきつつ目元を緩め、沖田はどこか照れ臭そうにがしがしと頭を掻き、山崎はくすぐったそうに目を細める。
なんというか、男四人で俺達家族っぽくね?なんて話していても気持ち悪いだけだし、鳥肌ものなんだけど。
近藤の幸せそうな顔を見ていると、なんとなくみんな和む。まあいっか、と思える。
「近藤さんマジックだな」
思わず土方がぽつりと漏らすと、沖田と山崎は同じことを考えていたのか、大きく頷いた。
ただ一人近藤だけが、「え、何?俺マジック?」と不思議そうな顔をしていたけれど。
血の繋がりは無いし、姿形も似ていない。
でも、そこらの家族よりも、俺達はよっぽど家族っぽいんじゃないかと。
なんとなくこそばゆい気持ちを胸の奥に隠して、自嘲気味に笑い合った。
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葵様へ捧げます。
近藤さんが出てくるお話というリクエストだったんですけど、見事に目立っておりません(死
当初は、威厳たっぷり、でもみんなに好かれるお茶目な近藤パピーを書く予定だったんですけど、なんか情けないパピーになってしまいました(汗
個人的には、
父:近藤さん
母:山崎
兄:土方さん
弟:沖田
っていうイメージです。
友達は「母は土方さんじゃね?」って言ってましたけど、私は断然山崎派です。
料理うまそうなんで(笑
野郎四人でなんか恥ずかしいなあとか思いながら書いてたんですけど、すごく楽しかったです。
お馬鹿な真選組が書けてすっきり!
葵様、この度は素敵なリクエストありがとうございました!
(2009.6.21 緋名子)