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□Happiness!
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「あ、どうも、局長」
「おう!」
やけに機嫌のいい近藤を見て、山崎は一瞬ひるんだように動きを止めた。近藤の機嫌がいいのはいつものことだが、今日のはちょっと異常だ。ゴリラ顔と称されるいかつい顔には、ある意味胡散臭いくらいきらっきら輝く笑顔が貼り付いているのだ。
「きょ、局長…何かありましたか?」
「え?いや、別に何も…あ、まあ、あるっちゃああるかな!」
「はあ、そうですか…よかったですね」
「よかったですねって!え、俺になんか言うこと無いの?」
「言うこと…ですか。そうですね……とりあえず、お大事に」
それでは、と半ば逃げるようにその場を立ち去った山崎の後姿を見つめながら、近藤はむうっと唇を尖らせた。今日は、近藤の誕生日である。
「なんだよ、ザキのやつ。あいつの誕生日には、朝一番におめでとうって言いに行ってやったのに!」
ぷんすかと一通り怒った後、近藤はとぼとぼと自室に向かって歩き始めた。律儀な山崎が自分の誕生日を忘れていたのだ。きっと覚えてくれている者はほとんどいないだろう。近藤の広い背中からは哀愁が漂っていた。
部屋の前に辿り着くと、何やら中が騒がしい。傷心の近藤は、その騒がしさに一抹の希望を見出していた。もしかしてサプライズか!?という期待に震える手で、すーっと静かに引き戸を引いた近藤の目に飛び込んできたのは、一升瓶を抱きかかえている沖田と、煙草を咥えて険しい顔で机に向かっている土方だった。そしてその二人は、いつものように盛大に言い争いをしている。しかし怒鳴り散らしながらも、器用に書類を片付けている土方は、やはり仕事のできる男だ。
「あり、近藤さんじゃありやせんか」
土方より先に近藤に気づいた沖田がそう声を上げると、悪態の途中だった土方は怒気を引きずったまま、迫力のある「あぁ!?」という声とともに近藤を振り仰いだ。
「ああ、近藤さんか」
「だからそう言ったじゃありやせんか」
ねえ?と同意を求められて、近藤は現状を理解できないまま頷いた。一体この二人は、己の部屋で何をしているのだろう?サプライズにしては落ち着きすぎている。
「ちょっと待ってろな、近藤さん。もうちょっとで全部終わるから」
そう言った土方の視線は、再び机上の書類に向けられる。土方が現在進行形で戦っているのは、近藤がたっぷりと貯めこんでいた書類だった。
「まあまあ近藤さん、そんなとこ突っ立ってねェで、座ってくだせェ」
沖田に手招きされて、近藤は素直に腰を下ろした。沖田が抱えているのは「鬼嫁」。沖田のお気に入りの酒だ。
「総悟、お前朝っぱらから酒はやめとけよ?つーかほどほどにな。お前まだ未成年なんだから」
近藤がたしなめると、沖田はいやいやと首を振った。
「俺達、国民的アニメ方式で年とってねェだけで、普通なら俺はもう20歳超えてますぜ」
「だけどまだ18歳でしょうが」
「いつまでも子供扱いしないでくだせェ」
ぷうっと頬を膨らませて抗議した沖田は、大事そうに抱えていた鬼嫁の瓶を、近藤の前にどんっと置いた。その中身は少し減っているようで、沖田が少し子供っぽいのは酒に酔っているからか、と近藤は納得する。
「俺だって近藤さん達と同じように、現場で戦ってきたんですぜ。なのにこういう時ばっかり子供扱いして。そんなん言うんだったら、もっと俺に休みをくだせェ」
「しょっちゅう仕事さぼって昼寝してるくせに贅沢言うんじゃねえ」
ぶーぶー文句を垂れ流す沖田にぴしゃりとそう言うと、土方は伸びをして肩をとんとんと叩いた。
「俺はまだまだ子供なんで、しっかり寝て食って遊ばにゃならんのです」
「そんなら子供扱いするなとか言うな」
「俺は土方さんじゃなくて近藤さんに言ってるんです。話に入ってこないでくだせェ」
そう言うと、沖田は手で土方と自分の間に線を引く動作をしてから、近藤の方に酒瓶とともににじり寄った。そんなことをされて土方が黙っているはずがなく、罵倒しようと口を開きかけたが、困惑顔の近藤を見てとると、ぐっと唇を引き結んでがしがしと頭をかいた。めずらしい、と近藤は少し驚いたが、沖田は平然とした顔で酒瓶を手で弄んでいる。
「ちょっと、俺さっきから驚きっぱなしなんだけどさ。なんなの一体?」
沖田は酒瓶を抱きかかえて酔っていて、土方は書類を片付けて。有難いけれど、つい昨日「さっさと書類片付けてくれよ。言っとくけど俺は手伝わねえからな。俺はあんだけ早いとこ片付けろって言ってたのにあんたが聞かねえのが悪いんだ……」とこんな調子でぐだぐだ長いこと説教されたというのに。
近藤の問いに答えたのは、沖田だった。
「だって今日近藤さん、誕生日でしょう」
先程までとは打って変わって、沖田は急に素面に戻ったように落ち着いた声で言った。あれ、と近藤が顔をのぞきこむと、沖田は「俺、この演技力でなんか賞とれますかねィ?」と得意げに笑った。
「あんだけ言ったのにまだ片付けてねえとは…。近藤さん、女にうつつを抜かして仕事をおろそかにしねえでくれよな」
心底呆れたような声とは裏腹に、土方の表情は柔らかい。机の上に散らばっている書類をまとめてそろえると、土方は「全部やっといた」と分厚い紙の束を叩いた。
「…マジでか」
「近藤さん、これ、俺からの誕生日プレゼントでさァ」
目をぱちくりさせている近藤の目の高さに瓶を持ち上げて、沖田はにやりと笑った。
「一杯だけもらっちまいやしたが、まあそこは勘弁してくだせェ。俺この酒好きなもんで、どうしても我慢がききやせんでした」
「いや、それは別に全然いいけどさ。これ高いだろう?もらっていいのか?」
「近藤さんのために買ったんでさァ。黙って受け取ってくだせェ」
ほらほら、と半ば強引に酒瓶を押し付けると、沖田は満足げな表情で腕を組んだ。近藤はじーんと胸の奥が熱くなって、沖田の体温で若干温もった酒瓶を愛おしげに撫でた。
「ありがとな、総悟」
「いえいえ、礼には及びやせん。金はほとんど山崎が出してくれたんで」
「え!?山崎が?」
なんじゃそりゃ、と拍子ぬけする近藤の背後で、すーっと襖が開いて、山崎がひょこっと顔を出した。
「なんだ、お金の使い道って局長へのプレゼントだったんですか」
「山崎」
「局長、お誕生日おめでとうございます」
すいません忘れてて、と申し訳なさそうに頭を掻く山崎に、さっきの怒りなんかきれいさっぱり忘れて、近藤は笑顔で首を振った。
「いやいや、構わんよ。ありがとな、ザキ」
「いえいえ」
山崎も笑顔でこたえて、「じゃ、お邪魔してすいませんでした」と頭を下げると、静かに襖を閉めた。
「なんだよ、話していけばいいのに」
「気ぃ遣ってくれたんだろ」
そう言ってから土方は、ふっと小さく微笑んだ。
「まあ、あれだ。誕生日おめでとう、近藤さん」
「おめでとうごぜえやす」
沖田もふざけて深々と頭を下げる。近藤が笑いながら頭を撫でると、照れ臭そうにその手を振り払ったが、顔は楽しそうに笑んでいた。
「お前達だけだよ、俺の誕生日覚えててくれるのは」
二人ともぎゅうっと抱きしめたい気持ちにかられながら近藤が言った。幸せだった。体の隅から隅まで幸福感で埋め尽くされているような、そんな気分だった。そしてそれを近藤が素直に口に出すと、土方は「恥ずかしいこと言ってんな」と苦笑し、沖田は「近藤さんの体中から幸せオーラが滲み出てますぜ」と口角を吊り上げた。
そう広くない局長室いっぱいに幸せな空気が満ち溢れているように近藤には思えた。誕生日を覚えてもらえていないという事実に傷ついた心に、ひねくれ者の二人からのささやかな贈り物はよく効いた。
「俺は単純な男だな」
「ほんとにな」
「全くでさァ」
「でも、単純な男でよかったよ」
近藤の言いすぎではなく、たしかに今この空間には、幸せという言葉がぴったりの、あたたかな空気が満ちていた。
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遅れること二日。
近藤さんの生誕祝い小説完成しました。
馬鹿みたいに幸せ!っていうお話を書きたかったので、近藤さんがかなりおめでたい人になってます(笑
でも楽しかった。
やっぱ明るい話は書いててこっちまで明るい気持ちになってくるのでいいですね。
またこういう話書きたいです。
(2009.9.6 緋名子)