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□家族も同然
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道にはほとんど人通りがない。


ときたま急ぎ足で通り過ぎる人もいるが、歩いているのはほぼ僕達だけだと言っていいだろう。


寒いから、みんな家にこもってるのかな…?


「雪、降りそうだね」


「そうアルナ」


「神楽ちゃん、マフラー無くて大丈夫?僕の貸そうか?」


「いいアル。お前の世話にはならないネ」


神楽ちゃんはつれない。


なんだよ、このムード。


すごく気まずいんだけど…。


「あの、神楽ちゃん?なんか怒ってる?」


さっきからの神楽ちゃんの態度から察するにはそうなんだけど、神楽ちゃんは


「……別に」


「いや、怒ってるでしょ。さっきの間は何?」


「うっさいしゃべんな」


…なんだかなぁ…。


寂しいよな、こういうのってさ。


一方通行っぽい感じが。


ってか、なんで僕が怒られなきゃいけないんだよ?


なんかおかしくないか?


「神楽ちゃ」


「うっさいしゃべんな」


「ちょっ」


「うっさいしゃべんな」


「………」


「うっさいしゃべんな」


「いい加減にしろォォォォッ!!!!」


もう、僕も我慢の限界だ。


「しゃべってないのに『うっさいしゃべんな』ってなんだよ!?お前さっきから態度悪いぞ!怒ってんなら怒ってるって言えよッ!!」


僕の罵倒をものともせず、神楽ちゃんは逆につっかかってくる。


「お前、私を怒鳴るなんていい度胸してるじゃねェか、あン?その度胸は認めるけどなァ……」


そこまで言うと、神楽ちゃんは急に僕の胸ぐらを掴んで右拳を大きく後ろに引く。


「私を怒鳴るなて、1億万年早ェんだよ、ダメガネェェェェッ!!!!」


「ぶべらッ!」


神楽ちゃんの右拳が僕の鼻にクリティカルヒットし、僕の体は宙を舞った。


ドスッ、という鈍い音をたてて、僕は背中から地面に落ちる。


…ヤベッ、眼鏡割れてるじゃん。


今月は仕事無かったから、給料もらえないのに。


仕事があったとしても、給料もらえることなんてそうそう無いんだけどね。


てか、もらえたとしてもあんな薄給じゃぁとてもじゃないけど眼鏡なんて買えやしない。


薄給どころか、お金じゃないときもあるし。


先々月は、たしか魚肉ソーセージ一本だった。


…いやいや、今はそんなことどうでもいいよ!


「ったいなぁ!いきなり何すんだよ、神楽ちゃん!?」


鼻血を拭ってわめけば、神楽ちゃんは冷たい目で僕を見おろして。


「私、お前みたいなお節介な奴嫌いヨ。自分のことは自分でできるアル。もう子供じゃないネ」


いや、分かってるよ、そんなこと。


……でもさ、やっぱ気になるんだよ。


ほんと、可愛くて仕方ないんだってば。


神楽ちゃんからしたら鬱陶しいかもしれないけど、大切に思ってるからこそ、いろいろ世話焼きたくなるんだよ。


それをさ…お節介って…。


やっぱ、寂しいなぁ。こういうの。


「……ごめん」


ぽつりと呟くように謝ると、神楽ちゃんはしばらく落ち着かなさげに視線をさまよわせていたが、頬をぽりぽりと掻いて、座ったままの僕に手を差し伸べた。


僕は少しためらった後、その手を握る。


神楽ちゃんはひょいっと僕の手を引いて立たせると、いきなりぎゅうっとしがみついてきた。


なっ、何!?


さっきまで田舎のヤンキーのような首の曲げっぷりだったのに、急にそんな子供みたいに…。


「か、神楽ちゃん?ここ、公道のど真ん中なんだけど…」


おそるおそる言ってみるが、神楽ちゃんは黙ったまま僕の背中に回した腕に力をこめた。


定春が大きな丸い瞳で僕達を見つめている。


「バカ…」


「え?」


もごもごと呟かれた神楽ちゃんの言葉。


「お前はバカアルヨ。いっつも他人に気を遣ってばっかりネ。自分のことは全部後回し。だからみんなダメガネって呼ぶんだヨ」


いや、ダメガネ関係なくない?


それにさ……


「でも、これが僕の性分なんだよ」


「そんなこと分かってるアル。だから、税金泥棒とかヅラとかには存分に気を遣うがいいネ。でも」


そこで神楽ちゃんは僕を見上げて。


「私や銀ちゃんには気を遣う必要ないヨ。だって、家族みたいなもんアルヨ。新八と私と銀ちゃんって」


そう言って、照れくさそうにヘラッと笑う。


あぁぁッ!


もう、ホント、可愛いんだから!


「ありがと、神楽ちゃん。でもね、僕は神楽ちゃんや銀さんに気を遣ってるわけじゃないんだよ。大好きだから、本当に大事に思ってるから、いろいろ世話焼いてるんだ。好きでやってんだよ」


神楽ちゃんが少しでも嬉しいなら、銀さんが少しでも笑ってくれるなら、僕はなんだってやる覚悟だよ。


「…私も、新八のこと大好きヨ。大事に思ってるアル」


「…ありがと」


照れくさいけど、なんかいいな、こういうの。


「新八はあったかいアルナ」


神楽ちゃんが僕の胸に額をあずけてぽつりと呟く。


僕は神楽ちゃんの背中に腕を回して、ぎゅうっと抱き締めた。


「今はあったかいけどねェ、このままここに突っ立ってたら冷たくなってくるんだよ。今でも手冷たいからね。むちゃくちゃ寒いからね。ってか誰かに見られたら恥ずかしくない?」

照れ臭くて、思わずそう口走る。


すると神楽ちゃんははっと我に返ったように、僕から離れて。


その赤い頬を隠すように、定春が神楽ちゃんの頬をぺろりと舐めた。


「くすぐったいアルヨー、定春」


神楽ちゃんののんびりした声。


「散歩したいんだよ、きっと」


僕が撫でると、定春はぎろっとこっちを睨んだ。


大きな瞳いっぱいに敵意をにじませ、低く唸る。


うわっ、これ、結構傷つくぞ…。


世話してあげてんのに!毎日餌あげてんのに!


まぁ、とにかくだ。


定春は、全くといっていいほど僕に恩を感じていないようだ。


…別に構わないんだけどね。


好きでやってるわけだから。定春の世話も。


神楽ちゃんが定春のことを大事に思ってることは知ってるから、定春にはいつも元気でいてほしいんだ。


神楽ちゃんの不安そうな顔は見たくないもん。


やっぱり笑顔が一番だよ。


「定春、どうしたアルカ?」


神楽ちゃんがよしよしと頭を撫でると、定春はふさふさの尻尾をめいっぱい振って神楽ちゃんに甘えた。


やっぱり、女の子には大きい犬が似合うな。


前も思ったけどさ。


そういえばあの頃は、定春は神楽ちゃんに全然懐いてなかったっけ。


なのに今では定春の方から神楽ちゃんに甘えるようになってる。


早いよなぁ、時がたつのって。


神楽ちゃんや銀さんに会ったのがついこのあいだだった気がする。


何回も命の危機にさらされて、腑に落ちないこともたくさんあったけど、やっぱり楽しかったな、今まで。


バイトづくめだったあの頃よりも、今の方がよっぽど毎日が充実してる。


イライラしたり、ほんと死にたくなったこともあったけどさ。


ダメガネなんて言われたり、なんかキャラ弱い感じになってたり…。


でも、僕は万事屋で働くのが楽しくて仕方ないんだ。


自分で自分が分からないって、まさにこのことかも。


給料もらえないし、命が危ない仕事もあるし。


普通ならこんな仕事、頼まれたってやんないけどね。


いつの間にか、万事屋が僕の居場所の一つになってた。


自分からすすんでここを出ていこうなんて、この先思うことなどないだろう。


「新八、何ボーッとしてるアルカ。さては、やらしいこと考えてたアルナ?これだから男って嫌なのよネ〜」


神楽ちゃんの毛嫌いするような声で、はっと我に返る。


神楽ちゃんはいつの間にか定春の背に乗っかって、にやにやしながら僕を見下ろしていた。


「んなわけないじゃん。なんでこの状況でやらしいこと考えるんだよ?僕はそこまで空気の読めない奴じゃありません」


「どうかなぁ?」


にやにや笑いをやめない神楽ちゃんに少し苛立ちを覚えながらも、僕は服についた砂を払い落として一息つく。


「ま、どうでもいいよ、そんなこと。早くおつかいと散歩すませて帰ろ。じゃないと銀さんが寂しくて死んじゃうよ」


冗談めかして言えば、神楽ちゃんはくすっと笑って。


「銀ちゃん、ああ見えて寂しがり屋アルからな。…あ、新八」


何?と尋ねると、神楽ちゃんは自分の後ろを指差した。


「ここ、乗るヨロシ」


「うぇっ!?」


え、僕が後ろ?


ちょ、それなんかカッコ悪くない?


やっぱここは、僕が前に乗りたい。


あ、でも僕、定春操れないんだっけ。


「何グズグズしてるネ?さっさと乗れって言ってんだろーが」


神楽ちゃんが顔の影を濃くして言うもんだから、僕は渋々神楽ちゃんの後ろに座った。


「おつかいって、何買うアルカ?」


「えっと、いちご牛乳とパフェ的なもの。あと…酢昆布」


「酢昆布?」


神楽ちゃんがきょとんとした顔で僕を見る。


僕はうんうんと何回も頷いた。


「銀さんが、神楽ちゃんにってさ」


…なんて、嘘だ。


銀さんにはいちご牛乳とパフェのお金しかもらっていない。ってか、酢昆布なんて頼まれてない。


…今日のお礼にさ。



僕が買ってあげようと思って。


眼鏡も買わなきゃだけど、酢昆布くらいなら買う余裕はある…と思いたい。


うん、買わなきゃだよ、酢昆布。


今日はほんとに、神楽ちゃんに感謝しなきゃね。


大事なことに気づかせてくれたし。


…家族、かぁ。


僕には姉上という家族がいるけど、神楽ちゃんと銀さんも家族なんだな。


うん。


たしかに家族同然だ。


家族だよ、大好きな家族。


「銀ちゃんが買ってくれるなんてめずらしいネ。なんか企んでるアルか…?」


「…さぁね。ま、とにかく!」


僕はにこっと微笑んだ。


「早く買い物済ませて帰ろう?」


すると、神楽ちゃんもにこっとして。


「そうアルナ」




陽の落ちかけた、橙色の空。


神楽ちゃんの髪の色とおんなじ、明るい色。


なんだかむしょうに、万事屋に帰りたくなった。


僕にとって、もう一つの大事な家に。








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万事屋って、新八と神楽と銀さんの家みたいなもんだよなぁ…と思って書きました。

もちろん銀さんの家は万事屋なんですけど、なんかこう…なんていうんですかね。

『銀さん』の家でもあるけど、『新八と神楽と銀さん』の家でもあるんですよね。

3人の家。家族も同然の3人で過ごす家。

新八には道場があるし、神楽には自分の星の家がある。

でも、万事屋も家なわけです、2人の。

なんか、なんて言えばいいのか分からないです…。

でも、少しでも伝わるものがあれば幸いです。
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