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□常時爪先立ち
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「それで、そんな暗い顔してるんですかィ」
公園のベンチにふんぞりかえって、沖田君が呆れたように言った。
会いに来てみれば、なんてことない、「前借りてた120円返しやす」ってぽんっと掌に小銭置かれて、終わり。
利子は?って聞いたら、ポケットから黄色いラインの入ったおはじきを取り出して小銭の横に置いてくれた。別にいらないけど、帰って神楽にでもやろうと思って受け取っておく。
それから朝の不愉快な出来事をぶちぶち愚痴っていたら、上の沖田君の一言。そりゃ暗い顔にもなんだろ。なんなのあの冷たさ。最近のガキは心ん中絶対零度だね、冷え切ってますね。
改めて掌に鎮座したおはじきを眺める。こんなんで遊ぶ子、最近はいねえだろ。やれテレビゲームだインターネットだァ。なんか寂しいねオイ。古き良き時代の遺物が一つまた一つと消えて行くのはさ。
「沖田君、なんでおはじきなんか持ってんの」
「さっきそこで遊んでたガキにもらいやした」
沖田君が指さす先には砂場。あちこちに山がつくってあるが、沖田君が指さす山には見事にトンネルが通っていた。
「ふーん。あのトンネルってさ、結構作るのむずいよな」
「あー、かなりの確率で、工事中に上がどさって崩れますよね」
「そうそう。あ、あれ、なんかさ、両側から同時に穴掘ってさ、ぎゅうって手握ったこととかない?」
「試みたことはありやすけど、途中で近藤さんが山崩しやした」
「あいつとやったの?見るからに不器用そうじゃん、あのゴリラ」
「遊んでくれる人、近藤さんしかいなかったんで」
「あらま、寂しい子供時代を送ったのね。あ、今も子供か」
からからと笑ってやった。言い返してくるかな、と思ったら、返ってきたのは静かな苦笑。ってか失笑。なんか拍子ぬけ。
「旦那も砂場で遊ぶ時期があったんですねェ。なんか想像できねーや」
と思ったら、こんな憎まれ口叩かれて、ぺしっと隣のミルクティー色の頭を引っぱたいてやった。全く、失礼なことこの上ない。
「俺だってなあ、可愛らしい子供時代ってもんがあったんだよ。砂場っつーかそのへんの地面だけど山作ったり、木登ったり」
まあ、そんなに昔のことじゃないけどね、と付け足すと、沖田君は馬鹿にするようにふんっと鼻で笑った。
むかつくけど、言い返すのがめんどくさくて、わざとらしく盛大に溜息を吐く。
掌の小銭をポケットにしまって、おはじきを親指と人差し指でつまみ上げた。なめらかなガラスの感触と、ざらざらした波型の感触。
なんか懐かしいなあ…なんて物思いにふけりながら、涼しく光るおはじきを太陽にかざした。ビー玉ほどきれいじゃないな、やっぱり。
「おはじきって、一つじゃあなんか物足りませんよね。ビー玉と違って」
ぽつりと、沖田君の口から零れ落ちた呟きが、今俺が考えていたことと重なってちょっとびっくりした。
沖田君は俺の指先にはさまれたおはじきを眩しそうに目を細めて見上げながら、ふっと力が抜けたように笑った。
「なんか、ね。一つじゃあ質素で地味でぱっとしねえけど、これがいくつか集まるとああ、きれいだなってなるんです。ちいせえ頃は金魚鉢いっぱいにおはじき詰め込んで、陽の下に置いて眺めてましたよ」
おはじきってそもそも遊ぶもんじゃねーの、という意見は声になる前に消えた。たしかにおはじきって、遊ぶよりは眺める時間の方が多かった気がする。
「まあ、土方の野郎に出会ってからは、立派な兵器と化しましたが」
ほのぼの発言の直後にさらりとそんなことを言ってのける沖田君に、はは、と乾いた笑いが漏れる。沖田君が視線を外したすきにおはじきをポケットに滑り込ませて、安堵の息を吐いた。
「ってか、これ一番に聞くべきだったんですがね」
白い喉を反らして空を仰ぎ見ながら沖田君が言ったので、ん?と先を促すと、頭をベンチの背もたれに凭せ掛けたまま、沖田君は不気味なくらい抑揚のない声で。
「なんで旦那、そんなに俺のこと怖がってるんですかィ」
さっき愚痴こぼしてたときに、そういうことまで喋っちまったらしい。愚痴零すのに夢中で気付かなかった。坂田銀時、一生の不覚。
「………いや、そりゃ、アレだよ。日頃のね、多串君に対する愛情の裏返しだろうけど暴挙とかね(ここで沖田君に頭をぽかっと殴られた)、新聞の一面を飾るほどの大手柄とかね、なんかそういうの見てたらさ、誰でも怖くなんだろ。なにしろ、サディスティック星の王子様だもん。もう名前聞いただけで背筋が凍るほどの異名だよ、サディスティック星の以下略は」
「旦那もSじゃないですか」
「なーに言ってんの。沖田君はSなんて可愛いもんじゃないからね。ドのつくSだからね。ドSの以下略だよほんと」
意味分かりやせん、と沖田君は可笑しそうに笑うけど、なんかどこか大人びたようなその笑顔に違和感を感じる。
こうやって子供は少しずつ大人になっていくんだろうか。でも、沖田君のその笑みは、なんだか背伸びしたような、大人になろうと無理しているような笑みで。
いつの間にかこれが自然な笑顔になっているのかもしれない。だとしたら、ちょっと哀しい。
沖田君はちっちゃい頃からいろいろ苦労して、今は真選組で大人に囲まれて、一番隊隊長で。自分を大きく見せようと、ずっと背伸びして、それが当たり前になっているのだろう。
もうちょっと、肩の力抜いて、こう、ふにゃっとさ。子供らしくすりゃあいいのにね、とは思うけど、余計な御世話だろうから言わないでおく。
そのかわりに、おはじきが入ったポケットを、そっと掌で押さえた。
「まあ、沖田君はなんだかんだでいい子だよ。ちょっと、ってか、かなりひねくれてるけどね」
これで話は終わり、っていう風にぱんぱんっと膝を叩いてそう言って、俺はよっこらせ、と立ちあがった。
「よーし、そんじゃあ、これから大人な銀さんが子供の沖田君に何かおいしい物を奢ってあげよう。何がいい?」
肩越しに振り返って訊ねると、沖田君はぱちぱちと目を瞬いて、それから目を伏せ顎に手を当てて考える素振りを見せる。そのあたりで、金額制限かけりゃあよかったかな、とちょっと後悔し始めるが、そこはやっぱり大人だから、口出しはしない。
顔を上げた沖田君は、にやりと意地悪げに笑っていた。瞬間、背筋をさあっと嫌な緊張が走り抜ける。
「旦那ぁ」
「……はい」
「俺、団子食いたいです」
「団子?」
沖田君のことだから、何かもっと高いもんを要求してくると思っていたのに、沖田君はあっさりと団子が食べたいと言った。ぽかんとしている俺の顔を見て、面白がるようにくすくす笑う。
「旦那、貧乏だから。そんな高いもん奢れないでしょ?なんなら俺が奢ってもいいんですけど、大人な旦那が子供の俺に奢ってくれるってんだから、俺がでしゃばるのは失礼ですよね」
「え?いや、俺は別にそんなん思わないけどね。奢ってくれるってんなら有難く御馳走になるけどね」
「いえいえ、旦那は大人ですから」
「大人関係ある?」
「上のもんが下のもんに奢るのは常識でさァ」
いまだ嫌なにやにや笑いを顔に貼り付けている沖田君に、どうしようもなくむかっ腹が立つ。でも、ここまで言われちゃあしょうがない。奢ってやろうじゃないか。
「んじゃ、俺の行きつけの団子屋に行こう。あそこ安くて美味いんだよ」
「へーい」
間延びした返事が背後で上がる。よっこらせ、と声を上げてベンチから立ち上がるとこがなんかオッサンくさい。あ、俺もさっき言ったわ、よっこらせ。
ゆっくり歩き始めると、今日は暑ィなあ、とぼやきながら沖田君が俺の隣に並んだ。ちらっと砂場に目をやれば、陽に照らされて乾ききった白い砂。トンネルが通った砂山。
今度砂場で山にトンネル掘るか、って言ったら、俺旦那と違ってそんなに暇じゃないです、とつれない返事。
あーあ、と腕を空に向かってうーんと伸ばして天を仰いだ。
そのすきに脇腹をこちょこちょっとくすぐられて、思わずあひゃあっ、と変な悲鳴が上がる。
「あひゃあっ、だって。ぷくくくく」
「てめっ、この大根役者!笑うならもっと心こめて笑いやがれ!」
「あひゃあっ」
「殺すぞクソガキッ!!」
頭めがけて振り下ろした拳は空しく空を切る。沖田君は俺の恥ずかしい悲鳴を彼特有の抑揚の無い声で繰り返しながら、すたこらさっさと逃げていく。何あのスピード、ありえねえ。
罵声を浴びせてやると、沖田君はくるりと振り返った。
陽だまりの中、ミルクティー色の髪がさらりと揺れる。
にかっと笑ったその顔に、幼い少年の面影を見た。
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秋羅へ、22000キリリク小説でした。
何が言いたいのかさっぱりですね(汗
無駄に長いし……!!
あー、こんなんでいいんだろうか…!!
書き直し受け付けます、当然ですね(汗
もし「これでいいぜ!」という場合は受け取ってください。
沖田と銀さんという素敵なリクエストありがとうございました!
(2009.5.17 緋名子)