(short)

□チルドレン
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沖田は現在、近藤と一緒に見回り中である。どうやら土方の差し金らしい。一体なんのつもりだ、と沖田は面白くない。近藤と見回りできるのは嬉しいが、土方のさり気ない気遣いだと思うと気持ち悪かった。


そんな沖田の微妙な顔を見て、近藤はどうやら勘違いをしたらしい。沖田の肩にぽん、と大きな手を乗せ、気にするな、というように数回叩いた。


「総悟、昨日はほんとによくやった。ご苦労だったな」


労いの言葉までかけてくる。沖田は不機嫌そうに下唇を出し、それを見て近藤は目に見えてあわあわとした。普段ならそんな近藤を微笑ましく思うのだが、今日はやけに癇に障る。しかし、近藤を心配させていることも重々承知しているので、沖田は顔の強張りを解いて、近藤に笑いかけた。


「近藤さん、俺ァ別になんとも思ってないんで大丈夫ですぜ」


近藤は沖田の顔をじっと眺めた後、何かを言おうとして口を開きかけ、結局何も言わずに閉じた。そして、ふいと視線を逸らしてしまう。その横顔は、困っているようにも、怒っているようにも見えて、沖田はあれ、と首を傾げた。近藤がなぜそんな表情をするのか、理由が分からない。てっきり、すまなさそうな顔をして総悟はえらいな、と優しい言葉をかけてくれるものとばかり思っていたのに。


沖田は近藤との見回りが好きで、近藤との見回りの最中はサボりたいなんてちっとも思わないのだが、今日はなんだか逃げ出したい気分だった。ニコニコと優しい顔で笑う近藤との見回りだから好きなのであって、明らかにむすっとした機嫌の悪い近藤と一緒にいるのは、気詰まりだ。さらに、近藤は滅多なことでは怒らないので、そんな近藤を怒らせてしまったのだと思うと、余計居心地が悪い。今の近藤は、怒っているというよりも、若干拗ねているようにも見えなくないのだが、どちらにせよ、今、近藤は、機嫌が悪い。それは純然たる事実であり、近藤が沖田に対して怒っているということも、また疑いようのない事実だった。


近藤は喋らない。相変わらず大股でのっしのっしと歩くため、沖田は早足にならなければならなかった。いつもはそんな沖田の様子に気付くと、眉尻を下げた人のよさそうな笑顔ですまんすまんと謝り、歩調を緩めてくれるのだが、今日の近藤は、沖田には見向きもしない。しかし、いつもよりは歩き方がゆっくりだ、と沖田には分かった。そこに近藤の優しさを垣間見て、それで沖田は勇気づいた。


「近藤さん、なんで怒ってるんですかィ。俺なんかしましたかィ」


窺うようにおそるおそる、沖田は問うた。近藤の顔がさらに渋くなるのを見て、心が折れそうになる。しかし沖田を見下ろした近藤の目は、優しかった。


「お前はさあ」


近藤の声は穏やかだった。


「お前はさあ、優しい子だからさあ。昨夜の男のこと知って、ちょっと罪の意識感じちゃうだろうなあっていうのはさ、俺は分かってたわけ」


沖田は決まりが悪くなり、俯いてしまう。


「……俺は別に」


「いいのいいの、嘘つかなくて。お前は昔っからそういう子だったから。今更どうのこうの言うつもりはねえよ。俺も、トシも」


沖田は、今朝の土方の様子を思い出した。「てめえ、何をそんなに気にかけてる」と、土方は言った。あの時の土方の顔は、どんなんだったろうか。怒ってはいなかったように、思う。ただ、機嫌が良さそうでもなかった。感情を押し殺したような、無表情ではなかったろうか。


「トシは仕事に厳しい奴だから、斬った相手に同情するなんてこたァしねえけど。だからって、総悟がそうすることを怒ったりはしねえよ。何年も一緒にいるんだから、総悟がどういう人間かってことは、ちゃんと分かってる。感情に流されて、馬鹿な真似しねえってことも、ちゃんと分かってる」


信頼してるんだよ、と近藤は言った。深くて温かみのある声だ、と沖田は思った。体の力が抜けて行く。自然と、肩を落とした格好になった。


「…俺は、もしあの場で男の境遇について知っても、ちゃんと斬ってやしたよ」


「うん、分かってる」


近藤は、にかっと笑った。


「お前は、強い子だもんな」


大きな手で、沖田の頭をよしよしとなでる。沖田は人の目が気になって、やめてくだせえよ、と近藤の手を振り払う。近藤は冷てえなあ、と大袈裟に悲しんでみせる。


「昔は喜んでくれたのに」


「昔の話でさ。俺はもう18歳ですぜ。子供じゃないんです」


「まだまだ子供だろー、18歳なんてさあ」


「少なくとも、子供なんて言ってられる年ではねえですよね。いい加減大人にならなきゃいけねえ年でさ。子供だって甘ったれるのは卒業する年でさ」


「……お前ってほんとしっかりしてるよね」


山崎にも言われたな、それ。沖田は、自分ではしっかりしているだなんて思ったことは一度もないのだが、世間的に見ると、自分は『しっかりしている』人間らしい。やはり、どこが?と思うのだが、きっと何を言われても自分は納得しないだろうなと思ったから、理由は聞かなかった。現に、朝山崎に聞いた話も、いまいちしっくりこなかったのだから。しかしあれは山崎の本心なのだろうな、ということだけは分かった。妙に照れ臭くて、冷たくあしらってしまったけれど。それを今では、少し悔いていた。もう少し何か礼的なものを言っておけばよかった。ただ、あれは自分らしい対応だったな、とも思っている。あれでいいんじゃないかな、うん、いいと思う。


近藤はまだぐちぐちと嫌味めいたことを言っているが、沖田はへい、とかすんません、と軽く相槌をうちながら、聞き流していた。聞いてんのか?と言われれば、聞いてやす。それで近藤はあっさり信じてしまうので、つくづくこの人は人を疑うことをしらねえよな、と呆れてしまう。しかしそんな近藤が沖田は好きだった。


今日も江戸は平和だった。行き交う人々は皆優しい顔で、往来は活気にあふれていて。今日も無事一日が終わればいいなあ、と。生温い感情にひたりつつ、ぼんやりとそう思った瞬間、沖田はあ、と声をあげて、立ち止まった。不審に思った近藤が、どうした?と訝しげに振り返る。しかし沖田はある一点を見つめたまま、近藤には目もくれず、立ち尽くしていた。


人混みの向こう側に、見知った顔があった。


しかし、それはもう、今はこの世にいないはずの人間の顔だった。


すっきりとした涼しげな目元。すっと通った鼻筋。美形というほどではないが、まるで作り物みたいに、整った顔。


しかしその顔は、沖田の知っているものとは少し違う点もあった。それは子供のようなあどけなさの残る、顔だった。沖田の知っているその顔の持ち主は、完全に大人で。今沖田が見ている人間は、幼い子供で。別人なのだ。しかし、赤の他人というわけではないだろう。なんせ、似すぎている。


あいつの子供だ。


瞬間的に、そう悟った。







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