(short)

□スパイラル
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「やるじゃん、お前も」


少年に風船を渡し、部屋に戻ってテレビを眺めながら。沖田さんが、思い出したようにぽつりと言った。ドラマの間の、CM中だ。


「はあ、ありがとうございます。……ただ、一つ言わせてもらうならば」


「言うなよ」


「……はい」


なんだいなんだい、俺が活躍したからって、妬んじゃってさ。あんたいっつも目立ってるんだからいいじゃんか!少しは俺にも花持たせてくれよ!


無言で、ちゃぶ台に肘を突いてテレビを見ている沖田さんの背中を睨みつける。労いの言葉は嬉しい。けど、せめて部屋に戻る前に言ってほしかった。少年を見送った後に、肩でも叩きながら言ってほしかった。ドラマのCM中に、「あ、そういや今思い出したけどさ」みたいな感じで言わないでほしかった。これって俺のわがままかな?


「お前さあ、やっぱ監察やってるだけあって、身軽だな」


「ありがとうございます」


「なんかこそこそしてて、泥棒みてえだった」


「ありがとうございます」


沖田さんが、ようやくこちらを向いた。片眉をあげた、不思議そうな顔。


「何怒ってんでィ?」


「怒ってませんよ、別に」


「あっそ」


「……あ、あれ、終わり?」


再び前を向いてしまった沖田さんに、慌ててツッコむと、めんどくさそうに振り返った。うざそうな、蔑むような目をして、言う。


「……俺は、お前の数少ないいいとこを探して、こうして報告してやってんのに」


「はい、すんません」


「お前は贅沢だ」


「はい」


「さっきのガキは、風船であんな幸せそうな顔してたんだぞ。お前も見習え」


「精進します」


「よし」


嘘みたいに整った、きれいな顔でふわりと笑って。


「そーゆー前向きなとこ、お前のいいとこだと思うぜ」


「お、沖田さん…!」


感動のあまり潤んだ目を見開いて、思わず抱きつこうと両手を広げたところで、CMが終わった。あ、始まった、とテレビに向き直った沖田さん。両手を広げた俺、完全放置。冷静になった頭で考えると、沖田さんに抱きつくとか…うわー、寒ィ……つか殺されそう、ということに気付き、ナイスタイミングで始まってくれたドラマに心の底から感謝した。


風船を渡したときの、少年の笑顔を思い出す。風船であんな幸せそうに笑えるなんて、子供って単純、というか、いいな。羨ましい。悩みとかあんのかな。あるか、そりゃ。今では笑っちゃうようなことで、子供のときは悩んでた気がする。どうしても苦手で食べれない物のこととか、なかなか背が伸びないこととか。今思えば笑えるけど、その頃の俺はいたって真剣で。ということは、今の俺の悩みも、未来の俺は笑い飛ばすんだろうか。過去の俺、こんなことで悩んでたなあ、馬鹿だなあ、って。


そこに考えが至った途端、なんだか馬鹿馬鹿しくなった。たしかに俺の毎日は地味で、特に大きな何かがあるわけでもなく、淡々と過ぎていっている。鬼畜な上司に理不尽な暴力をふるわれたりして、さんざんな思いをすることもある。でも、それなりに平穏で、それなりにスリルのある俺の毎日は、まあまあ充実してるんじゃないだろうか。人並みに楽しい思い出もあるし、いい仲間にも恵まれている……と思う。これ以上のものを望むなんて、沖田さんの言うとおり、贅沢だ。そうだ、何考えてんだ俺。何事もなく毎日が過ぎてるって、考えてみればすっげえ有り難いことじゃん。怪我とか病気とかしたら、それこそお先真っ暗だし。


年をとればとるほど、感情って複雑になっていくし、色んなことに心を煩わされて、求めるものも大きくなっていくから、幸せのあり方も変わっていく。余計なものに目が眩んで、ほんとに大事なものを見失ってしまいがちになる。


地位とか、名誉とか、そういうのに憧れる気持ちはあるし、劣等感もある。でも、人は人、俺は俺。俺だって、人を助けたり、笑わせたりすることはできる。それで十分じゃん。


「沖田さん」


「ん?」


「俺、今の自分、結構好きになりました」


こちらを振り向いた沖田さんは、浮浪者を見るような目も、ゴミを見るような目もしていなかった。無表情だけど、その目はなんだか優しい色をしていて。わざとらしく口をへの字にして、「ナルシかよ」と吐き捨てた沖田さんに、苦笑。


ほんとに、俺っていい上司に恵まれたな。









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秋から書き始めて、書き終わったのが冬です。

なぜか異様に時間がかかりました。

山崎と一緒に、私もぐるぐる悩みながら書きました。

山崎はもっと暢気な人だと思います。褒め言葉です。



(2010.12.5 緋名子)
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