(short)

□chain
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道すがら、コンビニでお菓子を買い、学校に着いた頃には、二時をとうに過ぎていた。目出し帽を被った、見た目は完全に不審者の沖田さんと一緒に、3Zの教室を目指す。休日の学校は、普段の喧騒が嘘のように、静まり返っている。私服で廊下を歩くなんて、変な感じだ。隣を歩く沖田さんがあくまで平然としているので、背徳感はあまり無い。それより、先生に見つかる恐怖の方が大きかった。特に、松平先生とは絶対に遭遇したくない。撃たれることこそ無いにしろ、組み伏せられて、ボコボコにされる可能性は大いにある。怪しい目出し帽の男は、先生の闘争本能を刺激すること間違い無しだろうし。


見つかるのは怖いけど、あまりに静かすぎて気まずいので、小さな声で話しかけてみた。


「沖田さん、俺思うんですけど、それ被ってたら、よけい目立つんじゃないですかね」


すると沖田さんが、真っ直ぐ前を向いたまま、「それはいいんだよ、別に」と顎を引いたので、俺は戸惑いを隠せない。さっきと言ってることが違うじゃないか。それは沖田さんも分かっているらしく、「公園で言ったのは冗談な」と笑った。


「こんなん被ってて目立たねえわけねえし。現に、公園にこれ被って入ってった時、キスする寸前だったカップルが、ぎょっとしてこっち見たからな。それで、通報されるんじゃねえかって焦ったから、急いでお前んとこ行って、正体明かしたんだけど。ほんとはもうちょっとお前驚かしたかったんだよなあ。あん時のお前の顔、マジで傑作。笑いそうになった」


「ほんと、とことんドSですよね、沖田さんって……。てか、なんで嘘ついたんですか?理由があったんですよね?」


「おー、着いた着いた」


沖田さんの声に、前を見れば、3Zのプレートが目に入った。そこからの沖田さんの行動は、素早かった。目出し帽を被ったまま、さっとドアに駆け寄ると、壊さんばかりの勢いで開きざま、「手を挙げろっ!」と叫んだ。なるほど、これがしたかったのか、と納得すると同時に、教室内で悲鳴が上がった。悲鳴に混じって、落ち着けお前ら、と怒鳴る声が聞こえる。土方さんだ。たしかに、ここで騒いだら、先生に見つかってしまうかもしれない。なんとかしなきゃと思って、慌てて教室に駆け込むと、目の前に広がったのはコントのような光景だった。


目の前には、黒い目出し帽を被った沖田さんの背中。その手には、黒い拳銃が握られていて、その銃口は、教室の隅で固まっているみんなに向けられていた。一番前には近藤さんがいて、みんなを守るように両手を広げているけれど、その顔は恐怖に引き攣っている。咄嗟に、みんなから見えないように首を縮めた。そのまま、教室を出て、壁に背中をはりつける。それから、ゆっくり首を伸ばして、中の様子を窺った。幸い、みんなは俺の存在に気付いていないようだ。サンキュー俺の影の薄さ。


沖田さんは、銃口を近藤さんの心臓の辺りに真っ直ぐ向けたまま、片手をジャケットのポケットに突っ込んだ。体重を片足に乗せた、ひどくだるそうな立ち方だ。人を殺すことに何のためらいも、感慨も無い、ただただ暇潰しに殺人を繰り返す、凶悪な殺人犯のような佇まいに、沖田さんと分かっていながらも、恐怖を感じずにはいられない。あの人ほんと、何でもそつなくこなすよね。演技派だなあ。って、いやいや、感心してる場合じゃないよ。一体沖田さんは、何がしたいんだろう?こんな、迫真の演技を繰り広げてまで。


カチャッという音に、はっと我に返る。今のは、銃の安全装置を外した音だ。ゆらり、動いた腕。白くて細い指が、引き金を引くのが見えた。


「死ね土方」


パアンッと響いた銃声。パアンッというか、パンッだ。何かがはじけたような、可愛らしい音が、教室の空気を切り裂いた。続いて、呻き声。腿を押さえて蹲ったのは、沖田さんの宣言通り、いや、あれを宣言というのかは分からないけれど、その通り、土方さんだった。近藤さんに当てないように、その真後ろにいた土方さんを狙うなんて、さすが沖田さんだ。まるでスナイパーだ。土方さんは、痛そうに顔を歪めている。さっきの音からして、撃ったのはビービー弾だと思われるが、あの距離で撃たれたら、いくらビービー弾といえど、痛いだろう。


「次は心臓を狙うぜ」


再び沖田さんが銃を構えたその時、俺は突然背後から肩を叩かれて、飛び上がるほど驚いた。悲鳴をあげなかったのは、奇跡と言っていいと思う。


「山崎ィ、お前ら、騒ぎすぎだっつの。何やってんだよ。つーか銃声聞こえたんだけど」


「ぎ、銀八先生」


「あ、その手に持ってるの、約束のケーキ?もらっていい?」


「あ、はい、どうぞ」


「わーい」


気だるげな声で歓声のようなものをあげて、俺の手から紙袋を受け取ると、先生は教室の中を覗き込んだ。そこで、見るからに怪しい目出し帽男を見つけても、その生気のない横顔に変化は表れない。不思議に思っていると、相変わらずのゆるい声音で、先生は言った。


「おい沖田、お前何やってんの」


名前を呼ばれて、沖田さんは慌てる様子もなく、ゆっくりした動作で目出し帽を脱ぎ去ると、両手を挙げて、体ごとこちらを向いた。その顔は、楽しげに微笑んでいた。


「ああ、先生ですかィ。いやね、せっかくの機会なんで、今まで積もりに積もった恨みつらみを晴らそうかと思いやして」


「それは別にいいけど、もうちっと静かにしてくんねえかな。結構その音響くんだよ。他の教師にバレたらめんどいし、俺の給料も危ねえからよ、もっと静かな方法で頼むわ」


「頼むなよ!止めろよ!つーか総悟てめえ、遅れたくせにいきなり何してくれてんだ!まずは遅れてごめんなさいだろーが!」


「恨まれるようなことするあんたが悪いでしょ。謝ってほしいのはこっちでさァ」


「開き直るな!」


まあ、こっからは、お決まりの展開で。沖田さんと土方さんが喧嘩を始めて、仲裁に入った近藤さんも巻き込まれて。その間に、さっさとパーティーの準備を整えていく新八君を、俺とチャイナさんで手伝って。銀八先生は、俺達がはめ外さないように見張っとく、とか言いながら、教室に居座ってケーキ食べ始めちゃうし。そんな感じで、ぐだぐだに始まったパーティーは、終始ぐだぐだで、結局いつも遊んでるのと変わらなかった。クリスマス感なんか、欠片もない。金銭的な問題で、クリスマスケーキも無かったし。プレゼントも無いし。適当に、お菓子食べて、ジュース飲んで、くだらない話して。そんで、終了。なんじゃそら。








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