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□よくある話。
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いつもは白いご飯(家計が相当苦しい時は豆腐四分の一丁)と質素なおかず(家計が相当苦しい時はかまぼこ)しか並ばない万事屋の食卓に、今日はつやつやしたブドウがこれでもかというくらい並んでいた。
もちろん今日も、仕事は無かった。万事屋の家計は火の車。ここ最近のご飯は、お茶碗一杯のお米と沢庵三枚だけという、最低最悪の状態。
なのに、お店で買えば相当の値がつくだろう立派なブドウが、きらきらと宝石のように輝きながら万事屋の机を彩っているのだ。常識で考えて、ありえない。
しかし事実、机の上にブドウは並んでいるし、もちろん本物だ。さっきみんなで味見(神楽ちゃんは一房ぺろりと平らげた)したし、その味はしっかり舌が覚えている。
では、何故この貧乏極まりない今の万事屋に、立派なブドウが溢れているのか。
それは…………ブドウ狩りにいったから。
あまりにも単純明快な、そしてなんの面白味も無い答えだけど、ここで嘘言ったってしょうがないから、事実をそのまま伝えさせていただきます。
で、そのブドウ狩り。
お登勢さんのお友達の、ナントカっていうおじさんが果樹園をやっているということで、お登勢さんのついでに僕達も招いてくださった(ってか、半分強制的に僕達が押し掛けたようなもんだ)のだ。
で、取った分は持って帰っていいぞ!っておじさんが豪気に言うもんだから、銀さんと神楽ちゃんがむちゃくちゃ張り切っちゃって。申し訳ないと思いつつ、でもやっぱり家計が苦しいから、僕もしっかり手伝った。
最終的に、いい加減にしろとお登勢さんに怒られちゃって、それでブドウ狩りは終了したんだけども。帰る時おじさん涙目だったな。もう絶対呼んでもらえないよ。
まあ、そんなこんなで、僕達は大量のブドウをゲットしたのだった。
「まあさ、しょうがなくね?俺等あのままじゃ飢え死にしてたし。生きるためには、心を鬼にしなきゃいけないこともあるんだよ。あのおじさんも、俺達の命を繋ぐブドウを提供できて喜んでたじゃん。涙ぐんでたじゃん」
「いや、あれ嬉し涙じゃないですから。正真正銘の絶望涙ですから」
「絶望涙って何よ」
「そのまんまです」
いつものように、三人で食卓を囲んで。
甘くておいしいブドウを食べながら、他愛も無い話をうだうだと。
「新八ぃ、もうおっさんはいいから早くそっちの緑のブドウ食べようヨ。目の前にあるのに食べれないなんて、なんか、待てって言われた犬のような気分アル」
「いや、その話やめて。待てはやめて。色々思い出すから。背後にすごい視線を感じるから。なんか幻聴聞こえてくるから」
「なんでそんな必死なんですか。大丈夫ですか」
「大丈夫じゃねーよ。もうなんか、トラウマがね、やばい。トラとウマが壮絶なバトルを繰り広げてんだけど。どーしよこれ」
「いやほんと、大丈夫ですか。なんかもう、ほんと、大丈夫ですか」
「新八ぃ、緑のやつー」
「あー、はいはい、ちょっと待ってね」
机のはしっこに置いてあったマスカットを渡してあげると、神楽ちゃんはめいっぱいの笑顔でそれを受け取った。
その笑顔に癒されつつ、ブドウに手を伸ばすと、ふいに銀さんがぽつりと。
「そういえば神楽、お前さっきから全然ブドウの皮吐き出してねぇよな?」
「うん。全部食べてるアル」
「おいおい、皮くらい出せや。それは食べるもんじゃねえんだよ」
「でも食べれるアル。たぶん何らかの形で私の身体の素になってるネ」
「皮って栄養あんのか?なあ新八」
「さあ…どうなんでしょうね?考えたことなかったです」
「お腹が満たされるアル。それで充分ヨ」
「お前、腹が満たされるからっていう理由で変なモン食ったりすんなよ?食えるモンでも、毒あったりするんだから」
「分かったアル」
マスカットは皮がむきにくい。さっきから神楽ちゃんはずっと皮と格闘している。
そろそろくるかな、と思っていたら、ほんとにきた。
「新八、むいて」
はいはい、と苦笑まじりの返事をして、潰れかけたマスカットの皮をむいてあげる。マスカットのいい香りがふわんと鼻をくすぐって、三人そろって思わず感嘆の声をあげた。
むき終えた緑の粒を渡してあげると、神楽ちゃんは関髪入れずに口の中に放り込んだ。がりっと硬質な音がして、神楽ちゃんの眉間に皺が寄る。
「何アルか。こいつ種があるアル。さっきのには無かったヨ」
「さっきのはピオーネ。ピオーネには種が無いんだよ」
「ふーん」
ぺっと種を吐き出して、改めて果実を噛みしめる。途端に、神楽ちゃんの眉間から嘘みたいに皺が消えて、ただでさえ大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
「うぉぉ、これうまいアル!緑のくせに!」
「神楽ちゃん、緑だからまだ熟してないってわけじゃないからね」
「マジでか。これが完成体アルか。なんか弱々しいアルな。やっぱ紫の方がかっけーアル」
「じゃあお前は延々と紫のやつ食ってろ。俺がそっち食べるから」
「うん。でももう一粒だけ食べてもいい?」
「好きなだけ食えよ。まだまだあるんだから」
銀さんの言うとおり、机の上にはまだまだブドウがたくさん乗っかっている。まあ、数なんてあんまり意味は無いんだけどね。神楽ちゃんのお腹に限界は無い。
「私だけ食べるのも悪いアル。銀ちゃんと新八もたんとお食べ」
「お母さんかよ」
「お母さんは新八アル。銀ちゃんはダメ亭主。私は女王様」
「ダメ亭主ってなんだコラ。しっかりして頼りになる、一家の立派な大黒柱だろーが。つーか、なんで家族構成の話で女王様が出るんだよ。おかしくね?」
「おかしくねぇ」
「そんな口のきき方しちゃだめだよ神楽ちゃん」
「んだヨ新八、お母さん面するんじゃねえヨ」
「いや、さっき神楽ちゃん僕のことお母さんって言ったじゃん!」
「新八、お前はどれだけ頑張ってもお母さんにはなれないアルヨ。男だもん」
「別に僕お母さんになりたいとか言ってないしね。ってかもうめんどくさいからどうでもいいや。ブドウ食べよ、ブドウ」
「新八、なんだっけ、それ…えっと…ピ…ピオ…ピエール。ピエール取って」
「ピオーネね。はい、どうぞ。…あ、銀さんちょっと!さっきからなんか喋ってないと思ったら、あんた何ブドウに生クリーム絞ってんの!?」
「いや、うまいかな?と思って」
「いやいや、何してんですか!それどっから持ってきたの?」
「ふっふっふ、それは言えないなぁ」
「言えないじゃねーだろ!家計苦しいって言ってんのにあんた何してんすか!?」
「細かいこと気にすんなよ」
「細かくねぇよ!!もうほんっと、あんたって人は…」
「銀ちゃん、生クリームプリーズ」
「ん、ほれ」
「ちょ、神楽ちゃんまで!あーもーほんと、あんた等といると疲れるわ!銀さん、僕にも生クリーム!」
にやりと笑った銀さんの顔に心底腹が立ったけれど、見てないことにして。
よくある話だ。
みんなでブドウを食べて、ぺちゃくちゃ話して。
怒って、笑って、うんざりして。
よくある話だ。
よくある話、だけど。
どこかこう、普通とはズレた、ちょっと変な人達と過ごす毎日は、よくあるようで、実は特別。
万事屋でしか味わうことのできない、賑やかでたしかな幸福感に満ちた毎日が、自分で思っている以上に僕は気に入っているのだと。
よくある話。
(でも、それはほんのちょっぴり特別な)
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10000Hit御礼小説最後の一本です!
最後がこれってどうなの!?
完成度低いよ!低すぎて泣けてくる!
何気ない日常を書くと、どうしてもこんな感じになる。
読者様が飽きないような話を書けるようになりたいです。
(2009.4.25 緋名子)