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□思いよ届け
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「お妙さん…これは…チョコですか?」


「卵焼きです」


笑顔できっぱりと言い切った妙に、近藤は弱った顔をした。箱の中でなぞの煙を発生させている黒い物体を、改めて眺める。見た目はいつもの卵焼きと変わらないが、決定的に違うところが二つ三つあった。


「でも、カカオっぽい匂いがするんですけど…」


「隠し味にちょっとだけチョコを入れてみたんです」


「いやでもなんか見た目カッチカチだし…」


「あら、チョコを入れ過ぎたのかしら」


けろりとした顔でそう言う妙は、嘘をついているようには見えず、それが余計近藤を混乱させる。


今日は2月14日。バレンタインデーというやつである。妙との距離がいい感じに縮まりつつあった近藤は、何日も前からこの日を楽しみにしていたのだ。


そしていつもよりも早く起きて、髪型やら服装やらをばっちり整え、そわそわしながら妙の来るのを待っていると、本当にやって来た。待ち焦がれていた、愛する人が。白いその手に赤い箱を持って。


周りでひゅーひゅーと囃したてる隊士達を「やめろよお前ら」と緩みまくった顔で追い払いつつ、平然としている妙を自室に招き入れ、今に至るのだが。


可愛らしくラッピングされた、箱の中でとろけるような甘い香りをさせている物体を、妙はチョコだと認めようとしないのだ。これには近藤も完全に困ってしまった。なぜ妙がここまで頑なに嘘をつき続けるのか皆目見当つかないのだ。


ちらりと目の前の愛しい人を見る。彼女ははっとするような微笑を浮かべたまま、近藤を見つめていた。普段ならうっとり見とれてしまうところだが、今はその笑顔が仮面のように思えてならない。そんな風に笑うくらいなら、いつものように怒ってくれた方がまだマシだ、と近藤は思った。


「お妙さん、今日って何の日ですっけ?」


「バレンタインデーでしょう」


「じゃあ、この箱の中身はやっぱりチョコ…」


「卵焼きです」


「なんでわざわざバレンタインデーに卵焼きを持ってきてくれたんですか」


「昨日作りすぎちゃって」


俺のために作ったんじゃないのォォォォォ!!??と叫びたいのを鋼の精神で堪えつつ、近藤は呻き声を漏らした。卵焼きでもいい、妙からもらえるならば。だがそれが昨日作った残りとは…いくらポジティブシンキングの塊のような近藤でも、これにはさすがに心が折れそうになる。


だって俺すげえ前から楽しみにしてたんだよ!?お妙さんの手作りチョコ!!


うがあああああと心の中で頭を掻き毟る近藤。そんな近藤を知ってか知らずか、妙はよっこいしょと立ち上がって、こんなことを言った。


「さて、近藤さんに卵焼きを渡したことだし、次は万事屋に行ってチョコを配らなきゃ」


「うえぇぇぇぇぇぇぇ!!??」


これはさすがに聞き捨てならず、近藤は悲痛な声をあげてがたっと立ち上がった。


「そ、それはナイでしょうお妙さん!俺は昨日の残り物で、万事屋に奴らにはチョコって!」


「だって銀さん甘い物好きなんですもの」


「ぎ………っ!」


口をぱくぱくさせて目を見開く近藤に、妙は可愛らしい笑顔を向けた。ふんわり桜色に染まった頬は、まさに恋する少女のそれで。


「じゃあ、銀さんが待ってるので私はこれで失礼します」


そそそ、と近藤の脇を通り過ぎ、部屋を出ていこうとする妙の腕を、慌てて掴んだ。困惑やら嫉妬やら焦りやらでパニック状態だ。痛いです、と妙が言う。だが放すことなどできるはずもない。近藤はこちらを振り向いてくれない妙に焦れつつ、しかし少しだけ手の力を緩めた。


「お妙さん……」


半泣きの、潰れたような声が出たが、仕方のないことだろう。妙と自分は両想いだと思っていたのに、それが勘違いで、しかも妙の想い人があの気に食わない万事屋の銀時とは。あんな白髪天パに負けたとは。そりゃ泣きたくもなるってもんだ。情けない声だって出る。


すがるような気持ちできゅっと華奢な腕を握りしめると、妙の肩が小さく震えた。続いて、思わず、といったように漏れた笑い声。


「え?」


ぱちぱちと目を瞬いた近藤。ようやく振り向いてくれた妙は、笑いを堪えるように下唇を噛んで近藤の顔を見上げた。


「本当にあなたって人は……」


「え?え?」


「ほんっとに馬鹿ですね。銀さんへあげるのは義理に決まってるでしょう」


「マ、マジっすか」


「マジです」


なんだそれ…妙の腕を握る手を放し、近藤は両手で顔を覆った。うろたえていた自分が恥ずかしくてたまらない。


「あれでも一応新ちゃんの上司ですし、何気にお世話になったりしてますし。それに万事屋にいるのは、何も銀さんだけじゃないでしょう。神楽ちゃんだっているし、新ちゃんもいるんですから」


「そうですよね…」


「嫉妬しました?」


からかうような妙の口調に、近藤はくぐもった声で「当然です」と返す。きっと自分の顔は真っ赤になっているに違いない。いつまでも顔から両手を放さない近藤に焦れて、妙は近藤のたくましい腕を掴んで、顔からはがそうと引っ張った。


「ちょ、やめてくださいお妙さん!」


「いつまでそうやって乙女のように恥じらっているつもりですか!気持ち悪いんですよ!」


「だ、だって!こんな顔赤いのにかっこ悪い……」


「いいから!」


「よくないですっ!つーか、痛い!痛いお妙さん!腕もげる!」


ひとしきりぎゃあぎゃあやった後、ようやく顔から両手を放した近藤の頬は、照れのせいか疲れのせいか、ほんの少し赤かった。


「…ひどいですよお妙さん」


「ひどくないです」


「ひどいですよ。俺のことからかって面白がって」


結局俺にはチョコ無いし…と拗ねたように唇を尖らせる近藤。だが妙はぽかんとして目を瞬くと、「あれ、チョコなんですけど」と近藤の背後を指差した。


「え!?」


妙の指さす先には赤い箱。妙が卵焼きだと言い張った黒い物体は、相変わらず謎の煙をあげている。


「え、でもあれ卵焼きって…」


「なわけないでしょう。どっからどう見てもチョコでしょう」


「いやそうなんですけど…お妙さんが卵焼きって…」


「あなた、私の言うことはなんでも信じるんですか」


「信じますよ!」


胸を張って言い切った近藤に、妙はやれやれと溜息をつく。その想いがときに重すぎるということに、目の前の馬鹿で真っ直ぐな男は気付いていないのだ。


「あのね、近藤さん」


「はい!」


「うざいです」


「はっ……えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


「うるさいです」


「だ、だって!恋人にうざいなんて!」


「ちょっと、いつから恋人になったんですか、私たち」


「え?いつって、あの手繋いだ時から」


「手繋いだだけでしょう。別に付き合うなんて言ってないじゃないですか」


言われてみればその通りだった。硬直した近藤に、妙は冷たい視線を向ける。この勘違い野郎が、とその目が言っていた。


「で、でも!じゃあお妙さんは、好きでもない野郎と手繋ぐんですか!」


「そりゃあ繋ぐ事もあるでしょうよ。なんなら土方さんと手繋いでご覧にいれましょうか」


「嫌!それは嫌です!つーかダメです!」


「恋人ヅラするんじゃねーよこのゴリラが」


ちっと舌打ちして、妙は身を翻した。さっきまでの素直で可愛らしい妙はどこへ行ったのか。呆然とする近藤を置いて、妙はさっさと部屋を出て行ってしまう。しかし再び戻って来て、ひょこっと顔だけのぞかせると、冷たい声で言った。


「ちなみにそのチョコ、義理ですから」


いや…わざわざ戻って来て言わなくてもよくね?ブロークンハートにさらに打撃を加え、妙は今度こそ本当に去って行った。さようなら姐さん!と隊士達が挨拶しているのが聞こえる。


「おう、近藤さん。どうだった」


にやにやしながら部屋に入って来た土方は、机の上の劇物を見てうおっと顔を強張らせた。


「こりゃまた…えらいモン作ったなあいつ」


でもまあ良かったじゃねえか、と近藤の肩を叩く。だが近藤が浮かない顔をしているのを見て、すっと眉根を寄せた。


「どうした?なんかこの世の終わりって顔してるぜ」


「……俺、やっぱお妙さんに嫌われてるみたい」


「はあ?」


訝しげに目を細める土方を置いて、近藤は静かに部屋を出て行った。負のオーラがにじみ出るその背中を見送って、土方は首を傾げつつ再びチョコレート的な物体に目を向ける。そこで、発見した。箱の下からほんの僅かにのぞく、クリーム色のメッセージカードを。


それを取り上げようと伸ばした手を、寸の間宙をさまよわせてから、やっぱり引っ込めた。これは、近藤自身が見つけた方がいい。


なぜあれほどまでに憔悴しきっていたのかは分からないが、きっとあれを見れば復活するに違いない。バレンタインデーのメッセージカードと言えば、書かれる言葉は決まっているのだから。


近藤の喜ぶ顔が目に浮かぶようで、土方は満足げに頷いた。早くあの二人がくっつけばいい。本当に。


切実な思いを込めて、見るもおぞましい黒い物体に向かって、土方は手を合わせた。










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突発書きの、近妙でバレンタイン。

バレンタインなのにあんまり甘くないです。

近藤さんがひたすらにかわいそうです。そしてお妙さんがひどいです。

でもやっぱこういう二人も好きなので、書くの楽しかったです^^

早く二人くっつくといいですねえ…まだ当分無理そうですが(汗



(2010.2.14 緋名子)

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