(plain)

□それでも世界は輝いていた
1ページ/1ページ

よれよれのボロ雑巾みてえになった野郎達が、薄闇の中、あちらこちらへゴロゴロと寝っ転がっている。みんなほとんど身動きをしない。話もしない。みんな、長い戦に疲れ果てていた。


今俺達は、さびれた村の中にある、隙間だらけの空き家の中で短い休息をとっていた。夜が明ければ、また戦。


部屋の隅っこで壁にもたれ、ヅラが熱心に刀の手入れをしている。俺は特にすることもないので、ヅラの隣へどかっと腰を下ろし、ぼんやりとその鮮やかな手さばきを眺めた。


ヅラがちらっと横目で俺を見て、また刀に視線を戻す。具合を見て、うーむと溜息まじりの呻き声。


「こう戦ばかりでは、手入れをしてもすぐにボロボロになっていくな」


唸るように言いながら刃をざっと眺めて、静かに鞘へ閉まった。ふうっと一息ついて、天井を仰ぐその横顔は、そこらの野郎共と変わらない。疲れてる。こいつも。


打ち粉や油の瓶を傍らに乱雑に置いたまま、ヅラが二度目の溜息をつく。こんなとき、辰馬がいればなあ。俺はめんどくさがり屋だから、ヅラに声をかけるのもめんどくせえ。辰馬なら、気のきいた冗談でも言ってこいつを笑わせられるんだろうけど。


「ヅラ、辰馬は?」


「ヅラじゃない、桂だと何度言えば分かるんだ。……坂本は、高杉と水を汲みに行った」


「そうか。…………なるほどね」


とりあえず会話してみてもこんな感じ。気まずい。


することもねえし、俺も寝ちまおうか。そう考えた矢先、壊れかけた扉がギシギシ嫌な音をたてながら開き、水の入った桶を持った高杉が入って来た。水が零れるのも構わず、乱暴に桶を床に置いて意味もなく舌打ちすると、再び外へ出て行く。


何事かと起き上がる野郎共のおかげで、少し空気がざわついた。重い腰を上げて桶を覗き込むと、中にはきれいに澄んだ水がなみなみと入っていて、思わず喉が鳴る。だがそっと伸ばした手は、再び戻って来た高杉の足によって蹴り飛ばされた。いてえと喚く俺の右隣にまたしても、水の入った桶がどかっと置かれる。


「運んだ俺を差し置いて、何先に水飲もうとしてんだてめえ」


顔面に向かって蹴り出された足を、脇に転がってなんとかかわす。頬をひゅっと風に撫でられてぞっとした。高杉はそんな俺に構わず、こちらに背を向けて扉を大きく開くと、遠くを見るように背伸びした。


蹴られた手がじんじん痛む。目の前に、無防備な背中。


俺はふっと気配を殺して、そっと高杉の背後まで忍び寄った。


獣並みに気配を察知する能力に長けている高杉も、俺が本気で気配殺しゃ気付きゃしねえ。白夜叉なめんじゃねえぞ。


ゆっくりと右足を振りかぶる。周りの連中が息をのむのが分かった。それに気付かない程高杉は間抜けじゃねえ。はっとしたようにこちらを振り向いた高杉に、俺はにんまりと笑いかけてやった。


俺の容赦ない蹴りを背中に浴びた高杉は、咄嗟に左肩を下にして、派手に地面を擦った。小癪なことに、胸や腹の強打は免れやがった。それに対して後ろでおおっとどよめきのような歓声が起きたのが気に食わない。じろっと睨んでやると、仲間達は煤けた顔で、ばつが悪そうに愛想笑いした。


それでも、期待にきらきら光る目は隠せていない。侍じゃなくて、無邪気な子供みたいなその目を見て、俺は疲れ果てた仲間達のために一肌脱ぐことを決めた。


にいっと口角を吊り上げ、腕まくりをして高杉に向き直った俺を見て、わあっと湧く仲間達。ヅラが申し訳程度に諫めてくるが、もちろん無視した。


高杉はとっくに体勢を立て直していた。口に土でも入ったのか、ぺっと地面に唾を吐く。擦れた頬から血が出ている。敵意剥き出しの両の目。それでも面白がるように歪んだ口元が、余計俺を煽る。


後ろでは、ほんの数分前までは死人のように生気の無かった野郎達が、打って変わっていきいきと囃したてている。やれェ高杉!だの、ちびすけに負けんな銀時ィ!だの、うるせえったらありゃしねえ。


でも、やっぱこうでなきゃな。


疲れた心身に、仲間達の明るい声が痛いほど染みた。


今ちびすけっつったの誰だコラァ!と野次馬に向かってキレた後、高杉はひたと俺を睨み据えた。ぐっと大きく右腕を引く。ふっと短い呼吸音。


いっちょ派手に闘り合おうぜェ


三日月に細められた目が囁く。息が止まった。
























「馬鹿か貴様らは!夜が明けたらまた戦だぞ!そんなボロボロの体で戦えるというのか!少し考えれば分かる事だろう!」


さっきからずーとこの調子。俺と高杉は正座で並んで俯いたまま、ヅラの説教を神妙な顔で聞いている。


まあね、反省はしてますよ。そりゃね、ヅラが怒るのも最もですよ、はいそうですよ。お前はなあんにも間違っちゃいません。


水はひっくり返したし、あちこち傷だらけだし痣だらけだし、ちょっと周りも巻き込んじまったよ。水汲みの坂本には二度手間かけさせたし、ヅラの右の頬には、見事な引っ掻き傷ができてる。赤く裂けて相当痛そう。謝るよ、それはさ。


でもさ、俺達の気持ちも分かってくれよ。


仲間達がよォ、みぃんなやる気のねえ顔して死人みてえにあちこちごろごろ転がってんの見てるのはさ、辛ェんだよ。前はさ、こんなんじゃなかったじゃん。めちゃくちゃな負け戦の後でも、みんな笑ってたよ。お前のアレは無かったわぁ、俺だったらもっと上手くやるね、とか、冗談言って馬鹿笑いする余裕がさ、あったじゃんか。


みんな、いい加減参ってんだ。神経すり減らすばかりの不毛な毎日に。


仲間達は次々死んでいく。体だってもうボロボロだ。なのに、得られるモンは何一つ無ェっていうこの虚しさ、辛さ。お前も感じてねえわけじゃねえだろう?


戦するたんびに、みんな色んなモン無くしていってる。目には見えねえモンも、たくさん。


見てみろよ、俺達のパフォーマンスのおかげで、今でこそみんな満ち足りた顔して寝てっけどよ、いつもはどうだ?こんないい顔して寝てっか?


俺さ、結構頑張ったと思うぜ、みんなのために。


久しぶりにみんなすげえ楽しそうだったじゃん。ガキみてえにはしゃいでさ、じゃれ合ってさ、冗談言い合ってさ。


そんな奴らの笑顔見てたらよォ、なんかもうこのままみんなでどっか行っちまいてえなあって思ったよ。お前に言ったら怒るだろうから言わねえけどさ、俺ァ心底そう思ったね。


みんなでどっか遠いところに行って、そんで農作業でもやりながらのんびり暮らしてえなあ、なんて。


でもさ、それはかなわねえから。


今更引き返したりなんか、できっこねえ。だって俺達、侍だもんな。


そりゃあ俺も高杉も、ちょっと考え無しだった。数時間後には戦だってのに、この怪我は無ェわな。やりすぎた。すまん。


でも、俺、自分が悪いことしたなあ、とは思ってねえんだ。むしろやって良かったと思う。


あいつ等の穏やかな寝顔見てっと、傷の痛みなんて忘れちまわァ。痛まねえんだから、明日の戦だって、なーんの支障も無ェ。さんっざん暴れ回ってやっから、そっちの心配はしなくていいぜ。


だからさァ、あんまり俺達のこと責めねえでくれや。なあ、今もまだお前口うるさく説教垂れてっけどよォ、もういいんじゃねえの。


そんな顔してさ、説教なんざするもんじゃねえよ。んな辛そうな顔で説教するくれえなら、優しい言葉の一つでもかけてくれや。その方がお前も楽だろーが。


「俺は、お前達のことを思って言っているんだぞ。そんな体で戦に出て、万が一のことでもあったらどうするんだ」


「すまん」


素直に頭を下げた。高杉は怒られた子供のような表情でそっぽを向いている。ヅラが、はあっと溜息をついた。


「もういい」


その突き放すような言い方に、思わずヅラの顔を見上げた。ヅラは俺の視線を避けるように、ふいっと外方を向いてしまう。


そして、至極不本意そうに、こう言った。


「礼を言う」


高杉が、面食らってヅラの顔を見上げた。ぽかんとした間抜け面で。


逆に俺は俯いて、緩みかけた口元を隠す。それに目ざとく気付いたヅラが、ぐいっと俺の髪を引っ張った。


「何を笑っているんだ貴様は!」


「あだだだだだだっ!抜ける!抜けるってそんな強く引っ張ったらっ!」


「せっかく人が礼を言っているというのに!この無礼者が!」


「い、いてえっつーのこの馬鹿!バカツラ!」


「そんなでかい声を出すんじゃない!皆が起きてしまうだろーがァァァ!」


「お前の声が一番でけえんだよ!ぶっ殺すぞゴルァ!」


「てめえの声もでけえよ」


冷静な高杉のツッコミに、とりあえず休戦。ようやく髪の毛を解放され、俺は毛根を労わるように頭を撫でる。ちくしょうどこの怪我よりも頭皮が一番痛ェよ。


睨みあげる俺には頓着なしに、ヅラは呑気に床の上で胡坐をかいた。そして俺達の顔を交互に見て、ほわっと表情を緩めた。


「お前達のおかげで、皆久々に楽しそうだった。いい息抜きになっただろう。俺もなんだか疲れが吹っ飛んだ」


さっきまでぐちぐち文句ばっか言われてたのに、いきなりこう褒められるとなんか照れ臭ェなオイ。


だがふいに、ヅラは表情を引き締めた。そして真面目な顔で言った。


「だが、もう軽はずみにあんなことはしないでくれ。皆が元気になっても、お前達がボロボロになったのでは意味が無い。自分の体は大事にしてくれよ」


懇願するようなヅラの声音。俺はヅラの目を見ておう、と頷いた。高杉はふんっと鼻を鳴らした。


泣き笑いの表情で、ヅラは自嘲気味に言った。


「お前達がいなくなったらと思うと、俺は怖くて仕方が無い」

















それからごろんと横になって、ようやく眠りにつく。


すぐに高杉は規則正しい寝息を立て始めた。まああんだけ暴れたらそりゃ疲れるわな。刀じゃなくて拳振り回す高杉は、なんかガキに戻ったみてえだったなあ。


俺も疲れたよ。眠りはすぐそこまで迫ってきてる。手を伸ばせば届くところまで。


でも、寝て起きたら戦だって思ったら、ちょっと勿体ねえ気がする。もうちょっとこの言いようのねえ、ふわふわした、あったけえ気持ちを味わってたい。


そんな願いも虚しく、俺の意識はブラックアウト。


瞼を閉じる寸前に見たのは、幼馴染たちの昔と変わらぬ寝顔だった。
















-----------------------------------
五万打&二周年突破!ということで!

今まで、あんまり手を出してなかった攘夷時代のお話を書きました。

銀さん達の過去ってあんまり詳しく書かれていないので、自分が想像して自由に書くのは怖いなあ…と思ってて。

でもせっかくの記念小説なので、かなり悩みつつ、書いてみました。

攘夷時代のお話は切ないですね、読むのも書くのも。

明るいお話を書こうとすればするほど、どんどん悲しくなってきます。

その後の事とか考えちゃって。

でもこの時代があって今の銀さん達がいるわけですから。

次は仲良し万事屋とか書きたいです。



五万打&二周年突破です。

今年はたくさん小説書きたいと思います。

書き始めて放置してる話もいっぱいあるので…。

これからも温かく見守ってやってください。



(2010.3.18 緋名子)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ