(plain)

□夏雲ステーション
1ページ/1ページ

寄せては返す波は、まさに俺の今の心情そのものだ。


毎度の如く、近藤さんの提案で俺達は真夏のビーチへ駆り出されている。


俺は行きたくないと言ったのだが、近藤さんの必死の説得により渋々折れ、今に至る。


なんでこのくそ暑い日に、自ら外へ出ようとするのだろうか。俺には理解できない。


俺が夏に外出するのは、ほとんど市中見回りのときだけだ。


それすらも嫌って、山崎に行かせることだってあるのに。


たまに駄菓子屋へ足を運んで、ラムネを買ったりアイスキャンディーを買ったりするのは夕涼みのため。


クーラーの人工的な涼しさはあまり好きじゃないから、縁側に座って足をぶらぶらさせながら、風鈴の心地よい音色が響く中、涼味を貪る。


それが、俺の夏の過ごし方。粋で、風流で、なんとも江戸っ子らしいではないか。


しかし近藤さんは、そんな過ごし方を「根暗だ」と言う。若いうちは、もっとアウトドアに過ごせと。


専らアウトドア派の近藤さんは、夏になると必ず一回は海へ行く。


渋るみんなを説き伏せて(かき氷やら焼きそばやらを奢ってやるから、と。うちの野郎共は食い物の誘惑に滅法弱い)、大所帯で行く。


最後まで嫌だの一点張りだった俺に「来てくれたら、今度落語連れてってやるから」なんて言うくらい、近藤さんは海が好きだ。


もちろん俺は承諾して、こうして海に来はするが、塩でべたべたするのが嫌いだから海には入らない。


近藤さんは「総悟も泳ごうぜ!」って誘うけど、こればっかりは完全拒否した。


赤と白のストライプのパラソルの下でしゃりしゃりとかき氷を食べながら、みんながはしゃぐ様を眺めるのは毎年のことだ。


俺なんていてもいなくても変わらないのに、近藤さんがきまって俺を誘ってくれるのが、面倒であり、嬉しくもある。


面倒だと思ったり、嬉しいと思ったり、かき氷冷てェなと思ったり、かき氷美味いなと思ったり。


対照的な感情が、波のように押し寄せては、すうっと引いていく。その繰り返し。


俺は、海が嫌いなわけではない。暑いのが嫌なんだ。


規則正しい波の音は聞いていると落ち着くし、終わりの見えない、どこまでも広がる青い海はおおらかで憧れる。


近藤さんは、海みたいだとつくづく思う。


大きくて荒々しいくせに、そばにいると落ち着いて、どこか繊細なところもある。


あっけらかんとしていて鈍いように見えるけど、実は誰よりも周りのことを気にしていて、誰も気づかなかった、土方さんの姉上への恋心だってずーっと前から気づいてた。


ほんと、びっくりするくらい鋭くて、俺は改めて近藤さんのすごさを思い知ったのだ。


近藤さんは、海みたいだ。心底そう思う。


近藤さんが死んだら、海に住もうかな。そうしたら、近藤さんがそばにいるようで落ち着くから。


「総悟」


いつの間にか落ちていた視線を上げると、土方さんが立っていた。


すらりと伸びた長い脚は海水で濡れていて、ほんのり海の匂いがした。


「なんですかィ」


「近藤さんが、総悟も呼んでこいって。ビーチバレーするのに、一人足りないんだと」


羽織った白いパーカーのポケットから煙草の箱を取り出して、ちっと舌打ちする。中が空っぽだったようだ。


「土方さんがやればいいじゃないですか」


「俺はもう疲れた」


どさっと俺の隣に腰を下ろして、煙草の箱をくしゃっと握りつぶすと、土方さんはふうっと息を吐いた。


「何考えてた」


男らしい低い声。悔しいけど、いい声だと思う。


「さて、なんでしょうかね」


「とぼけんな」


「とぼけてなんか」


いやせんよ。


土方さんは、俺の方を見ない。ただ黙って、海を見ている。俺の言葉を嘘だと分かっているくせに、問い詰めない。


なんとなく後ろめたくなって、安っぽいプラスチックのスプーンで、真っ赤に染まった水分の多い氷をつついた。


一口口に運ぶと、舌がしびれるくらいの強烈な甘さに思わず眉間に皺が寄る。溶けかけたかき氷の甘さは半端ない。


「近藤さんほど、海の男って言葉が似合う男もそうそういねえよな」


ふいに土方さんがぼそりと言った。俺は手を止めて土方さんを見る。妙な静けさの中、スプーンから氷が落ちるぼとっという音がやけに大きく聞こえた。


「なんだよその顔。お前も同じこと考えてたのか?」


横目で俺を見て、土方さんはきれいに口角を上げる。女なら一目で惚れてしまうだろうそのクールな笑みに、俺はぷいっとそっぽを向いた。


っとに、気に食わない男だ。


「近藤さんが死んだら海に住もうって…考えてたんです」


べたべたするカップの中の、ぐしゃぐしゃの氷を見つめながら言った。


土方さんの視線を感じる。俺は気付かないフリをして、スプーンで氷をかき回した。


「だって、ほんと、近藤さんって海っぽいから」


そうごー!


近藤さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。俺なんかほっといて、山崎でも誘えばいいのに。


俺が一人でぽつんとしてるのが寂しげに見えて、ああして呼んでくれるのだろう。俺が嫌だと言っても、しつこく、しつこく。


素直になれない俺の気性を、誰よりも理解しているから。


「馬鹿野郎。近藤さんは死なせやしねェよ」


土方さんがふいにぽつりと言った。小さい声だけど、しっかりした、決意のこもった声だった。


「俺は近藤さん護って死ぬ」


呟くように言って、俺を見ぬままに


「お前もだろ、総悟」


……馬鹿野郎はテメーだ土方。そんなん、決まってんだろ。


「当然」


でも、俺や土方さんが死んだら、近藤さんは悲しむだろう。泣くだろう。ましてや、自分を護って死ぬだなんて。


近藤さんを悲しませるのは嫌だから、俺はできる限り長生きする。ヘマやらかして死なないように、もっともっと強くなる。


そんで、できれば近藤さんがよぼよぼの爺さんになって穏やかに死ねるように、俺は近藤さん護って、生きて。


近藤さんの安らかな最期看取って、そんで死にてェなァ。


そう言ったら、土方さんに頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられた。


毎日のように刀振り回して、人斬って、恨み背負って生きてる俺等は、ろくな死に方できないだろう。


でも、近藤さんだけは。


俺等が恨みもなにも全部背負うから、せめて近藤さんだけは。


そうごー!


近藤さんが、しびれを切らしてこっちに歩いてきた。ぶんぶん手を振って、白い歯を見せてにかっと笑って。


こんな人が恨まれるなんて、間違ってる。


「行ってこい、総悟」


土方さんにぺしっと背中を叩かれて、俺は立ち上がった。


パラソルを出て、眩しさに目を細めながら砂を踏みしめていく。


ビーチバレーが終わったら、ちょっとだけ泳ごうか。


大きくて頼りになる腕の中で、ゆらゆらと、何も考えずに。


全てをあずけて、明日を生きるために一休み。











(希望の明日へ出発進行)






----------------------------------
10000Hit御礼小説7本目。

タイトルとあんま関係無い話になっちゃいました(汗

めずらしくタイトルから先に出た話だったんです、今回は。

どうしても、真選組だとシリアス系になる傾向があります。

お馬鹿な真選組書きたい…!!

動乱編とか、ミツバ編とか、なんかそういう話が頭の片隅にあって、どうしてもね。

真選組は明るくてわいわいしたイメージなんですけど、小説書こうとするとシリアスに…!

沖田視点がダメなのかなぁ…?

でも、近藤さん大好きな沖田書くのは楽しいです。

土方さんも、近藤さんのこと大好き、って言ったらなんか変な感じするんですけど、大事に思ってるんですよね。

そういうのが書けてるといいな…書けてるかな(汗



(2009.4.12 緋名子)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ