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□きっかけは至極ささいな
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春だというのに風が冷たく、袖口から潜り込んでくる風に頭を悩ませつつ歩く昼下がり。


万事屋では相変わらず銀さんと神楽ちゃんがこれでもかというくらいだらけ、一人襷を掛けてせっせと掃除をしている僕に、「新八は仕事熱心だねぇ、いい子いい子」だの「その働きっぷりに免じてダメガネという称号を返上してやってもいいアルヨ。そのかわり手数料として五万出すヨロシ」だの不愉快極まりない野次を飛ばしてくるもんだから、


「うるせぇぇ!!もうテメー等はここで腐って死ね!!」と罵声とともに箒を床にたたきつけ、万事屋を出て早30分。


こうして僕が首を縮めながら歩いている今も、あのダメ人間×2はぐーたらごろごろしているんだと思うと、やりきれない思いでいっぱいになって転がっていた小石を爪先で蹴っとばした。


小石は美しい放物線を描いて飛んでいく。その軌跡をぼんやりと眺めていると、その先に見慣れた黒い制服姿の背中が。あっ、と思った時には、もう時すでに遅し。


いてっ、と小石がぶつかった頭を押さえ、くるりと振り向いたその人は、真選組の鬼副長さんだった。


「あー、土方さんこんにちはー」


「こんにちはーじゃねーだろ。一言言うことあんだろが」


「はぁ……すいません」


なんとも気の抜けた声だと自分でも思った。気の抜けた声出すんじゃねーよ、と土方さんにも怒られる。


「はい、ほんと、すいません。大丈夫ですか、頭」


改めてぺこりと頭を下げると、なんかその言い方腹立つな、なんて零しつつも、ひらひらと手を振って許してくれた。


「あんな小石、総悟の大きく振りかぶってスーパーボールに比べりゃあマシュマロみてーなもんだ」


「大きく振りかぶってスーパーボール?なんですかそれ」


「いや、なんでもねェ」


思い出すのも嫌なのか、苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、土方さんは盛大な溜息をついた。苦労人オーラを撒き散らすその様子に、なんだか仲間意識を持ってしまう。


土方さんも、僕に負けず劣らず苦労人だ。上司はストーカー、部下は己の命をつけ狙う超ドS。糖尿寸前で天パに悩まされる社会適応力0の堂々のダメ人間の上司と、食べることと毒を吐くことにしか口を使わないバイオレンス娘の同僚を持つ僕と同じような……いや、土方さんの方がだいぶマシじゃね?これ。


まあ、とにかく。


史上最悪の上司と部下(僕は同僚)を持つという点に関して、僕と土方さんは同じ穴の狢ということだ。なんかこういう言い方すると二人揃って悪人、って感じだけど、それは断じて違う。悪人は僕等を悩ませ苦しめる奴等の方だ。


「なんていうか、僕等って似た者同士ですね」


眼鏡を押し上げて涙の滲む両目を擦り、土方さんの肩に片手を乗せてそう言うと、何言ってやがる、と手を払いのけられた。


「俺はお前みてえに、己の呪われた境遇を享受し全てを諦めて生きてねえ。己の力で状況を打開し、明るい未来に向かって力強く生きてんだ俺ァ」


「何真顔で語っちゃってんですかあんた」


白い目で見てやると、土方さんはゴホンッと咳払いして煙草を咥えた。すぐ真横に「歩き煙草禁止!」と書かれたポスターが貼ってあるのにそれを堂々と無視するこの人は、ほんとに警察なのだろうか。いや、それに気付かないほど動揺しているのだろうか。十中八九後者だろう。


でも一応、「土方さん、ここ歩き煙草禁止っすよ」と教えてあげると、「歩いてねえ。立ち止まってんだろーが」と尤もな、でも言い訳がましい言葉を返された。もう知ーらね。


「つーか土方さん、あんたこんなとこで油売ってていいんですか」


でもやっぱりちょっと腹立つからトゲのある声で言ってやると、お前もな、と嫌味ったらしい、というか嫌味そのものだろこれ。


「いいよな、たまーに来る依頼をこなして、あとはぐーたらしてりゃいいんだからよ。羨ましいことこの上ねーなぁオイ」


嫌な半笑いで嘲るように言う土方さん。でも、無駄に男前の半笑いは文句無しにかっこいい。ちくしょーどこまでも嫌味な男だな。


「たしかに楽かもしれませんけどね、仕事が無いということは、すなわちお金が入らないということですよ。仕事が楽であればあるほど、今度は生活で苦しむことになるんです。毎日毎日仕事尽くめのあんた等が羨ましいですね、僕は」


ってか、結構危険な仕事もあったりするんだぞ、万事屋って。まあ、毎日が死と隣り合わせの真選組に比べたら、気楽な仕事かもしれないけどさ。


「おいおい、金が入ったって、死んじまったら終わりだぜ」


僕の胸の内を見透かしたかのようにそう言った土方さんは、相変わらず男前な半笑い。僕も無言で微笑んだけど、ぴくっと頬がひきつるのが分かった。


「死ぬの、怖くないんですか」


聞かずにはいられなかった。問われた土方さんは、半笑いをやめて煙を吐き出す。もうだいぶ短くなった煙草。


「すいません」


思わず謝ると、何が、というように土方さんは僕を見た。煙草の灰が落ちて地面ではじける。土方さんは携帯灰皿に煙草を押し込んで、がしがしと頭を掻いた。


「怖くねーよ。いつ死んでもおかしくねえんだもんよ、今まで生きてこれたのも奇跡みてーなもんだし。それを今更怖いだなんだって、ほんと、今更だろ」


今更、なのかな。


「つーか、死ぬのが怖かったらはなっから江戸なんて来ちゃいねェさ」


そう言って笑う土方さんは、すごい人だと思った。僕が16年間で培ってきた語彙の中で、今の気持ちをぴったり表す言葉は情けないけど「すごい」。


「……田舎者は都会が怖いってよく言いますけど」


はぐらかすように、わざと的外れなことを言うと、土方さんは「誰が田舎者だコラ」とメンチを切ってから、仏頂面のまま少し照れ臭そうにかりかりとうなじを掻いた。我ながら臭いセリフ吐いちまった、とでも言うように。


「じゃあ、土方さんお仕事中でしょうし、僕はこれで失礼します。邪魔してすいませんでした」


ぺこりと頭を下げると、男がそう何度も頭下げるもんじゃねェ、と叱られた。ついでに「ほんとに頭大丈夫ですか」と訊ねると、「だからその言い方なんかイラッとくるんだよ」と唸るように言われて、思わず笑ってしまった。


では、と頭を下げそうになって土方さんの言葉を思い出し、どうするべきか迷った末に、軽く会釈した。これもまあ頭下げてるっちゃあ下げてるんだけど、さっきまでとは角度が違うぞ、角度が。


土方さんは、ああ、と軽く右手を挙げて颯爽と歩いていく。そんな何気ない仕草もいちいち様になっている。ほんとにどこまでも男前な人だ。


微かに残る煙草の匂いが鼻を犯す。


ほんの数分前まではヘドが出るほど嫌いだったこの匂いが、この匂い苦手だな、ぐらいにランクアップした。


憧れって無敵だなあと、そんなことを考える、肌寒い春の昼下がり。











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最近、土方さんが書きたい病にかかってます。

土方さん書きたくてしょーがない。

すっごい好きだ、土方さん好きだ。

新八も好きだし土方さんも好きだし。

そんな二人で小説書けて、ほんとに楽しかったです。

新八は土方さんに憧れてるといいよ。

剣の稽古つけてほしいとか思ってるといいよ。



(2009.4.29 緋名子)

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