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□林檎
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「へくしっ」


「お妙さん、風邪ですか」


「ええ、ちょっと」


自分の体を抱きしめるように回した腕をごしごし擦って息を吐くと、ふわっと白く煙った。ああ、今年も冬がやって来た。暑いよりはいいけれど、やっぱりこう極端に寒いと嫌になってしまう。隣の近藤さんの顔を見上げると、鼻とほっぺたが真っ赤になっている。子供のようで、少し可愛いと思ってしまった。


「いきなり寒くなりましたからねえ」


両手の買い物袋をゆらゆらさせながら、近藤さんも息を吐いた。


「あ、お妙さん、息白いですよ!」


「遅いですよ、気付くのが」


言葉と共に吐いた溜息が白い。近藤さんは、照れ臭そうに頭を掻いた。


ほんとに、子供みたい。


「ガキの頃は、息が白いの見るたびはしゃいでたなあ。トシはガキくせえなんて笑ってたけど、実はあいつだって内心はしゃいでたんですよ。はあって息吐いて、嬉しそうに笑ってましたもん」


「可愛らしいじゃないですか。素直じゃなくて」


そういう方、いいと思いますよ。澄ました顔でそう言った途端、近藤さんの歩みが止まった。でもすぐに動き出して私に追いつく。ちらっと上目遣いに見上げた顔は、困惑顔で。なんて分かりやすい。緩みそうになる口元を慌てて引き締めた。


「お妙さんは……」


「はい」


「トシのことが、好きなんですか?」


ついに堪え切れずに、噴き出してしまった。


「ちょ、なんで笑うんですか?」


拗ねたような声に、私はなんとか笑いを引っ込めて近藤さんを見つめた。唇を尖らせて私を見下ろす近藤さんは、なんだか少し泣きそうな顔をしていて、どうしようもなく目の前のこの人が愛しくなった。


「どちらかというと、私が好きなのは天の邪鬼な人よりも素直な人なので。心配なさらなくても大丈夫ですよ」


笑み混じりに言ってあげると、近藤さんはほっとしたように頬を緩めた。トシは生粋の天の邪鬼だから大丈夫だ、なんて嬉しそうに笑う。


「トシと違って、俺は馬鹿みたいに素直ですよ、お妙さん」


「そうですね」


「だから、俺と結婚……」


「嫌です」


「…だめかあ」


しゅんとしてしまった近藤さん。笑っては失礼だと思って、下を向いてなんとか堪えた。私って、近藤さんといるとよく笑ってる気がする。いい笑いも意地悪な笑いもあるけれど。


「結婚なんて全くこれっぽっちも小指の爪の先ほども考えられないけれど、でも私、近藤さんのこと…」


「は、はいっ!」


ああ、そんな期待に満ちた目で見ないでください。また意地悪したくなっちゃうじゃないですか。それに、私の天の邪鬼な部分も手伝って。


「……大っ嫌いです」


言ってしまった。


でも、隣で近藤さんはにこにこ笑っている。子供みたいにきれいな瞳をこちらに向けて。私の本心をその目に見透かされているようで、恥ずかしくなった。みるみるうちに顔に熱が集まって行く。


「嫌いです」


自分でもおかしくなるくらい、自信の欠けた、弱々しい声だった。近藤さんがますます嬉しそうな顔になる。嫌いって言ってるのに。ああもうほんとに、嫌になる。口に出してそう言ったら、近藤さんはひょいと腰を折って私の顔を覗き込みながら、何がですか、と問うた。ちょっと、顔が近いです。


今なら、言えるかもしれない。私の気持ち。素直な私の気持ち。


言ってしまおうか。言えるだろうか。一番言いたくないこの人に、私は。


ええい、言ってしまえ。


「……あなたの前では素直になれない、私自身がです」


「お妙さん、それって…」


「あと、そんな私の天の邪鬼を難なく見破ってしまうあなたも!本当に、嫌になるわ!」


照れ隠しに叫んで、私はぷいっと前を向いた。お妙さん、なんて舞い上がったような慌てたような声で近藤さんが私の名を呼ぶけれど、無視してずんずん歩いた。頬が燃えるように熱い。私はなんてことを言ってしまったんだろう。


あれじゃあ、まるで。


「大嫌いの反対って、大好きですよね!ねえ、お妙さん!」


「うるさいですっ!!」


通りを歩く人々が、何事かとこちらを見ている。私の体温は上がる一方。近藤さんのテンションも上がる一方。やっぱり、言わなきゃよかった。あんな恥ずかしいこと。


「お妙さん、顔が真っ赤ですよ」


「寒いんですっ」


噛みつく勢いでそう言った私に、ふわりとかけられる黒い隊服。はっと見上げると、私に負けず劣らず顔を真っ赤にさせた近藤さんの、愛しげな眼差し。


「それ、着ててください」


「……でも」


「お妙さん、風邪気味なんですよね。すいません、もっと早くにこうすればよかった」


風邪、ひどくならないといいんですが。そう言う近藤さんは、薄いシャツの上にベストを着ただけ。私はしっかり着物を着こんで綿入れも着て、マフラーまでしているのに。


へっくしゅんっ!近藤さんが盛大なくしゃみをして、ぶるりと体を震わせた。


「…近藤さん」


「あ、ははは、気にしないでください!俺、ここ10年ほどずーっと風邪ひいてないので!」


そう言うそばから、再び大きなくしゃみ。


「ちょっと、洒落になりませんから。これ着てください」


私には大きすぎる隊服を差し出すと、いえいえ、と近藤さんは首を振る。


「お妙さんが風邪をひいてしまったら、俺は自分を責めます。お妙さんに上着を貸さなかったことを後悔します」


「存分に後悔してください」


「お妙さん!」


「あなたが風邪をひいたら、困る人がたくさんいるでしょう。私が風邪をひいても、困る人なんかほんの一握りです」


「俺はすっごくすっごく困りますよ。俺だけで100人分くらい稼ぎます」


「何を威張ってるんですか。あなたの場合、困る人は100人どころじゃありません。真選組の皆さんも、江戸の住人達も、みんなみんな困るんですよ」


「……うーん」


「さ、ちゃっちゃと着てください。こんなところで言い合いをしている暇があったら、さっさと帰った方が賢いです」


これで話は終わり、というようにきっぱり言い切って、半ば押しつけるように隊服を差し出すと、近藤さんは渋々私の手から隊服を受け取ってばさりと羽織った。私を見る心配そうな顔が鬱陶しい。少しは自分の心配をしたらどうなの。


「本当に大丈夫ですか」


「大丈夫だって言ってるでしょう」


「ほんとですか」


「ほんとです」


少し口調を和らげて言った。


「心配してくださって、ありがとうございます」


小さく微笑んでみせると、近藤さんはやっと口元を綻ばせてはい、と頷いた。それから両手に持っていた買い物袋を片手でまとめて持つと、空いた手で私の手をそっと握る。指先は冷たいけれど、掌はほっこり温かいその大きな手を、振り払いたかったけれど、できなかった。


「お妙さん、顔が真っ赤です」


柔らかい笑いを含んだ声で、林檎みたいだとからかわれた。横目で睨みあげると、幸せそうな横顔。


そんな風に笑われたら、怒る気を無くしてしまうじゃない。


私は黙って近藤さんの手をぎゅうっと握った。いてて、なんて、ちっとも痛くなさそうな声で近藤さんが笑う。むすっと眉間に皺を寄せた私に、近藤さんは


「ほんとにお妙さんは、可愛いなあ」


なんて言葉をくれたけれど、私は耳までマフラーに埋めて、聞こえないふりをした。









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糖度高めの近妙でした。

基本うちにあるCP小説って甘さ控えめなので、たまには甘いの書いてみるかー、ということで書いてみましたが。

あんまり甘くならなかったかな?どうだろう?

うちのCPモノは基本こんな感じです。

なんか近藤さんがデレデレしててアレですね(笑

ちょっと距離が近づいた二人でした。

このまま頑張れ近藤さん!(笑

やっぱ近妙好きだなあ。




(2009.11.23 緋名子)

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