(all season)

□現実から目を逸らしてはいけません。
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梅雨が明け、さっぱりと気持ちのいい初夏の朝。


土曜日なので学校は休み。課題は昨日全部終わらせてしまった。ここ最近梅雨で機嫌が悪い沖田さんや神楽ちゃんに絡まれっぱなしだったので、今日は疲れた体をしっかり休めよう。


そう決めてベッドを降り、欠伸を噛み殺しながら階下へ。焦げくさい匂いが鼻をくすぐる。また姉上が何か焦がしたらしい。


げんなりしながら、最後の一段をおりた。




現実から目を逸らしてはいけません。




「おはようございまーす」


キッチンに立つ姉上に声をかけると、姉上はくるりと振り返っておはよう新ちゃん、と微笑んでくれた。


これだけ見ると、この上なく穏やかな朝なのに。いよいよきつくなってきた焦げた匂いに、思わず顔がこわばる。


「姉上…今日は何を焦がしたんですか」


「え?焦がしてないわよ?まだまだ火の通りが甘いくらいよ、新ちゃん」


けろっとした顔でそう言う姉上の手元を覗き込んで見ると、フライパンの中に何か黒い物体が横たわっていた。哀愁漂うその面影に背筋がぞっと寒くなる。


「姉上……これ、なんですか」


「何言ってるの新ちゃん。どこからどう見てもオムレツでしょ?」


ああ、なんかいつもより形が整ってると思ったらオムレツだったのか…。いや、こんなのオムレツと呼べないでしょ。形整ってるけどかっすかすだし。潤いなんて皆無だよ。これをオムレツと呼べる姉上の根性に呆れを通り越して感心してしまう。


「新ちゃん、もうすぐできるからお皿とか出してくれる?」


にこやかな顔でそう言われてしまえば、従うほかない。僕は消え入りそうな声ではい、と呟いた後、のろのろと食器棚から皿を取り出した。


そして、数分後、姉上曰くオムレツが完成。ぷすぷすと煙をあげている黒い物体が、白く清潔に輝く皿の上にぼふっとのっかる。こんなん食べるくらいなら死んだ方がマシだ!はっきりとそう思わせることができるほどの視覚的インパクト。


しかしオムレツは一つだけ。二つに切り分けるのかと思ったけど、どうやら姉上にそのつもりはないらしい。


「姉上、オムレツ一つしかありませんけど…」


冷蔵庫を漁っている姉上の背中に、射抜くような視線をぶつけながらそう言うと、姉上は無言で冷蔵庫の中からヨーグルトを取り出して席についた。


「あの、姉上…」


チーン。


僕の声は、パンが焼きあがったことを知らせるトーストの甲高い音にかき消される。


「あ、焼けたわ」


焼けたわ、じゃねーよ。喉まで出かかった声をなんとか飲み込み、恨みがましい目で姉上を睨みつけた。


もちろん、姉上が僕にオムレツを食べさせてあげたいという親切心からこうしてオムレツを作ってくれたのだったら、見てくれがどうであれ、僕は有難くいただくわけだ。


でも今回は勝手が違う。どう考えても、姉上は自分でもそう思うほどにひどい出来のオムレツを僕に押し付けて、自分はシンプルにパンとヨーグルトで平和な朝食を楽しもうとしているのだ。


何故そう言い切れるのか。答えは簡単。


姉上はオムレツが完成してから一度も、僕と目を合わせていないから。


何か後ろめたいことがあると頑なに視線を合わさないのは、姉上の昔からのくせだ。故に、姉上の嘘は見抜きやすい。


「姉上」


「あら、見て見て新ちゃん。公園でカルガモの親子が仲良く散歩ですって。可愛いわねえ」


「話逸らそうとしないでください。ひどいじゃないですか姉上、可愛い弟に失敗作のオムレツ押し付けるなんて」


姉上の手から新聞をひったくって、ぽいっと後方に放り投げた。ばさっという乾いた音。思いのほか大きなその音に、思わずびくっと肩が震える。


しかし姉上は涼しい顔で、淹れたてのコーヒーにミルクを注いでいる。焦げくさい匂いにコーヒーの香ばしい匂いが混ざって、いい匂いなのか悪臭なのか分からない。とにかく、鼻が痛い。


「姉上」


「新ちゃん」


すとん、と。


静かだけれどよく通る声が、机の上に落ちた。


僕は口をつむぐ。


「あなたは私の作ったオムレツが食べれないというの?」


姉上はマグカップに口をつけながら、大きな瞳で僕の視線をとらえる。マグが口元を隠していて表情は分かりにくいが、その背後には黒いオーラが怪しく揺らめいている…ように見える。


あああ、もう、ほんっと。


「すいません」


軽く頭を下げて謝ると、降ってくる姉上の容赦ない追及。


「それはどっちの意味のすいませんなの?馬鹿なこと言ってすいませんなの?それとも…食べれません、すいませんなの?」


「は、それは、えと…」


「近藤さんは、昨日私が作ったお弁当を喜んで食べてくれたわよ?」


「そりゃそうでしょ、だってあの人…………え?」


思考停止。頭真っ白。


姉上、が。


近藤さん、に。


お弁当、を。


作った、らしい。


らしいってか、作りました。


って、マジでか。


「姉上、近藤さんって…誰ですか」


我ながら馬鹿な質問だと思う。姉上が「近藤さん」と呼ぶ人は、彼しかいない。でも、信じられなかった。信じたくなかったじゃなくて、ほんっとに、信じられなかった。


姉上は訝しげに眉を寄せてぱくんと食パンにかじりついた後、


「近藤さんって言ったら近藤さんよ。馬鹿でゴリラで暑苦しくてゴリラでとにかくうざいことこの上ないゴリラ」


ほら、この言いよう!姉上のひどい言いように、ほっと肩の力が抜ける。


よかった、そんなんじゃないんだな。


姉上が、近藤さんを………す、好きだなんて、ね。


あ、ありえないありえない!ちょ、姉上何微笑んでるんですか!何幸せそうな微笑み浮かべちゃってるんですか!ああちょっともう、やめて!姉上が笑ってるのは嬉しいけど、今だけはやめてぇぇ!


一人で頭を抱えてうーうー唸る僕の前で、姉上はもふもふと食パンを食している。その口元がきれいに笑んでいるのは、パンがおいしいからか、それとも。


だめだ、考えたくない。


「ただの気まぐれで作っただけなんだけどね。これからも毎日作ってくださいよって言われちゃったわ」


姉上のその一言で、僕はますます混乱する。


「え、作るんですか、その……お弁当」


おそるおそる訊ねると、姉上は可笑しそうにくすくす笑った。


「何言ってるの新ちゃん。作るわけないでしょ?なんで私が近藤さんのために毎日早起きしてお弁当なんか作らなきゃいけないの?ゴリラはゴリラらしくバナナでも貪り食ってればいいのよ」


平然とそう言ってのける姉上に、僕は力なく微笑んだ。


口ではそう言っているけれど。


僕はね、姉上と暮らして16年。人に言われると腹立つけど、シスコンの気があるのは自覚している。そんな僕の目を欺こうなんて無駄なことは考えない方がいいですよ、姉上。


きょろきょろとせわしなく動く瞳。一回も僕の瞳にぶつからない。


姉上からの昔っからのくせ。


後ろめたいことがあると、頑なに視線を逸らす。


だから言ったでしょ。姉上の嘘は見抜きやすいって。


お弁当を作らないのは本当だろう。ここで嘘ついたって、月曜になれば簡単にばれてしまうから。そんな無駄な嘘をつくような姉上じゃない。


でも、ちょっとは心が揺らいだのかもしれない。あのお弁当はただの気まぐれで作ったって言ってるけど、じゃあなんで気まぐれなんか起こしたの?普通嫌いな人にお弁当なんか作らないよね。ってか近藤さん毎日お弁当持ってきてるの姉上知ってるし。そんな人に普通お弁当なんか作らないでしょ。バナナ貪り食ってればいいとか思ってる人に、普通作らないでしょ。


『普通は』ね。


…なんとなく、最近姉上よく近藤さんの方をちらちら見てるなあ、って思ってたけど……やっぱりそうなのかなあ。


近藤さん、かぁ。


すっかり温くなったコーヒーをすすって、その苦さに顔をしかめた。











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一か月ぶりくらいに連載書きましたよ。

やばいやっぱ3Z書きやすい。

しばらくお江戸ばっか書いてたので、なんか新鮮でした。

これからちょっとこっちの方頑張ろうと思います。


それにしても、やっぱ近妙いいな。

NLはやっぱ近妙が書きやすいです。

新神も沖神も好きですけど。



(2009.5.22 緋名子)

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