(title)

□朧月夜影法師
1ページ/1ページ

「お妙さん?」


聞き慣れた…聞き慣れすぎた男の声に、妙はすっと整った眉を寄せた。


仕事帰りの、人気のない道。


空に浮かぶ柔らかく霞んだ月。


今宵はまさに、朧月夜。


こんな風流な夜に、何故この男が現れるのか。


神様は一体自分に何の恨みがあるのだろう?


渋々ながらに振り向けば、闇に溶け込む黒い隊服を着込んだ目の前の男は、ぱっと顔を輝かせた。


「ああ、やっぱりお妙さんでしたか!」


「…何の御用ですか?」


「いやあ、まあ俺がお妙さんを見間違えるはずないんですけどね!」


妙の言葉は近藤の耳には入っていないようだ。


からからと明るすぎるほどの笑い声を上げる近藤を、妙は冷ややかな目で見つめた。


「御用が無いなら、失礼します」


言い捨てて歩きだす妙の袖を、近藤は慌てて掴む。


「ちょ、待ってくださいよお妙さん!ここで出会ったのも何かの縁。家まで送りますよ」


「結構です」


ばっと腕を振って己の袖を掴む手を振り払おうとしたが、男の手はそう簡単には離れない。


全く、ついてない。


「ちょ、いい加減に…」


「危ないですから」


いつもとは違う、妙に真面目な顔。


思わず抵抗の力を緩めると、彼はふにゃっと表情を崩す。


「こんな夜中に、女性が一人外を歩くなんて危なすぎます。お願いですから送らせてください」


「……」


寸の間、迷った。


迷った自分を、殴り飛ばしたくなった。


「離せって言ってんだろーが!」


結局、かわりに目の前の男を殴り飛ばす。


男にも引けを取らない力強いパンチに、近藤はなすすべもなくひっくり返った。


拳がめり込んだ左の頬を押さえて呻き声をもらす。


だが空いた右手で妙の足首を掴んでいるところは、流石というところか。


「もう、なんなんですか」


なんで今日に限ってこんなにしつこいのだ。


夜だから?


月明かりが仄かだから?


「私なら大丈夫です」


妙は言う。


「それに、私に殴られてその様のあなたになんて、護ってもらいたくありません」


もっともだと、自分で思う。


近藤はのろのろと立ち上がると、頬を掻いた。


「まあ、そうなんですけど…やっぱり心配なんですよ」


砂に汚れた隊服。


殴られた頬は、痛々しく腫れあがっている。


なのに、なんで。


(そこまで私の心配をしてくれるの?)


ストーカー呼ばわり(まあ彼曰くの身辺警護は、すでにその域に達しているのだが)され。


出会うたびに殴る蹴るの仕打ち。


常人ならば、もうこの想いが報われることは無いだろうと、諦めているだろうに。


何故この男は真っ直ぐに、いまだに己をここまで想ってくれるのか。


理解に苦しむ。


やっぱりこの男は、嫌いだ。


「お妙さん?」


いつの間にか視線が落ちていたらしい。


近藤にひょいと顔をのぞきこまれ、なんだかむしょうに腹が立った。


「もうほんとにいい加減にしてください」


やだ、なんて怖い声。


「あなたは一方的に想いをぶつけるばかり。


断る方だって、楽じゃないんです。


あなたは私の気持ち、考えたことがありますか?


断る方は、辛いんです。


特にあなたのような、真っ直ぐな人の想いをはねのけるのは。


そんな私の気持ちも考えず、あなたはただただ矢鱈に想いをぶつけるだけでしょう?


そうすれば私に伝わると、思っているんでしょう?


お生憎様。


ただ迷惑なだけよ、そんなの。


あなたが勝手に自己満足しているだけじゃない」


一息に言って、まだ余った息をゆっくり吐き出した。


(…言い過ぎた、かしら?)


ここまで言うつもりはなかった。


今言わなくてもいいことまで言ってしまった。


近藤は、純粋に己のことを想って、心配してくれているのだ。


なのにあの言いようはないだろう。


…顔を上げるのがためらわれた。


きっと目の前の男は、傷ついたような顔をしているのだろう。


おそるおそる、顔を上げる。









目の前の男は、笑っていた。









「いやあ、申し訳ありません」


いつもの、人の良さそうな笑み。


「俺は馬鹿なもんだから、ストレートに想いをぶつけることしかできんのでね、暑苦しくひたすらに想いをぶつけてきましたが。

いやはや、そこまでお妙さんを思い悩ませていたとは知りませんでした。


すいません。


でも」


近藤は、ちょこっと照れたように笑って。


「俺はほんとに、お妙さんのこと想ってますから」


言われたそばからなんですが、と頭を掻く。


そんな近藤が、なんだかすごく愛しくて。


涙がこぼれそうになった。


「…お願いします」


「はい?」


「家まで送ってくださるんでしょう?」


「あ、はい!もちろん!」


まるで太陽のような笑みを見せる近藤に、思わず口元が綻んだ。


その笑みを見られる前に、彼に背を向ける。


空を仰げば、ぽっかりと浮かぶ丸い月。


俯けば、仲良く並ぶ二つの影法師。


不思議と、嫌な気はしなかった。


でも、ちょっと悲しくなった。


隣のこの優しい男の想いに、己は応えることができない。


あまりに大きすぎて。


あったかすぎて。


「いい加減、諦めたらどうです?」


「何をですか?」


「私の事」


「それは無理だなぁ」


ははは、と耳に心地いい笑い声。


うんざりした。


腹が立った。


でも、ちょっと安心した。







朧月夜影法師



もやに霞んだ朧月



仲良く並んだ影法師



ちょっと神様を



好きになった








----------------------------------
どうしても書いてみたかった、近妙もどき。

楽しかったです、はい。

いつか近藤さんの想いが報われてほしいなあ、と思う反面、今の関係が続けばいいなとも思う。

お妙さんは、近藤さんのこと嫌いじゃないと思うんだ。

嫌いじゃないけど、うざい。

うざいけど、見かけなくなったら心配。

隣にいると、安心する。

そんな風に思ってたらいいな、って思います。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ