(short)

□chain
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いつもは親子連れで賑わう公園も、今日は閑散としている。みんなあったかい我が家で、楽しいクリスマスを過ごしているのだろう。俺の他にいるのは、カップルが一組に、いかにもそれっぽい身なりをした、ホームレスらしきおじさんが二人。カップルは、木の下のベンチで二人身を寄せ合って、楽しく談笑しているし、おじさん達は、昼間っから缶ビール片手に、何やら大声で討論している。どうやら政治の話をしているらしく、現在の総理大臣の名前や、国家予算がどうたらとか、言葉の断片が耳に飛び込んでくるのが煩わしい。目線の先でいちゃいちゃしているカップルは、もっとうざったい。うん分かってる、ただのひがみだ。


今の俺は、どんなささいなことでもいちいち癇に障るくらい、苛立っている。そりゃそうだ。この寒空の下、三十分も待たされてりゃ、誰だってイライラするに決まってる。約束の時間は、一時。現在の時刻、一時三十四分。マフラーに顎まで埋め、手袋をした両手を擦り合わせる。手袋をしているにも関わらず、指先は氷のように冷たくなってしまっていた。ちゃんと働けよ手袋、と、理不尽に怒りをぶつけたくなる。ほんとに悪いのは、時間にルーズなあの人達なんだけど。


今日は、3Zの教室でクリスマスパーティーだ。勝手に教室に忍び込んでパーティーするなんてまずいんじゃないかと思ったのだけど、なんと銀八先生が許可を出してくれたらしい。パーティーが始まる二時前に、教室の鍵を開けておいてくれるそうだ。ただし、ショートケーキ三個と引き換えに。そのケーキは、今俺の横にある。ここに来る前に、おいしいと有名なケーキ屋で買ってきた。今日のパーティーで必要な、お菓子とかジュースの類は、みんなで分担して用意することになっていたらしいが、俺がパーティーに誘われた時点で、すでに分担は決まっていた。例えば、沖田さんはスナック菓子担当で、土方さんは飲み物担当だ。どっちも、かなり低コストで済む。あとのみんなも似たり寄ったりだ。なのに、俺だけケーキ担当。だからって特別待遇されるわけでもないだろうし。なんつーか、ほんと俺って損ばっかしてるよなあ。今更だけどさ。


着ているコートのポケットに手を突っ込む。いい加減、寒すぎる。偶然にも、俺の背後にはちょうど自動販売機がある。何かあったかい飲み物でも買おうと、腰をあげかけたその時、俺は公園に入ってくる人物を発見した。その人物は、両手をジャケットのポケットに突っ込み、堂々たる足取りでこちらに向かってきているが、その顔はすっぽりと黒い目出し帽に覆われていた。着ているジャケットも、パンツも黒だ。中途半端に腰をあげた苦しい姿勢のまま、俺は全身黒ずくめのその男を凝視する。ちょっと待て、なんであいつはこっちに近づいてきているんだ。それも、確固たる意思を持った、力強い足取りで。俺には、泥棒の知り合いなんかいないはずだけど。いや、もしかしたら、通り魔とか?ポケットから手を抜いた瞬間、ナイフがきらりと光ったりするのか!?わわわ、やばい殺される!


目の前で、目出し帽の男が立ち止まった。両手は、依然としてポケットに突っ込まれたままだが、その中に潜んでいるかもしれない凶器を思うと、寒さだけではなく背筋がぞっとした。男が、首を傾げる。


「何びびってんでィ、山崎」


「……あれ?」


怪しい男の口から、聞き慣れた声が飛び出してきたので、俺は呆気に取られてしまった。よく見れば、目出し帽の二つの穴からのぞく瞳は、赤味がかった不思議な色をしている。こんな目の色をした人を、俺は一人しか知らない。体中から力が抜けた。


「沖田さん……なんでそんなもん被ってるんですか」


ははは、と抑揚の無い笑い声をあげながら、沖田さんが目出し帽を脱ぎ去った。栗色の髪の毛が、くしゃくしゃになっている。それを手櫛で整えながら、目出し帽をひらひらさせて、沖田さんは言った。


「いやあ、今日、学校に忍び込まなきゃいけねえだろィ?一応銀八に許可もらってるっつっても、教室に着くまでの道中、やっぱ他の教師に見つかったらめんどくせえじゃん。だから、少しでも見つかりにくいように、俺なりに色々考えたわけよ」


「それで、行き着いたのが目出し帽ですか」


「なんでィその呆れた顔は」


誰でも呆れるって、そんなん聞いたら、と思ったが、言わなかった。


「そんなの被ってたら、逆に怪しまれて通報されますよ。あ、もしかして、ここに来るまでもそれ被ってきたんですか?」


「んなわけねえだろィ。それこそマジで通報されるっての。そんくらいの常識、俺にだってあらァ」


「胸張って言うことじゃないですけどね」


「公園に入る前に、被ったんだよ。お前驚かそうと思ってな」


「ほんと、やめてくださいよそういうの。マジで怖かったんですからね。殺されるんじゃないかって」


満足げに、沖田さんが笑う。目出し帽は、きれいに折り畳まれて、ジャケットのポケットに仕舞われた。ふと腕時計を見ると、二時まであと十五分しかない。土方さんと近藤さんは、どうしたんだろう。なんで、沖田さんと一緒じゃないんだ?そう思って尋ねてみると、「大人数で行ったら目立つから、二人ずつで行こうってことになったんだよ」と言われた。「お前地味だから、お前といたら目立たなさそうじゃん」とも。


「それはどうかと思いますけど……目出し帽のインパクトすごいですから」


力なく言う俺の肩を、とりあえず頼むぜ、と豪快に叩いて、沖田さんは歩き出した。慌ててケーキ屋の紙袋を掴み、後を追おうとして、ふと気付く。


「あれ、沖田さん、お菓子は?」


「あ」


「……もしかして」


「……忘れた」






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