色々な世界

□鬼ごっこ
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「やぁ、花子。」


目の前に胡散臭い笑顔で立っているのは同級生の学年首席・鳳鏡夜だ。



「…。」



その声が耳に入ってきて、口に運ぼうとしていた手を止めてそちらを見上げる。


「そんな明らさまに顔をしかめなくてもいいだろう。」


わざとらしく肩をすくめるその姿は
憎たらしい以外の何者でもない。



そう。私は彼が嫌いだ。



「・・・何か?」



私は今、一人でランチを楽しんでいるのだ。
幸せな時間を邪魔しないでほしい。

そんな気持ちで不機嫌さ満開で睨みつけても全く動じていないらしく、


「特に用はないよ。」


と、彼お得意の笑顔でかわされる。


「そうですか。ならさっさと消えてください。」


お料理が冷めちゃうじゃん。
止まっていた手を動かし、料理を口に運ぶ。


「言葉遣いがなってないな。」


溜息をつきながら当り前のように私の目の前の席に座る。

いや、座っていいなんて言ってないし。




「そうだ、花子。」


「はい。」


あ、このスープ美味しい…!
そのおいしさに自然と頬が緩む。




「今度の休み、二人で出掛けないか?」


「ぶーーーっ!」


突然の誘いに口に含んだスープを噴き出してしまった。




「…行儀が悪いぞ。」

「誰のせいで…!」




殴りかかる勢いで立ちあがったが
はっと我に返る。



…そうだ。ここは学食。

一応私はAクラスのお嬢様。

イメージを崩すようなことはできない。




「どうした?俺に何かしたいのでは?」

「…いえ別に。」




私は"お嬢様"という肩書きがきらいだ。
堅苦しくて自由がない。

プライベートではこんな振る舞いや言葉遣いはしていない。



それを知っていてこいつは今

私に笑顔で喧嘩を売っているのだ。



「そうか。俺はつい殴られるのかと。」


「おほほ、そんなわけありませんわ。」



あぁぁ殴りたい。

ほんとに憎たらしい人。

静かに元通り座ると
もう完全に鳳鏡夜のペース。




「で、返事は?」


「お断りします。」




私の返事に整った眉がぴくりと動く。



「…ほぉ。」




いつの間にか彼の手元にはいつもの黒いファイルがあって

優雅に足を組みながらファイルをぱらぱらとめくる。



「そうか。なら、これが出回ってもいいんだな。」


怪しげなファイルからぴっと指にはさんで取り出したのはどうやら写真のようだ。



「…なんですか、それは。」


「何だと思う?」



わかんないから聞いてんでしょ!

…なんて言えるわけもなく
ただ無言で睨みつける。



「お宝写真だよ。」



どうやら自分から見せる気はないらしい。

顔の横でひらひらとしている写真を
身体を浮かしてさっと奪い取る。



「な、なんでこんなものが!?」



それは私が庶民スーパーで
お菓子を手にはしゃいでいる姿。


「なんでだろうなぁ。」


テーブルに肘を置いてくつくつ笑っている。



「…ストーカー。」


「心外だな。俺がそんなことをするとでも?」


「平気でやりそうですけど。」


「生憎、俺はそんなに暇じゃないよ。」




そうだ。彼はあの鳳グループのご子息様。
そしてホスト部の経営もしている。

確かに、そんな暇はないかもしれない。


「使用人にやらせたんだ。」


いや、それ普通に言うことじゃないから。
てかストーカーには変わりない気が。




「失礼します。」


この人に関わってはダメだ。
私は逃げるように席を立つ。




「まだ返事を聞いていないんだが?」



後ろから当然彼もついてくるわけで。

そんな彼のほうを振り返って
強めの口調で言う。




「この写真、私が預からせていただきます。」




わざわざ返す必要もないし。
返して何に使われるかわからないし。

すると何がおかしいのか。
首をかしげて私を見ている。



「あぁ。それは構わないが。元データは俺が持っているからいくらでも作れるぞ。」




…ですよね。
そんなに甘いはずもない。



「それと他にも数種類の写真がある。お望みなら動画も公開してもいいが。」


「勘弁してください。」



動画まで撮ってるってやりすぎじゃないか。
私は半分呆れてしまった。




「さぁ、どうする花子。」



楽しそうだ。
心底楽しんでいる顔だ。



相手は私の人生を左右する
写真という人質を持っている。
乱暴なことはできない。


じわじわと彼との距離が縮まるなか



私にはもう、1つの手段しか残っていなかった。


「さようなら!」



逃げる。

そして一生彼の目の前に現れないようにする。
必要なら転校もしよう。

あぁそうだ。外国に行くのもいいではないか。



おそらく人生最後であろう
いや、人生最後であってほしい
耳に届いた鳳鏡夜の声は




「俺から逃げられるとでも?」




耳の奥に、頭の中に

低く深く響いていた。

 
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