『黒い…』シリーズ。
お題:冬
『雪も凍える銀の月夜』
そんな名称が相応しい、夜。
前に住んでいた町も田舎の方だと思っていたが、やはり山奥は違う。
寒さが痛いものだと、ここに来て初めて知った。
身を切るような寒さとは正にこのことだろう。
良守は白くたなびく息を追って空を見つめた。
『ふるえていたのは誰』
正守はようやく仕事に区切りを付け、握りしめていたペンを机に置いた。
確認するものに目を通し、気になるメールには返信を送り、書類にサインをする。
雑務に追われ、気が付いた時には既に短い針は1を指していた。
やれやれと伸びをし、座り続けていた筋肉を解すために立ち上がる。
襖を開ければ、冷えた空気と共に空から眩しい程の月明かりが差し込んだ。
仕事で熱くなった頭にはこの寒さはむしろ心地よい。
気分転換に散歩でもするかと立ち上がり、正守は静まり返った建物を静かに進んだ。
とは言ってもやはり深夜。
誰かが起きてしまうかもしれないと足は自然と離れへ向かい、そこで正守は見知った者の存在に目を見張った。
その人物は自分に気付かず、縁側に座り空を見上げていた。
「良守」
夜ゆえに囁くように呼んだ名前に、空を見上げていた顔がこちらを向いた。
「頭領」
自分と同じく目を見張る姿に笑みを零す。
まさか会えるとは思っていなかったから、こんな偶然が尚更嬉しかった。
「眠れないのか?」
子供に聞くように優しく聞けば、良守からは苦笑が返った。
「目が覚めたら、月が綺麗だったんで、つい外に出てしまいました」
辿る視線は再び上空の月に向けられる。
月も綺麗だが、月光に照らされるその横顔の方がずっと綺麗だと思う。
と、よく見ればその躯が小さく震えていることに気が付いた。
今更だがその躯に纏うものは寝間着と薄い上着だけで、正守は慌てて羽織っていたもので良守を包み込んだ。
『紅色、艶やかに寒椿』
ふいに包まれた温かさに、良守は一瞬何が起こったのか分からず傍らを見上げた。
そこに心配げに眉を寄せる姿を確認し、あぁやってしまったなと思った。
自分の躯は氷のように冷え切っている。
どうやら無駄な心配を掛けてしまったようだ。
「すみません。つい夢中で、気付きませんでした」
大丈夫だと笑ってみせるが、眉間の皺は今だ深く刻まれている。
手を伸ばせば、離れた距離を埋めるように屈み込んでくれた。
刻まれた眉間を親指でなぞり、そのまま触れるように口付けた。
「気をつけます」
申し訳なさに眉を下げれば、今度は正守が唇にキスをくれた。
それは唇だけに留まらず、首筋、鎖骨、胸へと滑り降りていく。
「頭領………誰かに、」
「大丈夫。黒姫」
ポチャン、と水音が聞こえた気がした。
と同時に強く胸を吸われ、びくりと躯が震える。
胸には赤い跡が残っただろう。
良守は胸に顔を埋める頭を両手で包むと、こちらを見るように手に力を込めた。
顔を上げたその唇に自ら重ね、追い縋ってくる前にその胸元に吸いついた。
離れたそこには紅い跡が残っている。
『隠さずに君を見せて』
「頭、領………」
洩れた吐息さえ惜しくて、もっと深く貪るように口付けた。
冷ましに来たはずの頭も、身体も、もはや熱が篭っている。
なだれ込むように部屋に入り、そのままお互い貪るようにキスをした。
相手の熱に自分の熱までが上がる。
床に横たえて、躯に纏う布をはだけようとしたところで良守の手がそれを防いだ。
「良守?」
顔を見つめるも、横を向き片手で顔を覆っているためにその表情は伺えない。
「良守。手、離して」
やんわりと声をかけても、良守は黙ったまま微かに首を振った。
突然どうしたのだろうと首を傾げれば、良守の手が僅かに動き、瞳だけがこちらに向けられた。
「空が……」
「空?」
「空が、いつもより、明るいから……」
それだけを言うと、また手で顔を隠してしまう。
だが髪に隠れたその耳が紅く染まっていることに気付き、正守は口元に笑みを浮かべた。
「良守」
囁くように耳元に名前を吹き込み、キスを落とす。
「全部見せて。良守の綺麗なとこも、汚いとこも、寂しさも、喜びも。俺は、お前の全部が見たい。全部、俺が愛してやるから」
言葉に返って来たのは口付けと甘い腕の拘束。
こちらを見つめる、潤んだ瞳に微笑んで、正守はその躯を愛することに専念した。
『ぬくもりは、ここに』
強く抱きしめる大きな躯を、良守は強く抱き返した。
寒さも、胸に浮かんだ小さな寂しさも、今は何も感じない。
温かさと幸福感に、躯ごと溶けてしまいそうだ。
熱と激情が注がれる。
そのぬくもりが愛しくて、良守は快感とはまた違う涙を零した。
自分達に許される、一時の安堵と至福。
今は、それに浸っていたい。
ぬくもりが腕にある、今だけは…。
END.
お題配布サイト:ひよこ屋
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