短編

□お髭はやしごっこ
1ページ/1ページ



「わー!ほんとのバタービールだ!」


車を模した売り場に並ぶこと数分
ついにお目当ての飲料を手に入れて、私は嬉々としてカップを両手で受けとった


「端の方行こか」

「うん!」


同じくバタービールを手にした侑士に促されて、二人して人通りの邪魔にならないところへと移動する


改めてバタービールを観察してみれば、見た目は本当のビールのようだった

上部分には泡が乗っていて、下部分の本体には、炭酸が入っているのか小さな泡の粒が見える


どんな味がするんだろう

ワクワクしたまま侑士の方を見れば
私があまりにも嬉々として観察していたからか、彼が微笑ましげな表情でこちらを見ていた


「先に飲みい」

「え、一緒に飲もうよ」

「先にリアクション見てから飲みたいねん」

「えー、まーいいけど」


バタービールを飲むときの重要ポイントは、泡で髭をつくるように飲むこと
と勝手に自分の中で決めていたので、私は張り切ってバタービールに口をつけた


「ん!?」


甘い
特に泡が

舌で転がすとバターの濃い味がして、少し遅れてほんのりの酸っぱさと、炭酸のパチパチが来る

おいしい

ふふ、と無意識のうちに顔を綻ばせ、顔をあげて侑士に感想を伝えようとすれば


「あっ」


いつにまにか携帯を向けられていた
髭をつけたまま固まっていれば、プッ、という特有の音が鳴って、こちらに向いていた携帯が下ろされる


「うそ〜動画撮ってたの?」


全然気がつかなかった
せめて写真だと思ったのに

目があえば、侑士がふっと目尻を緩ませる


「可愛いもん撮れたわ」


あぁ、もう、さらっとそういうこと言わないで

私は照れ隠しに、そそくさと泡の髭を舐めた


「侑士も早く飲んで」

「味どうやった?」

「思ってたより甘かった。バタービールって感じ」

「へえ」


ほないただきます、と言って侑士がバタービールに口をつける、と


「んッ、ほんまや甘っ」


思った以上に甘かったらしく、彼はそそくさとカップから口を離した

そして先ほどの私と同様、鼻と口の間に泡の髭がついて…


「うわー!」


私はあわてて携帯を出した


「待って侑士口拭かないで待って撮るから」

「もう撮ってるやん」


カシャカシャカシャと鳴り響く連写音に、侑士が真顔でツッコミをいれる

しかしいつまでたっても連写が終わらないので、彼の眉は徐々に下がっていった


「撮りすぎちゃう?」

「すごい似合うんだもん、ほら見て!」


撮ったばかりの写真を表示して、隣に並ぶようにして携帯画面を見せる
侑士が髭を拭きながらそれを覗き込んだ


「んー…イマイチわからんけど、似合う言われて悪い気はせぇへんわ」

「似合うよ!将来髭生やしたら?」


心の底からそう思って、すぐ隣にいる彼を見上げる
すると彼は、画面を見つめながら考えるような顔をしていた


「ええけど、髭あるとキスのときチクチクして痛いらしいで」

「え、そうなの?」

「せや。やから…」


侑士がこちらを向いて、目が合う
そして顔が降りてくる


頬に柔らかい感触がした


「このままがええやろ?」


近い距離のまま、ふっと微笑まれれば


ぶわっ、と私の顔に熱がいった
あわてて体ごと彼から目をそらす


「も、もう、外でしないで…」

「せやから頬にしたやん」

「位置の問題じゃないよ」

「なんや、せやったら口にすればよかったわ」

「〜〜っもう…侑士っ」

「はいはい」


恥ずかしさで、たまらず侑士の腕をペシンと叩けば、彼が笑いながらそれを受け止めた





お髭はやしごっこ




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ