短編

□特別な景色は高所から
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「おい、夜景は好きか」


数日前、彼にそう聞かれた
だから私はこう答えた


「うん、好き」


もともと夜景を見るのは好きだったが
好きと答えれば、きっと彼は、とびきりの夜景が見えるところに私を連れてってくれるのではないだろうかという、少しの期待も込めてだった


だから、夜景を見にいくぞと誘われた時はとても嬉しかった
意気揚々と支度をして、待ち合わせをして、ビルの屋上まで行って…までは期待通りだったのだが


「ほら、乗れ。行くぞ」


まさかヘリコプターに乗るとは思わなかった
しかも、彼が操縦するヘリコプターに



離陸してから、私の心臓はずっとばくばくいっていた


運転している彼はかっこいいし、ヘリコプターに乗るのなんて初めてだし、なによりスケールがでかすぎるし
あと、少し怖い


慣れないイヤーマフを必要以上に調整しながら、私は彼になんとか話しかけた


「へ、ヘリコプター、運転できたんだね…!」

「まあな。結構簡単だぜ」


絶対簡単じゃないと思う



どれくらい飛んだだろうか
初体験の緊張で、ほぼ前だけしか見つめることができなかった私だったが、ふと景色が移り変わらなくなったことに気がついた

プロペラの音はするのに、前にも後ろにも進んでいない

不思議に思って隣を見ると、彼がレバーのようなものから手を離していて
そしてこちらをみてフッと笑った


「着いたぜ。外を見てみな」


言われるがまま、私は素直に外を見る
そうすれば


「わ…!」


まるで宝石が散りばめられているようだった

建物の灯りが、街灯が、車のライトが瞬いて
少し先には観覧車があって、極彩色に変化しながら輝いている

さらに遠くに見えるのは海だろうか
真っ暗な海と、煌びやかな街中との対比が、それぞれをより美しく魅せている


無意識に
ほう…と息がもれた


「綺麗…」


呟くように声を漏らせば、後ろから、彼の得意げな声がする


「綺麗だろう。お前にだけのとっておきだ」


私だけのとっておき

ああ、なんて幸せなのだろう

間違いなく
間違いなく、私が今まで見た中で一番綺麗な景色だ


気持ちが高ぶって
感極まって泣きそうになるのを抑えながら、私は彼の方を振り返った


「嬉しい…!とっても、とっても嬉しい」


そう言って、めいいっぱいの笑顔で彼に気持ちを伝えたとき

不意に手が伸びてきて
すぽりと私の両耳を覆っていたものが取り払われて、首元に落ちた


え、と前を見直せば、彼の顔はもう間近で


気がつけば、唇が重ねられていた


イヤーマフが外れ、ヘリコプターの騒音でうるさいはずなのに、私の周りは不思議と静かだった




「お前は本当に、愛しいやつだな」


離れて目があったとき
優しい眼差しと共に告げられたその言葉に

私は気絶しないようにするので精一杯だった






特別な景色は高所から





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